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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第四章 消失の異世界
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4-21 『脅威の無力化』


「おいおい、嘘だろ……」


 目の前の光景に、落胆する。

 獣に描かれているはずの模様がなかったのだ。腕を穴だらけにして手伝ってくれたペドも、納得がいかないのか眉をひそめる。

 抜かれた体毛は、元の身体へと戻る。そこにいる誰もが、再生していく獣の姿を見守ることしかできなかった。


「おかしい。どこかにあるはずだ!」


 王は飛び回り、獣の身体をくまなく探す。しかし、目当ての模様はどこにもなかった。

 体毛を削ぎ落とすことは、簡単なことではない。ペドの腕だけではなく、大志も海太もクシュアルも多少の怪我を負ってしまった。

 地面に無造作に散らばっていた体毛が、獣へと戻る際にクシュアルの刀を弾き飛ばす。背後からの唐突な攻撃で、かわすことすらできなかったクシュアルは、弾き飛ばされた刀へと手を伸ばした。しかし、すでに刀は手の届かない場所にあり、獣の尾に奪われてしまう。


「クシュアルッ!」


 手を伸ばした時には、すでに遅かった。

 鞘の落とされた刀へと吸い込まれる。踏ん張ろうとしても足は地面から離れ、吸い込まれる風と共に大志たちも一点へと吸い込まれた。

 もはや口など開けていられない。声を出そうとしても、それが声になることはないだろう。

 詩真の能力で身体を重くすれば、無傷とまではいかないまでも軽傷で済むかもしれない。咄嗟に手を銃の形にしてみるけれど、その直後、大志たちを包んでいた風の流れが止まった。視界は黒く染まり、そこには光もなく、色もない。


「ど、どうなったってん?!」


「しっ、知らねーよ! も、もしかして、死んじまったのか?」


 海太とクシュアルの声が聞こえる。ペドやバンガゲイルの声は聞こえず、気配すらない。

 闇の中で腕を伸ばすと、壁のようなものに手が触れた。どうやらここは、王の力でつくられたカプセルの中のようだ。ここなら刀の影響も受けず、滅多なことがない限りは外からの攻撃もない。


「まだ生きてる。それより、あの刀をどうにかして取り返さないと勝ち目がないぞ」


「ああ……どうすっか。方法が思いつかねーぞ」


 吸い込まれるのを逆手に、奪い返すくらいしか方法はない。しかしそれは、一歩間違えれば死に至る方法でもある。

 アイス―ンの刀には、クシュアルの刀のような力がない。同じオオツキが造ったというのに、どうしてこうも差があるのか。


「王がいるからバンガゲイルたちは無事だろうけど、どうやってここから出るのかわからないのが問題だな」


「理恩の能力で、移動できないってんか?」


 こんな闇の中、海太やクシュアルの居場所もわからずに空間の穴を開けば、それこそ一大事だ。空間の穴が身体に重なったら、死ぬことだってあり得る。


「ダメだ。うかつに外へ出るのは、危険すぎる」


 その直後、闇の中に一筋の光が差し込んだ。王の力でつくられたカプセルは割れ、大志たちは地面に尻もちをついた。

 獣の持っている刀は、王の力で包まれている。そのため、風を創りだすこともできない。


「どうやって出てきたのだ?」


 獣を押さえつけながらも、王はそんな疑問を投げかけてくる。出してくれたのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 すると、いつになく鼻を高くした海太が、持っていた刀を見せつけてくる。


「斬ってやったってんよ。暗闇は嫌いだってん」


「斬ったってなぁ……。そんな刀で王の力が斬れるわけないだろ」


 しかし持ってみると、その刀の纏っているオーラは禍々しいもので、オオツキの刀とは違った凄みのようなものがあった。

 持っているだけでも、腕が震える。今すぐに手を離さなければいけないという気持ちを必死にこらえ、刀を振った。とても軽い一振りであったが、その威力は軽くない。少し離れた位置にいたポーラの足を、絶対に届くはずのないポーラの足を、切断したのだ。


