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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第一章 始まりの異世界
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1-11 『レーメルとのひととき』


「とりあえず、命は取りとめたらしいってん」


 海太が映像を通して知らせてくる。最悪の事態は免れたようだ。しかしそれで問題が解決したわけではない。本物の理恩を探し、イズリと詩真を殺そうとしたやつを捕まえなければならない。

 だが、それを探す手段はもうない。それなのに、敵にはどうやら瞬間移動の能力があるようだ。これでは大志から手を出すことができない。


「そうか。海太は継続して詩真たちの状態を知らせてくれ」


「わかったってんよ」


 プツリと海太の映像が途切れる。

 大志がいるのは、城の一階に広々と設けられた大広間だ。そこでレーメルとルミセンと一緒にテーブルを囲んでいる。背負われていたレーメルには傷ひとつなく、あの場に一緒にいなかったルミセンも無傷だ。


「イズリを狙う連中に心当たりはあるか?」


「ないみゃん。イズリは優しくて、敵をつくるような子じゃないみゃん」


「ルミも知らないの」


 ルミセンまでもが知らないとなると、もう頼みの綱はない。城の外で聞き込みをするくらいしか、やることがなくなった。しかし聞き込みといっても、そこら辺の人が知っているはずもない。

 事情を知ってそうな人というと、理恩と再会した時にいた角の男たちだ。しかし、まだあの場所にいるとは限らない。危険な建物も多いし、無闇に近づくのは避けたい。


「……もしかしたら、不良かもしれないみゃん」


「何がだ?」


「イズリの命を狙ってるやつらのことみゃん」


 レーメルはどこからか取り出した地図を広げると、それの中心にある大きな町を指差した。その場所を大志は知っている。カマラだ。そしてそこからボールスワッピング、サヴァージング、そしてディルドルーシーという町に繋がっている。もう一本伸びているアクトコロテンは地図の端で途切れており、どこに繋がっているかは、さらに広い地図でないとわからない。


「カマラは三つの町にとってなくてはならない大事な町みゃん。でも、カマラの緊縛は知識が乏しく、緊縛の中では弱いみゃん」


「緊縛たちの中にも、順位があるってことか?」


「そうみゃん。ディルドルーシーの緊縛が失踪するまでは、四つの町の中では一番権力がなかったみゃん」


 主要な町ではあるけれど、他の町からはいいように使われているということだ。

 それにしても、ディルドルーシーなんて名は初めて聞いた。それに町を統治するはずの緊縛が失踪したなんて、今のディルドルーシーはどうなっているのだろう。


「ルミセンも緊縛だったよな?」


「うん。ルミはサヴァージングの緊縛なの。イパンスール様の次に偉いの」


 イパンスールという名には聞き覚えがある。レーメルとイズリの恐怖の相手。そしてイズリの兄だ。つまり現在ボールスワッピングを統治しているその人である。


「それで不良がイパンスールってのではなく、イズリを狙ったのはなぜだ?」


「あわわっ、様をつけるみゃん!」


「別にいいだろ。聞かれてるわけでもないんだから」


 テーブルに置かれたグラスを持ち、その中で揺れている透明な飲み物を口に運ぶ。水のように特に味はなく、すんなりと喉を通った。しかし途端に腹の底から力が込みあげてきて、吐き出しそうになる。

 こんな感覚は初めてだ。レーメルとルミセンは心配そうに、表情を曇らせる。


「ど、どうしたみゃん?」


「まさか変なものを入れたの?!」


 ルミセンは、すぐにレーメルを疑った。

 しかしレーメルが何もしていないことを、大志は知っている。それどころか、ルミセンだってレーメルが何もしていないと見ていたはずだ。

 レーメルは慌てて弁解するが、ルミセンは聞く耳持たず。レーメルが何かしたと決めつけている。


「いや、大丈夫だ。レーメルは何もしてない」


 何もしていないが、この飲み物が普通じゃないのは、言われなくてもわかる。

牛乳だと思って飲んだら、実はヨーグルトだったくらいに驚きだ。


「本当にどうしたみゃん?」


「ちょっと変わった飲み物だと思ってな」


「ただの水だみゃん。飲んだことないみゃん?」


 レーメルも、自分の前に置かれたグラスを持って、水を口に含んだ。

 見た目は水と大差ないが、水とは違う。もしかしたら喉が渇いていたから、力が溢れてくるように錯覚したのかもしれない。もしそうだったら、紛らわしいにもほどがある。

 すると、水を飲むレーメルの姿を見て、ルミセンが鼻を鳴らした。


「緊縛を前にして、対等に水を飲むの?」


 すると、レーメルの動きが止まる。そしてグラスを持ったまま、表情を暗くした。

 レーメルはイズリの護衛であり、教育係でもある。緊縛に関わりのない人間ならまだしも、レーメルぐらいの立場なら、注意する必要もないはずだ。

 しかしレーメルはグラスをテーブルに戻し、その横に両手をつく。そして顔を前に出すと、グラスの中の水に舌を伸ばし、舐め始めたのだ。


「そう。レーメルみたいな下等な生物に手なんて必要ないの」


「んぅ、うっ……ふぁ、ふぁぁい……」


 そんなレーメルの姿を、ルミセンは恍惚と見つめる。

 レーメルはルミセンの表情を確かめながら、ちらちらと助けを求めるような視線を大志へと向けた。そしてそれにいち早く気づいた大志は、レーメルの前からグラスごと奪い取る。

