4-23 『ギルチの形見』
王の話では、世界に再び混乱が訪れるというのだ。しかも、3つある要因の内2つに大志が直接関わっているのだから、笑えない。
「俺は何をすればいいんだ?」
すると王は、睨むでもなく怒るでもなく、ただため息を吐いた。
「それは自分で考えろ。……だが、どうにかできる話でもないか。いつになるかわからんが、世界が混乱に陥ることはほぼ確定だ。それが破壊か、それとも変革かは王でも見極めることはできない。ならば、今の世界にある害悪を駆逐することが最善だろう」
「害悪って……王のかけらに操られてるやつとか、ジョーカーのかたわれとかか?」
「それもどうにかしなければならないことの一つだが、害悪とは違う。世界が混乱に陥った時、敵になり得る存在のことだ」
世界の危機という状況で、敵味方もないだろう。協力しなければ、双方の命に危険がある。さすがにそれがわからないほど、大志の敵は頭が残念ではない。しかしそうとも言い切れないのが現実だ。
そうこう考えているうちに、ピルリンの魔法によって股間の痛みが和らげられる。献身的なピルリンに触れられ、危うく透視が発現しそうになった。
「敵って言うと……オーラル教とかがそうか?」
「そう思うのなら、そうだろうな。そいつらの目的が何なのか、知っているのか?」
「おっと、それについては話してやろう」
割り込んできたチオは、鼻を高くする。リングスがいなくなり、会話のできるオーラル教関係者がチオしかいないのだ。
しかし、不満というわけではない。改心したようなので、嘘をついて大志を惑わせようとすることもないはずだ。
「オーラル教の目的は、人それぞれだ。……だが、1つだけ同じことがある。直接的にせよ、間接的にせよ、すべてがラエフと関係している」
「ラエフに関係している?」
チオの目的は打倒ラエフだった。そして推測だが、リングスは世界の破壊。それがラエフと関係しているのか大志には判断できないけれど、チオが言うのだからそうなのだろう。
バンガゲイルはチオに操られていただけなので、そういった目的はなかった。しかしそれなら、なぜ大志に敵意を向けていたのか。あの時、大志とラエフが仲のいいことをチオは知らなかった。
「なら、どうして俺が狙われたんだ? それに大上大志プロジェクトについても、誰が教えたんだ?」
「あっひゃっひゃっ! それがあのお方の望みなのだ。大上大志を抹消する。その理由として、かつての……戦艦島殺人事件の話を聞いたのだ。すべてはあのお方の……イチモツ様の計画通りだ」
イチモツ。変な名だが、それがステンドグラスの男の名なのだろう。オーラル教について知ろうとしたけれど、逆に疑問が増えてしまった。
「イチモツ……でござるか? あの人が……敵、でござるか……?」
言葉をつまらせるトトは右往左往と目を動かし、まばたきの回数も増える。そんなトトを気づかうように寄り添ったアイスーンは、眉を八の字にした。様子からして、トトは知っている。しかしそれを否定しようとしているのだ。
「……イチモツ様が……そんな……」
そしてトトの他にも、驚愕と落胆の混じりあった声がある。治療する手を止め、確かめるようにチオへと顔を向けたティーコの声だ。
「ティーコも知ってるのか。いったいどんな男なんだ?」
「……イチモツ様は、おそらく第一星区で唯一の人。エルフからいじめられる私を、匿ってくれた優しい人」
ティーコの話を聞く限りでは、とてもいい人のようだ。人も、エルフの血が流れるティーコを嫌悪する。しかし匿ってくれていたということは、人とエルフの間にあるいざこざを気にしない寛大な人なのだ。
「そうか……。それなら、なんで第三星区まで逃げてきたんだ? そこにいればよかったんじゃないのか?」
「……あのままだと、イチモツ様に怪我を負わせてしまった。だから、逃げてきた」
敵の仲間は敵ということだ。ティーコを匿ったばかりに、エルフたちの反感を買ってしまった。それを理解してしまったから、ティーコは第一星区にあった唯一の安息の地から逃げてきた。結果として、苦労の末にティーコは安全な生活をしている。
しかし、イチモツはどうなったのか。ティーコがいなくなったとしても、ティーコを匿っていたという事実が消えるわけではない。
「ますますわからなくなるな。接点がないはずなのに、なんで俺を狙うんだ……? それに、あの島でのこともこっちの世界の人が知ってるなんて不思議だ」
「わからないなら行くしかないってんよ。実際に会えば、あとは大志の能力を使うだけだってんよ」
海太は軽く言うけれど、第一星区にはオーラル教の親玉がいる。チオやリングスに苦戦するほどの戦力で、立ち向かえるとは到底思えない。出会ってしまえば、戦闘になる可能性はとても高い。行くとしても、戦いの傷を癒し、英気を養ってからだ。
「……あれ、ゴブリンはどこだ? 王みたいに、ジョーカーのかたわれも意識があるなら話を聞こうと思ったんだが……ちゃんと連れてきたよな?」
また暴れられては困る。だから一緒に連れてきたはずなのだが、その姿は消えていた。