「んっ、ぅぐっ……!」


 油断していたのか、ポーラはその場で倒れて、獣を押さえていた王の力が消える。

 自由になった獣は雄叫びをあげ、飛び上がった。すると、刀に吸い込まれるかたちで、大志たちも空へと浮かび上がる。


「なっ、何をしたのだっ!」


 すでに回復したポーラもとい王は、元凶である大志を睨みつけた。

 大志もこんなことになるとは思ってもいなかったので、王に睨まれて身がすくんでしまう。


「いや、ちょっとこの刀を振っただけなんだがな……こんなことになるとは……」


「どうする気だ! もうあいつに王の力は効かないぞ!」


「えぇ!? な、なんでだよっ!」


 なおも吸い込まれる大志は、王へと手を伸ばした。しかし伸ばした手を掴もうとはしてくれず、何かに気づいたのか、王は目を閉じる。そんなことをしていたら、斬られるだけだ。王は再生するからいいだろうけど、他のことも考えてほしい。


「そんな顔をするな。今この時をもって、戦況は大きく傾いた」


 その口元には若干の笑みが(うかが)える。その笑みに疑問を覚えた時、同時にその言葉を理解した。

 天からの光が降り注ぐ。光が獣を包み、光の中に姿を消した獣は泣き叫んだ。どこまでも響きわたる叫び声は、耳の奥、身体の奥を震わせる。そして獣の威圧に押しつぶされ、大志たちは地面へと打ちつけられた。

 しかし、そんな雰囲気とは裏腹に、どこか気の抜ける声も聞こえる。


「やぁーっと見つけましたよーっ! ごっ主人さまぁーっ! ピルちゃんですよーっ!」


「ピルリンかっ?!」


 かつて大志を、詩真を救ってくれた純白の乙女。白い牙が特徴的な少女の名は、ピルリン。かつて魔物が使っていたとされる魔法を扱い、その糧として生き血を食らうヴァンパイアだ。


「そうですよーっ! 待ちに待ったピルちゃんが来ましたよーっ!」


 獣へと降り注ぐ光の周りを飛びながら、大志の前へと着地したピルリンは、ピースを見せる。


「どうしてここに……というか、あの光は何だ?」


 獣へと降り注いだ光は、まるで獣を拘束しているかのようだ。その証拠に、獣が光から出てくる様子はない。獣に取られた刀も、いつの間にか鞘に納められてクシュアルの手に握られている。

 すべて、ピルリンの魔法の影響だ。人の能力や、エルフの千冠と異なり、代償として血を必要とするため、その効力は計りしれない。


「ご主人様のために、頑張っちゃいましたよーっ!」


 目の前で一回転したピルリンは、飛び跳ねる。飛ぶたびにスカートが揺れ、見え隠れする太ももが理性を刺激し、大志の視線を独占した。


『たいしぃ……』


 胸が苦しくなり、大志は目を丸くする。安心したせいか、気が緩んでしまった。たとえ下心がなかったとしても、理恩に見せてはいけない姿を見せてしまった。


「ご主人様って、どういうことだ? そ、それと、跳ねるな」


「ご主人様がいなければ、今のピルちゃんはないですよ! ご主人様の血がピルちゃんの中から消えるまで、ご主人様はご主人様なのですよー!」


 あの時に吸わせた血が、いまだにピルリンの魔法の糧になっているというのだから驚きだ。

 跳ねるのをやめ、大志と向き合ったピルリンは、どこか気まずそうに目を泳がせる。獣が捕らえられ、急ぐ必要のない大志は、何かを話そうとするピルリンをただ待った。


「あ、あの……それで、ですね……な、仲間にって、言ってくれたですよね……?」


 急によそよそしくなったピルリンに、調子が狂ってしまいそうだ。

 ピルリンは確かめるように、一言一言をゆっくりと、大志の表情をうかがいながら紡ぐ。そんなにも怯える必要はないというのに、怖がりすぎだ。


「ああ、言ったな。ピルリンには、仲間になってほしい。それは今も変わらない。俺には、ピルリンのように魔法が使えない。戦いに不向きな能力しかないし、どうしても戦力が必要なんだ。……こんな自分勝手な理由だけど、俺に力を貸してくれないか?」