 舐めるもののなくなったレーメルは、舌を出したまま顔を上げた。


「レーメルだって人間だろ。対等に扱えよ」


「タイシ様は、本当に学がないの?レーメルと、緊縛であるルミが対等なわけがないの」


「そういうことはよく知らないが、それ以上レーメルに何かするのなら、俺だって黙ってないぞ」


 睨みつけると、ルミセンは畏縮した。ほんの少しの罪悪感が、さらに大志を苛立たせる。今のルミセンを見ていると、昔のことが思い出されてとても不愉快だ。忘れてはいけないことだけれど、さっさと忘れてしまいたいというのも事実である。

 ルミセンは震えた足で立ち上がると、その小さな手を胸の前で重ね合わせた。


「た……タイシ様は、ルミの味方……じゃないの?」


「それはお前次第だ、ルミセン」


 大志はルミセンの守護衛だ。しかしそれ以前に、レーメルのギルド仲間である。ギルドメンバーが苦しんでいたら助けるのは、きっと正しい行動のはずだ。


「る、ルミをタイシ様は助けてくれた。それは……ルミが大事だからじゃないの?」


「あの時助けたのは、危険だったからだ。それにルミセンとは初対面だっただろ」


 初対面の相手に惚れるほど、大志は惚れやすくない。ルミセンは違うようだが、一緒にしてもらっては困る。

 するとルミセンは手を震わせ、わずかに目を潤ませた。


「なら、なんでルミを追ってきたの?」


「勘違いするな。ルミセンを追ってなんかない。サヴァージングに向かう途中で、たまたま会っただけだ」


 ルミセンと出会えたおかげで、そのまま城まで転がり込めた。しかしそれは想定の範囲外で、ルミセンと出会えてラッキーとは思っていない。


「ルミの守護衛様になったのは、気まぐれだったの?」


「あれは俺の意思じゃない。わかるだろ?」


 なったらなったで気が楽だが、ルミセンのために守護衛になったつもりはない。第一、無理やりさせられて、そこに大志の意志が関わるはずもない。

 大志は軽く息を吐くと、椅子の背もたれに身体を預けた。さすが緊縛の城とでも言うべきか、椅子はふかふかと柔らかく、身体が沈みこむ。ベッドにしたいほどの一品だ。


「ルミセンは、詩真とイズリの様子を見てきてくれないか?」


 大志は立ち上がり、ルミセンの肩に手を置く。

 小さく揺れ動くルミセンの目が、弱々しく大志を見上げた。


「……ちゃんと見張りはいるの」


 ルミセンは鈍い。だから、はっきりと言わないと伝わらないのかもしれない。

 それを口にするのは、大志の心も痛む。しかし、そんな痛みも、これ以上レーメルが(けな)されるよりかはマシだ。


「なら、はっきり言うが、レーメルと二人きりにしてくれ!」


 語尾を強めると、ルミセンはビクッと身体を小さく跳ねさせた。あまりに怯えた表情をするので、悪いことをした気分になる。しかし、これもレーメルのためだ。理不尽にレーメルがいじめられるのを防げるのなら、ルミセンだって脅してやる。


「た、タイシ様……」


「早く出ていけ。レーメルにしたことを反省するまで、会いたくもない」


 反省したとしても、胸のなかで渦巻くもやもやは消えないだろう。緊縛という、人の上に立つべき人間が、なぜこうも容易く人をバカにするのか。大志にはそれがわからない。

 レーメルがグルーパ家に仕えている理由も関係あるのかもしれないが、それでもさっきのレーメルへの仕打ちは度がすぎている。

 ルミセンは悔しそうに俯くと、大志に顔を見せないようにして部屋から出て行った。







「大丈夫……じゃないか」


「いや、助かったみゃん」


 レーメルの隣に座り、肩を抱く。小さく、すぐ壊れてしまいそうなレーメルの肩を。

 イズリのことで傷心している上に、ルミセンにまでいじめられ、レーメルの心はこれ以上ないくらいに傷ついているはずだ。その証拠に、肩を抱いても拒否する素振りすら見せない。


