4-22 『負傷の帰還』
死者は多数。
第二星区にいた半数以上の命が、その日消え去った。
「これはどうにもできなかったことだ」
大志の前には、チオが立っている。チオの能力により、多くのゴブリンたちは避難していたのが不幸中の幸いだ。
もしもの時のために、第二星区でもチオの異空間へと行けるようにしてもらっていたかいがあった。
「……だからって、平気でいられるわけないだろ。罪もないゴブリンたちが、死んだんだぞ……」
チオのうしろにいるゴブリンたちから目をそらした大志は、表情を苦らせる。
ゴブリンたちが大志へどんな思いを向けているのか、怖かった。その表情を見ることすら否定し、逃げるように後退する。しかし一歩後退したところでうしろから肩を抱かれ、それ以上逃げることはできなくなった。
「恐れるな。君を責める者は、ここにはいない」
アイス―ンは大志を前へと進ませる。
表では冷静を保っているアイス―ンだが、内面では大志を必死に励ましていた。言葉には出さないけれど、アイス―ンの意思伝達により、大志を励ます言葉が途切れることなく流れ込んでくる。
そんなことをされたら、目が潤んでしまう。たとえ女になろうと、トトと相思相愛になろうと、アイス―ンは変わらない。優しく、温かく、大志を深い慈愛に包んだ。
「大上大志、それで獣はどこに行ったんだ?」
「……それなんだが」
海太へと目を向けると、そのうしろに隠れていたゴブリンが前へと出てくる。
獣の姿が消え、その場に現れたゴブリンだ。その舌にクラブの模様が描かれていたことから、ジョーカーのかたわれが封じられているのだと王は言う。
「まさか、このゴブリンが獣の正体とでもいうのか?」
疑い半分のチオと、ざわつくゴブリンたちへと詳細を話した。獣がジョーカーという存在のかたわれであることや、王のことを。すると、付け加えるように王は口を開く。
「かつて王とジョーカーは、ある目的のために神によって創造されたのだ。……あの時、生きとし生けるすべての命は、ただ一つの目的のために、神殺しのために躍起となっていた」
神殺し。それは、魔物との戦いが始まるきっかけとなった出来事だ。イパンスールに聞いて、知っていることは少ない。しかし、その言葉を聞いた途端、アイス―ンは動揺した。揺れる心の隙間から、何かが漏れてくる。しかし、それが何かを理解するには、少なすぎる情報だ。
王から目をそらせるように大志の肩を引いたアイス―ンは、いつになく神妙な表情で大志を見る。
「これからどんなことを聞こうと、それは君ではない。だから深く考えず、軽い気持ちで聞き流せばいい」
アイス―ンが喋り終えると、待っていた王はゆっくりと口を開いた。
なぜ、わざわざアイス―ンがそんなことを言ったのか。これから王が語る神殺しに、いったい何が隠されているというのか。
「神殺しを知らない者が多くいるようだな。……なら、少しだけ語ってやるとするか。はるか昔、正確に何年前かは憶えてないが、神殺しがあった時に魔物という存在はいなかった。12の種族が、互いに協力して暮らしていたのだ」
「魔物が……?」
言葉が漏れて、王に睨まれてしまう。
神殺しがきっかけで魔物との戦いが起こったとすれば、魔物はいつ生まれたのか。それに、今の人種は6種族しかいない。倍の数の種族が暮らしていたとなると、残りの半数の種族はどこへ消えたのか。
「神の目的が何だったのかは、わからない。だが、あの時の神は世界そのものを壊す勢いだった」
「ちょ、ちょっと待てよ。王とジョーカーは、神につくられたんだろ? そんな神が、なんでわざわざ王とジョーカーをつくるんだ?」
「神と言っても、複数いた。ラエフは、神の中でも一番まともな神だったのだ。神殺しは、そんなラエフと大上大志の手によって終結した。ラエフ以外の神は、殲滅されたのだ」
すると、大志へと視線が集まる。神殺しが、ラエフと大上大志によって終結した。王は確かにそう言ったのだ。アイス―ンが言っていたのは、これのことなのか。
大志ではないと言われても、この世界で自分の名を聞かされたら、そんなの否定できるほうが難しい。現に、大志は一度過去へと飛んでいる。
「……な、なら、魔物はいつ現れたんだ? そのあとに、魔物との戦いがあったんだろ?」