 ピルリンの手を無理やり握り、わずかに揺れる瞳を覗きこむ。

 しかしピルリンはすぐに顔をそらし、目を強くつむった。


「そんな……こんなことされたら……」


「これは命令じゃない。ただの提案だ。ピルリンが嫌なら、断ってくれていい。そのせいで、俺がピルリンに危害を加えることはない。だから、ピルリンの本心を、ピルリンの言葉で聞かせてくれ」


 ピルリンの手が震える。それが喜びからくる震えなのか、それとも恐怖からくる震えなのか。それは考えるまでもなかった。大志の手を通して、ピルリンの想いが流れてくる。能力を使ってもいないのに、ピルリンの想いが伝わってくるのだ。

 それが意図的にピルリンが伝えてきているものなのか、魔法が暴走してしまっているのか、それとも理恩か詩真が勝手に能力を使っているのか。


「……お……お願い、します……」


 ピルリンは頭をさげる。頼んでいるのは大志だというのに、おかしな返答だ。しかし、流れてくる喜びの感情を受け止め、それを指摘する気にもなれない。

 ピルリンに真似て、大志も軽く頭をさげる。


「こちらこそお願いします、だ。……歓迎するよ、ピルリン」


 すると、ピルリンに手を引かれ、腕にかぶりつかれた。血を吸う姿が見えるというのは、不思議な気分である。頬は赤く、目はとろんと垂れていた。サキュバスにとって血はどんな味なのだろうと気になってみるも、それを確かめるすべを持っていない。

 口を離すと、腕にあいた穴はすぐに塞がれる。そして紅潮させた顔をあげると、やる気に満ち溢れた目は輝いていた。


「なんでも言っていいですよ! なんでもしますよ!」


「……なんでも、か」


 獣がいるであろう場所へと視線を向ける。この場にいる誰もが、ただ一つのことだけを望んでいる。ジョーカーのかたわれである獣の無力化。それだけが、共通で持つ願いだ。

 大志は腕を前へと出し、命じる。


「獣を無力化する! そのために全力を出し尽くせっ!」


 その言葉を合図に、全員が動き出した。

 獣を拘束していた光は消え、吠えた獣が前足をあげる。海太が自前の刀で左足を切断し、クシュアルの刀は右足へと刺し込まれた。

 バランスを崩して前方へと倒れた獣のあごへと、飛び上がったペドが蹴りを食らわせる。そして追い打ちをかけるように、ピルリンの作り出した光の玉が獣の目を潰し、悲鳴をあげさせた。


「見つけたっ! あそこだっ!」


 開かれた口を指差した王が、大志へと叫ぶ。

 獣の舌に描かれたクラブの模様。それを貫くことで、獣を無力化することができるのだ。


「行くぜぇっ!」


 バンガゲイルは大志を担ぎ、飛んだ。そして獣が口を閉ざす前に、その中へと大志を放り込む。

 獣の口の中は、危険だ。噛まれでもしたら、それだけで致命傷だ。しかし、大志がやるしかない。殺されていったゴブリンの無念を晴らすためにも、これ以上誰も傷つけさせないためにも、ここで終わらせる。全身に風を感じながら、刀を前へと突き出した。


 矛先が獣の舌へと触れる。舌が硬いのか、それとも模様を守ろうと力が働いているのか、刀が舌を貫くことはない。それでも粘り続けていると、獣の口が閉じられた。


「あっぶねえ……」


 危うくかみ砕かれるところを、王の力によって救われる。礼を言おうとしても、王は大志のことなど気にしていない。それも当たり前だ。獣を無力化することができなかったことで、その表情には焦りの色が見える。