「大志様は、とっても優しいみゃん」


「その呼び方は他人行事でなんか嫌だな。もっと気軽に呼んでくれよ」


 大志が軽く微笑んでみせると、レーメルの頬も緩んだ。


「でも、様をつけるように言われてるみゃん」


 無意識なのか、レーメルは大志の足に手を置いて、そして優しく撫でた。妙にくすぐったく感じ、大志もレーメルの肩をさすってしまう。

 するとビクッと身体を震わせたレーメルは、静かに顔を上げた。


「なっ……何するみゃん?」


 驚いたような、戸惑っているようなその声は、大志の心に安堵をもたらした。


「先に触ってきたのはレーメルだろ。誘ってるのかと思ったぞ」


「まさか欲情してるのかみゃん?」


 上目遣いをするレーメルに、心が高鳴ってしまう。

 この部屋には、大志とレーメルの二人だけだ。そして、吐息がかかってしまうほど近くに、身を寄せている。


「それは、どうだろうな。ないとは言い切れないところだ」


 何の気まぐれか、レーメルを触ってると、その気になってしまう。

 このまま勃起してしまったら、どうなるかわかったものではない。正常な判断ができなくなれば、きっと大志はレーメルを襲ってしまう。そうなれば、誰が止めてくれるのか。レーメルは、ルミセンの守護衛である大志には逆らおうとしない。レーメルが拒否しなければ、それこそ一大事だ。


「大志様なら、仕方ないみゃん……」


 レーメルが身を委ねてくるので、大志はすかさずレーメルから手を離し、立ち上がった。

 少しでも反応が遅れれば、意識をもっていかれる。


「やめてくれ。自分を大事にしろ」


「……緊縛に(つか)えている私を心配するなんて、大志様はお人よしみゃん」


「心配するのは当たり前だろ。それに、緊縛に仕えてるからって自分を卑下するのはやめろよ」


 ルミセンもそうだったが、緊縛に仕えていることを軽蔑しすぎだ。仕えているのに仕事ができないのなら軽蔑するのも頷けるが、レーメルはしっかりと勤めている。レーメルが未だにイズリの側にいられるのが、その証拠だ。


「それと、ルミセンがいない時は呼び捨てでいいからな。立場とか関係なく、呼び捨てで。じゃないと、俺もレーメル様って呼んでやるぞ」


 レーメルの頬をつねってみる。

 軽い冗談だったのだが、レーメルはそうは思わなかったらしい。困ったように、目を泳がせた。


「お、怒られます……みゃん……」


「なら、大志って呼んでくれよ」


 つねっていた頬を離し、その頬を撫でる。

 すると、さらさらすべすべの頬は、ほのかに染まった。


「……た、大志。これでいいみゃん?」


 控え目だが、上出来だ。せっかく同じギルドなのに、上下関係があるなんて嫌である。

 レーメルの両脇に手を入れると、高く持ち上げた。軽いわけではないが、重いわけでもない。


「あわあわっ……」


「変な声出してどうした」


 レーメルの座っていた場所に座り、膝の上にレーメルを下ろした。これまでにないほど近くにレーメルがいる。ルミセンのせいで離れてしまったレーメルとの心の距離を縮めるには、ちょうどいいかもしれない。


「何がしたいみゃん?」


「何もする気はない。……さっき言ってた不良について教えてくれないか?」


「不良は人にして、人にあらず。人とは異なる不完全な生物のことみゃん」


 まさか意味が異なる言葉だったとは思わなかった。

 しかし言い方からして、危険な存在であることに違いはないようである。


「カマラの話もしてたな。何か関係があるのか?」


「そうみゃん。ディルドルーシーの緊縛が失踪した事件に、カマラの緊縛が関わっているという噂があるみゃん。そしてそれと同時に、カマラが不良を人為的に作り出す実験をしているという噂を耳にするようにもなったみゃん」


 カマラの町は穏やかな場所ではなかった。

 大志たちにフェインポスの罪をかぶせ、大志たちを捕らえた組織がカマラにはある。戦闘ギルドの長であるアイスーンがそれを知らなかったということは、極秘の組織ということだ。

 レーメルが言っているのは、その組織のことである。


「不完全な生物を作り出して、何が起こるんだ?」


「……不完全といっても、足りない不完全と、いきすぎた不完全があるみゃん」


 レーメルは目を伏せ、次の言葉を迷う。

 足りない不完全と、いきすぎた不完全。足りない不完全というのはわかるが、いきすぎた不完全とは何だ。大志には想像することさえできない。


「いきすぎた不完全は、世界を滅ぼす存在みゃん」


「なんだそれ。怖いな」


「それが人の共通認識みゃん。だから、人々は不良を下等な生物と忌み嫌うみゃん」


 そんなことをしたら、逆に反感を買うだけじゃないのだろうか。

 レーメルの震える肩を、優しく抱く。


「わかった。だから、怯えることはない。ここには不良なんていないんだから」


「……いるみゃん」


 レーメルの目から僅かに涙が流れる。


「私も、不良の一人みゃん」



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