「それはわからない。神殺しの終結を境に、記憶がぷっつりと消えておるのだ」
つまり、王とジョーカーが封印されたのは、目的を完遂したからなのだ。しかしそれなら、わざわざかけらとして世界に残す必要はあったのか。そのおかげで、多くのゴブリンたちは死んでいった。
大志はアイス―ンへと視線を向ける。神殺しの名に反応したのは、以前からそのことを知っていたからである。しかも、大上大志の名についても知っている様子だった。それなら、どうして今まで黙っていたのか。
訴えかける大志の視線に、アイス―ンは眉を八の字にする。
「すまない。……君を悩ませたくなかったんだ。神殺しは昔のことだ。たとえ同じ名であっても、それは君ではない」
「アイス―ンなりに考えてくれてたってことか。……それにしても、神の目的と魔物発生の理由がわからないんじゃ、何もわかってないようなもんだな」
すると、くるりと回りながら大志の前にピルリンが立った。
仲間であるからには一緒に行動をすると言ってきたのは、ピルリンである。なんでも、今まで誰かと仲良くなることがなかったので、求められているということが純粋に嬉しいようだ。
「それについては、第五星区が調べてるのですよーっ! ピルちゃんは、捜査員の一人なのですよーっ!」
「……ん、神殺しについて前から知ってたのか?」
イパンスールから聞いた時に、人以外に知られてはいけないと言われた。しかし、ヴァンパイアであるピルリンが知っている。そして捜査員の一人ということは、他にもそれを知るヴァンパイアがいるということだ。
地位を失うと脅しておきながら、管理があまりにも粗末である。
「もちろんですよーっ! 曲がりなりにも魔法を使ってますから、魔物とそれに関することは独自で調べてるんですよーっ!」
「なら、わかってることを教えてくれるか?」
そう言うと、まるで時間が止まったかのように、ピルリンは動きを止めた。今まで明るく話していたピルリンとは一転し、その頬には汗のようなものが流れている。
「どうした?」
「あ、あの……ピルちゃんの権限では、教えられないですよぉ……」
どうやら、捜査機関には階級があるようだ。せっかく集めた情報を勝手に喋られては困るので、その権限は上位の者にしかないといったところだろう。
「ごっ、ごめんなさいっ。でっ、でも、本当なんです。だから、ピルちゃんを見捨てないでほしいです。ずっと仲間でいさせてほしいですよぉ……」
「疑ってるわけじゃない。そっちにはそっちの事情があるんだし、謝られても困る。それに、仲間じゃなくなったら、困るのはこっちだ」
ピルリンへ手を差し出すと、何の戸惑いもなく、その手は握られた。
そこで意識を集中させ、ピルリンの中へと探りをかける。たとえ権限がなかったとしても、見聞きはしているはずだ。大志の能力で情報を得れば、ピルリンが罪の意識に苛まれることもないだろう。
しかし、いくら探しても情報へはたどり着かない。ピルリンが第五星区で捜査をしているという情報すら見つけられず、大志の能力は何らかの力で弾き返された。
「……どういうことだ?」
能力が弾き返されるなんて、今まではなかった。それに、すでに知り得た情報すら見つけることができなかったのである。
そんな眉を曇らせる大志を前に、ピルリンは肩を落とす。
「ごめんなさい。内部からの漏洩も、魔法で防がれているのですよぉ……」
「そ、そうか。……なんか、悪いことをしたな。この情報については、第五星区に行って直接聞くしかないか」
「あっ、第五星区までは魔法で一瞬ですよ!」
表情を明るくしたピルリンだが、今は第五星区に行っている場合ではない。第一星区にいるオーラル教の親玉を倒しに行くほうが先だ。王とジョーカーが完全に目覚めるのはまだ先のようだし、余裕はあるだろう。
大志は首を横に振り、トトへと顔を向けた。トトには限られたエルフしか持たない千冠があり、突然変異として能力もある。そして封魔の印まであるという、詰め合わせ三点セットだ。
「トトもゴブリンも、第三星区に来てくれ。これからについて、話がしたい」