「原形をとどめていないものが、そこにある」
王の指差した先には、灰が山となっている。それが消えたゴブリンだというのだ。
その灰の山と似たものを、大志は以前にも見たことがある。第二星区にあった名器を手に入れた際、持っていたゴブリンが灰となったのだ。
「どうして……灰に……?」
「考えずともわかることだ。ジョーカーのかたわれが、別の身体に宿ったのだ」
それはつまり、ジョーカーのかたわれは自らの意思で宿り主を見つける。そしてジョーカーのかたわれを失った者は、灰となる。
完全体でないにもかかわらず、たったそれだけで簡単に命を奪ってしまう。見ようによっては、王よりもたちの悪い存在だ。
「……じゃあ、ここにいる誰かの身体に宿ったってことか……?」
「宿れば、身体のどこかに模様が描かれる。あのゴブリンとは違う場所に」
王も自らの身体を見てみるけれど、どこにもない。大志たち男や詩真は服が脱げるので確認しやすいが、他の女は脱ぐことに抵抗があってなかなか確認できない。身体のどこにあるのかわからないことが、最大の難点である。
「別にここで確認する必要はないからな。別室に行っていいからな」
理恩は能力で移動しようとするけれど、やはり能力が使えないようだ。
「なんで使えなくなったんだ? 変なものでも食べたか?」
「うぅーん……戦いの途中から使えなくなったし、食べ物とかは関係ないと思うよ。でも、どうしよう……。この能力がなくなったら、いらない子になっちゃう……」
瞳を涙で潤ませる理恩を、安心させるように抱きしめる。たとえ能力がなくなったとしても、この世界にくる前の理恩と一緒だ。理恩がいらなくなるなんて、あるはずがない。
片腕であることを虚しく思うたびに、理恩を悲しませてしまったことを後悔する。
「俺には理恩が必要だ。能力がないなんて、俺たちにとっては当たり前のことだっただろ。それがなくなったところで、何も変わらない。俺はこれからもずっと好きでい続ける」
「……うん。ありがと」
理恩の言葉はそれだけだった。しかし、それだけで十分である。
理恩の背を撫でるように手を滑らせ、その下にある柔らかなものに手をあてた。布越しでもわかる柔らかな尻を撫でると、理恩は頬をわずかに染める。
「どっ、どうしたの……? こんな人前で……はっ、恥ずかしぃ……よぉ……」
「ジョーカーのかたわれがないか情報を見ているだけだ。そういうことは二人きりの時に、な」
脱がなくても、大志の能力で探れば一瞬だった。それでも詩真は脱いだだろうが、それは大志がどうにかできる範疇ではない。
理恩の他にも、ティーコやイズリたちにも能力を使う。誤ってアイス―ンの胸を触ってしまい、平手を食らうという形式美にもなりつつある動作ののち、ピルリンに触れた。
「まあ、ピルリンは無事だよな。やらなくていいか?」
「どうしてですかーっ! ピルちゃんだけやらないなんて、ひどいですよーっ!」
ピルリンは地団太を踏む。しかし、この場にいる中で確認していないのはピルリンだけなのだ。そして今までジョーカーのかたわれはなかった。つまり、そういうことなのだろう。
ついには泣き出したピルリンが、崩れながら大志の腰にしがみついた。
「ピルちゃんまだ死にたくないですよーっ! まだまだ、やりたいことがたくさんあるんですよーっ!」
「現実を突きつけられるほうがつらいと思うが、そこまで言うなら仕方ないか」
ピルリンの頬を撫でながら、情報を得る。身体に描かれているものの情報を探った。罪のない者の命をも奪っていくジョーカーを憎む。そしてそんなジョーカーと過去の自分を重ねてしまった。
しかしそんな暗い気持ちでいるわけにもいかない。大志は手を離し、不安そうなピルリンを覗きこむ。
「ご、ご主人様……」
「そんな顔するな。大丈夫だから。ピルリンにも、ジョーカーのかたわれはなかった」
すると安心したピルリンが飛び上がった。そしてピルリンの頭が、大志のあごへと強打される。
後方へ倒れる大志とは裏腹に、ピルリンは痛みを感じる素振りもない。自身に魔法をかけることはできないと言っていたのに、おかしい。
「それは本当かい? なら、どこに行ったのかな?」
差し伸べられたアイス―ンの手を使い、起き上がった。
どこに行ったのかと聞かれても、それは大志の能力ではわからないことである。近場にいなくても乗り換えられるのだとしたら、探しようがない。
「それはさすがにわからないぞ。……それにしてもピルリン、どうして今まで黙ってたんだ?」
「えっ!? 何がですかーっ!?」
ピルリンの身体にジョーカーのかたわれが宿っている証である模様はなかった。しかし、何も描かれていなかったわけではない。
「封魔の印だ。まさかピルリンが第五星区の所持者だったなんてな」
「ぐっ……バレたですか……」
ピルリンは諦めたように大志へ視線を向けると、おもむろにスカートをめくりあげて、その裾を口で咥えた。そして黒い下着に指をかけると、少しだけおろす。すると、その部分に六芒星が描かれていた。それは間違いなく、封魔の印だろう。