 切断された足も再生されて、再び飛びあがったところで、さっきのようなチャンスに巡り合うことはない。せっかくのチャンスを、台無しにしてしまったのだ。


「ご主人様っ!」


 大志へと振り下ろされた前足を、ピルリンが受け止める。透明なガラスのような障壁が、獣とピルリンの間にあった。


「大丈夫ってんか?!」


「大志様に怪我がないようで、安心です」


 海太とペドが駆け寄り、クシュアルとバンガゲイルはピルリンの隣に並んで立つ。獣は闘志を剥き出しに、障壁へヒビをいれた。


「ここにいたら危ない! みんな、逃げるんだっ!」


「へっ……おめぇといて、危なくねぇときなんてなかったぜぇ!」


「今さら、そんなこと気にするんじゃねー! 大志に助けられた命だ。大志のためなら、朽ちたって後悔はねー!」


 ついに障壁が破かれると、三人へと獣の前足が振り下ろされる。そして真っ先に動いたのはバンガゲイルだった。前足を殴りつけると、力に押された獣は押し返される。

 続いて動いたクシュアルは獣の足に刺していた刀を抜くと、ピルリンのつくった足場を上っていき、獣の喉へと刺した。すると獣は血を吐き出し、クシュアルを前足で地面へと叩きつける。そして怒りをあらわにした獣は、クシュアルへと口を大きく開けた。


「そんな簡単に弱点を晒すもんじゃねーぞ!」


 クシュアルが笑うと、王の力が獣の口を固定する。黒い影の中央に、クラブの描かれた舌がある。


「これを使えってんよ。能力でつくったものだってん」


 海太は持っていた刀を大志へと差しだす。それは、強力な力を持った刀。オオツキの刀よりも、はるかに規格外の刀だ。しかし海太の能力は複製するだけで、本物以上の性能は作れないはずだ。

 ならば考えられる可能性は一つしかない。


「能力の強化か……?」


「詳しい話はあとだってん! 早く行くってんよ!」


 海太に背を押されて踏み出すと、口を拘束されていた獣が空へと顔を向ける。咄嗟に大志を飛ばそうとしたバンガゲイルだが、振り払われた前足に直撃し、地面を転がった。


「くそっ……空間の穴を……ッ!?」


 理恩はまだ大志の中にいる。それなのに、空間の穴が開かない。

 王は、獣の口を押さえるので手いっぱい。ほぼ互角か、やや劣っている。悠長に考えている暇は、ないようだ。


「ピルリンッ!!」


「はいっ!」


 何も言わなくても、伝わっている。ピルリンは大志を浮かび上がらせ、獣の口へと一直線に飛ばした。

 足や尾が邪魔をしようとしても、斬ってさらに先へと進む。そして獣の目前まで飛んだ大志は、あとは落下するだけ。

 アイス―ンの刀、そして海太の刀を、クラブの中心へと突き出した。

 舌に接触した感触。さっきとは異なった感触に、手ごたえを感じる。


「おとなしく、眠ってくれぇッ!!」


 最後の一押し。するとクラブは割れ、音もなく姿を消した。そして続くように、塵となった獣の身体も風がどこかへと運んでいく。

 支えを失った大志の身体は、まもなく落下した。もはや大志も動く気力がない。ただ落下し、落ちていく。しかし、いつの間にか落下していた身体は、ゆらゆらと揺られていた。


「助けられてばかりでござるな」


 大志はペガサスに乗せられている。それは、トトが無事であることの何よりの証拠だった。

 しかし安心する大志とは裏腹に、目を疑うようなものが見えてしまう。

 獣との戦闘で破かれたであろうトトの服。大きく服のなくなった背中は、丸見えだ。そしてそこに描かれた六芒星の模様。それは紛れもなく、封魔の印である。


「どうして……封魔の印が……」



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