第三星区にいるイパンスールへ連絡をしようとするも、空間の穴が開かない。獣と戦っていたからではなく、単純に能力が使えなくなっているのだ。しかし、理恩にはしっかりと能力の情報がある。詩真のように、能力がなくなったわけではない。
『お、おかしいね……』
「ペド! カマラの城へ扉を開いてくれ」
「承知しました。……ですが、ゴブリンたちもとなると、城が決壊してしまいます」
そんなことは、言わずともわかっている。話し合うとしても、ゴブリンすべての意見を聞くわけではない。第三星区も話し合いに参加するのは、極わずかだ。
しかし、第二星区の長であるタソドミーはすでにいない。
「第二星区の代表を決めてくれ。そいつだけいれば十分だ。他のゴブリンは、第三星区の町にいればいい。第二星区よりかは第三星区のほうが安全だろ」
するとゴブリンたちはざわつき、いくら待っても代表が決まることはなかった。代表になることを恐れているのか、互いに押しつけ合っている。これでは、時間がすぎるだけだ。
「それは、ゴブリンじゃないとダメなのか?」
チオは膝を曲げ、ゴブリンたちの表情をうかがう。
たとえ人であっても、チオは第二星区で生きてきた。第二星区がゴブリンの居住区であったとしても、人が代表になってはいけないということはない。
すると、迷うこともなく満場一致で可決される。面倒ごとを押しつけたいというのは、人もゴブリンも同じようだ。
「では、扉を開きますよ」
アイス―ンに呼ばれた時は、まさかこんな結末になるなんて思ってもいなかった。そして今も大志の知らないところで、誰かが理不尽な死を迎えているかもしれない。それが王のかけらのせいであっても、ジョーカーのかたわれのせいであっても、もはや大志が無関係でいられる範疇ではない。
これから、いくつもの死を目の当たりにするかもしれない。そしてそのすべてを救うなんてのは、きっと無理だ。しかし、ほんの少しでも救えたらなんてことも考えてしまう。
大志は弱気な希望を胸に、第三星区への扉をくぐった。
「みなさん、おかえりなさい」
そこにいたのは、優しい笑みをしたイズリだった。
「……ただいま、イズリ」
「扉の前で止まるんじゃねぇぜぇ!」
バンガゲイルに押され、イズリの胸へとダイブする。しかしイズリは避けることもせず、大志をしっかりと受け止めた。
続いて出てきたバンガゲイルはルミセンとすたぁに捕まり、そのまま治療といって何処かへ連れていかれる。クシュアルもティーコの土に捕まり、その場で応急処置を施されていた。
「誰もいないって、悲しいってんなぁ……」
海太には誰も近寄ってこず、涙を流す。これに限っては、大志にはどうすることもできない。
すると、大志から分離した詩真が、そんな海太の頭を撫でた。
「ほら、私がいるわよ。だから泣かなくていいのよ」
「うぅ……ますます悲しくなるってん……」
そんな海太の手を握り、自らの胸を触らせる。途端に海太は笑顔になり、恍惚とした表情で胸を揉んだ。詩真はどこまでいっても詩真ということだ。
そして詩真が分離したせいで、大志の手に穴が姿を見せる。
「ご主人様、怪我してるですよーっ!」
そう言ったピルリンの魔法が、大志の手を修復した。魔法があれば、傷の手当てもすぐということだ。
「ごっ……た、大志さんが、ご主人様ですか……?」
「あまり気にしないでくれ。ピルリンがそう言ってるだけだ。というか、初対面だよな? ヴァンパイアのピルリンだ。これからよろしくしてくれ」
「あ、は、はい……。わかりました」
あまりくっついていると理恩がうるさそうなので、イズリから離れる。直後、足の間を蹴り上げられた。強烈な痛みに呻きながら振り返ると、そこには腕を組んだポーラがいる。
「かっ、げん、を……」
「話している場合ではないだろ。世界の歪みが加速している。このままだと、取り返しのつかないことになるぞ」
分離した理恩は、股間を押さえながら大志を支えた。分離せずにいたせいで、理恩にまで痛みが伝わってしまったのだ。
イズリも、それがポーラではないと理解したのか、口を出してこない。
「どっ、どういうことだ……? 世界の……歪み?」
「封魔の印の破壊、王のかけらの回収、ジョーカーの目覚め。世界が戻ろうとしているのだ。あの時代に……神殺しの時代へと」