確かめるように触ってみるが、封魔の印で間違いなかった。
「封魔の印を持ってるのに、割と自由に行動してたのはなぜだ? 守られるのが普通じゃないのか?」
「第五星区は安全なのですよーっ!」
よくよく考えてみれば、それもそうだ。バンパイアは様々なことができる魔法を扱えるのだ。問題が起こったとしても、自力で抜け出すことができる。それに、魔法であっても封魔の印を破壊することはできない。その安心からか、ピルリンを自由にしているのだろう。
「星区それぞれによって扱いは違うでござる。第一星区も六星院を務めさせられているでござる」
「そうか……。封魔の印を持ってるとなると、第五星区に帰られると困るな」
「帰らないですよーっ! ご主人様がいるうちは、自由にしていいのですよーっ!」
ピルリンは浮かれているのか、くるくると身体を回転させている。封魔の印を壊すことは簡単だ。しかし、今壊すのは得策ではない。魔物と会話ができるのは、今のところ大志だけだからだ。
「俺が血をあげる前も、魔法を使ってたよな? その時は血をくれた誰かがご主人様じゃなかったのか?」
「第五星区には魔法を使用するための血液が大量に保管してあるんですよっ! バンパイアはその血を使ってるから、いつまでも自由になれないのです。でもご主人様が血をくれて、ピルちゃんはやっと自由になれたですよーっ!」
つまり初めてピルリンと会った時に血をあげていなければ、こうやって再び会うこともなかったということだ。
ピルリンの露出した肩を撫でながら、大志は頷く。
「なっ、なんですかーっ!」
「血なら死なない程度にやるから、必要になったら言ってくれよ。ピルリンを手放したくないから、絶対に言ってくれ。血以外でも、用意できるものは用意するから」
「いっ、いいですよーっ! 血さえもらえれば、何もいらないですよーっ!」
そんな和やかな空気の流れている今も、着実に世界の混乱は近づいている。封魔の印をこれ以上壊すことがいけないのか、王のかけらを集めることが世界を混乱へと近づけているのか。渦巻く疑問を胸にしまい、ピルリンから手を離した。
「……そういえば、大上大志に渡すよう頼まれていたものがあったな」
チオはポケットから赤い球体を二つ取り出す。一つは綺麗な球体で、もう一つは大きな刺し傷があった。それはゴブリンに頼んでいたギルチの形見である。
「おぉ、出来上がってたのか。つくったゴブリンはどうしたんだ?」
「あんな惨事のあったあとでそれを聞くのか……。死んだよ。目の前で血を吐いて死んだ。だから、これは何があっても渡さなければならないと思った。……それなのに、とんでもないことをやってくれたな」
二つの球体を手渡してきたチオに睨みつけられる。この製作は、ゴブリンから持ちかけてきたものだ。一番いい素材を使うように言ったが、あとで金を払うと言った。チオにそんな目を向けられるようなことは、していないはずである。
「どんな素材があるか、しっかりと確認したのか?」
いつになく凄みのある声にたじろぎながらも、大志はあの時のことを思い出す。
見せられた本は数ページあり、最初のページを見ただけでも聞いたことのない鉱物の名がずらりと書かれていた。だから、すべて見ずに返してしまった。そして一番いい素材をめいっぱい使ってくれと頼んだのだ。
「その表情では、どうせ見ていないのだろう。持ってきてやったから、見るといい」
あの店で見せてもらったものと同じ本が、大志の足元へと落とされる。
理恩が拾ってくれて、本も開いてくれた。さすがに片腕では難しかっただろう。そしてまたもよくわからない名を流し読みする。それが何ページも続き、そして最後のページまできた。その最後に書かれた最も高価な素材。『人』と書かれている。
「ひ……と……? どっ、どういうことだ?」
「獣が暴れた第二星区を見て、不思議に思わなかったのか? あそこにあったのは、ゴブリンの死体だけ。そして避難していたのもゴブリンだけだ。第二星区にいた多くの人がどこへ消えたのか、疑問にすら思わなかったのかッ!!」
「そっ、いっ、いい、いや……だ、だって、人は第三星区に避難してるんだろ?」
大志は周りの顔を見回す。しかし、どの顔も俯き、大志の問いに答える者はいなかった。
大志が第二星区から連れてきたのは、ガーゴイルだけである。人の移動はすでに済んでいると思っていた。しかし今思えば、済んでいるはずがないのだ。そんなことができたのは、理恩と一体になっていた大志だけなのだから。
「それをつくるために、第二星区にいた人は素材となった。……だが、第二星区を救ったのも大上大志だ。だから憎しみを向けることはない。……許しもしないがな」
チオの言葉が重く突き刺さる。第二星区にいたチオ以外の人が、大志の手の上にあるのだ。それを理解した時、赤い球体は重くなる。
獣に殺されたゴブリンは、仕方なかったとしか言えない。しかし、人は助けることができた。大志が最後まで読んでいれば、回避できたことだ。
「俺のせいで、また人が死んだのか……」




