4-18 『第二星区の異変』
「戻ったのはいいが、いろいろ変わったな……」
バンガゲイルのやれやれ顔を見て、イパンスールはそれ以上聞かなかった。
ルミセンもすたぁも、いまだにバンガゲイルから離れないでいる。バンガゲイルも二人を引き離せないでいた。
「そっちは何か変化があったか?」
「何もない。あったとすれば、これだけだ」
イパンスールは船の設計図を取り出す。イズリと一緒にいた時、イパンスールが持ってきたものと同じだ。その時にマーマンやマーメイドなど、聞かない名も口にしていた。
「これか。これをつくるのに鉄を仕入れてたんだな。……それで、これはどこにあるんだ?」
「それが、厄介な場所にあってな」
大志は、イパンスールが住んでいる城へと入る。そして、かつてイズリを閉じ込めていた地下に案内された。イパンスールの持つ明かりが唯一の光で、その場所に何があるかもわからない。
怖いのか、ルミセンとすたぁは声をあげてバンガゲイルの名を呼んでいる。
「そんなに怖いなら、ついてこなければいいんだぜぇ」
バンガゲイルの言いたいこともわかるけれど、そもそもバンガゲイルも来なくてよかった。
イパンスールにいつも連れ添っていたアルインセストも、今はいない。なので、ルミセンとすたぁの悲鳴にも近い声に、イパンスールは少々イラつきを見せていた。
イパンスールの能力が合わさればどうなるのだろう、と考えながらも、大志は進む。
「……ここだ。まだ一部分だけだが、間違いない」
目の前には、鉄製の壁があった。設置された扉の先には、鉄の床、鉄の壁、鉄の天井。船だという断言はできないけれど、ここで何かを造っていたというのは事実である。
しかしボールスワッピングは内陸だ。こんな場所で船を造っても、海まで運ぶのに手間がかかる。
「なぜこんな場所で造ってたんだ?」
「それは知らん。……考えられるとしたら、城を乗せようとしたのかもな」
真面目な会話をする隣から、ルミセンとすたぁの甘い囁きが聞こえる。
理不尽にもイパンスールに睨まれたバンガゲイルは、首を横に振った。どうやらバンガゲイルでもお手上げで、ルミセンとすたぁは熱心に自分をアピールしている。
「わからないことを考えても無駄だな。マーマンとマーメイドはどこにいるんだ?」
理恩の能力を使って、大志たちは海へと来ていた。
透き通った透明の水に、大志は目を輝かせる。海に来たのなんて、戦艦島以来だ。
せっかくの海ということで、海太と詩真もつれてきた。
「この世界の海は、綺麗だってんな」
「こんなに綺麗だと、脱ぎたくなるわ」
服を脱ごうとする詩真は、海太に止められてしまう。さすがに仲間の醜態を晒すわけにはいかない。詩真は海太に任せて、大志はマーマンたちの前に立った。
海に少し入ったところで、男が水面から上半身を出している。上半身だけを見れば人と変わりないけれど、下半身は魚になっているのだ。男がマーマンで、女がマーメイドという。男女の違いで呼びかたが変わるとは、おかしな話だ。
「なあ、胸を隠してないけど、そういうものなのか?」
水面から出てきたマーメイドの上半身には、何もつけられていない。
イパンスールに耳打ちをすると、不思議そうな顔をされる。
「マーメイドは、そういうものだ。服を着るという習慣自体が、人種特有のものだからな」
「あんな人にそっくりなのに、人種じゃないのか。……なるほど」
『だからって、じっくり見ないでよーっ!』
理恩の機嫌を損ねないように、マーマンへと視線を戻した。
人種じゃないけれど、マーマンたちは人の言葉を知っている。そこまでくると、人種にしてあげないのがかわいそうに思えてしまう。
「……それで、何の用ですか?」
もうすべて話しただろうといった具合に、マーマンは要求を急かす。
「用ってほどじゃないけど、船についてどれくらい知ってるんだ?」
「どれくらい……かつて海を一往復したということぐらいですね」
「かつてってことは、船は古い技術だったってことか。……まあ、それもそうか。設計図自体も、古いみたいだしな。……そういや、どうやって言葉を覚えたんだ?」
魔物たちは、覚えたくても覚えられなかった。それは人種と敵対していたこともあるけれど、マーマンたちも海での生活で、魔物以上に人種と関わることはない。そんな環境で言葉を覚えることは、不可能と言っていい。
「オオツキという人に教わりました。はるか昔の話です」
淡々と述べられた言葉に、大志の脳裏には一瞬だけ何かがよぎる。それが何かはわからなかったけれど、オオツキという名に反応してしまったのだ。どこかで聞いたような気がするけれど、思い出せない。もやもやとした感覚は大志を焦らせ、イラつかせる。
「……刀をつくり、広めたという鍛冶職人もオオツキだ。同じ人だろうか?」
しかし、イパンスールの問いに答えられるものはいなかった。
「……オオツキ、ですか? すみません。わからないです」
イズリに聞いてみても、その存在すら知らなかった。
イパンスールが言うにはすごい人なのだろうが、知名度は高くないようである。
「聞いたことはあるみゃん。でも、それが誰かは知らないみゃん」
「おめーら、それでも人かよっ! オオツキさんっつったら、偉人じゃねーか! 刀コレクターなら、知らねーやつはいねーぞ!」
「刀コレクターじゃないみゃんっ!」
レーメルの的確なツッコミを華麗にスルーしながら、クシュアルは鍵を取り出した。ただの鍵に見えるけれど、クシュアルのドヤ顔を見るに、何か仕掛けがあるようだ。
そしておもむろに、鍵を空中に差し込む。そこには何もないけれど、クシュアルには確かな手応えがあったようだ。鍵が回ると、周辺の空間に穴が開く。まるで理恩の能力のように、その部分だけが異空間となっているのだ。
「へっへっへっ、驚くんじゃねーぞ」
クシュアルは開いた異空間から、何かを取り出す。
「なんだ、それは?」
「オオツキさんのオリジナル! 唯一つくったとされる短刀だ。すげーだろっ!?」
本当にオリジナルなのかと、触って情報をみようとしたけれど、触ることすらできなかった。
クシュアルは息を荒げ、大志に敵対的な目を向けている。
「わ、悪かった。もう触ろうとしないから、その目をやめろ」
「この威力はヤベーんだ! 所有者以外が触ったら、何が起こるかわからねーぞ!」
クシュアルの持つ刀の鞘にはヘテロセと刻まれていた。どうやらクシュアルの先祖から代々受け継がれてきたもののようである。
鞘から抜かれた刀身は輝きを放ち、どこからか吹いた風が刀を中心にして渦をつくった。
まるで刀に風が味方をしているように、風と共に身体が吸い込まれる。いくら踏ん張っても、風に背を押されて、その距離は縮まった。
「な、なんだよっ、これはっ!」
大志が叫ぶと、クシュアルは刀身を鞘に納める。すると、吸い込まれていた風が逆流した。弾き出されるように飛び出した風は、周辺を吹き飛ばす。
地下にあるカマラの城にいたため、一歩間違えれば生き埋めになるところだった。部屋の中は見るも無残に荒れてしまったけれど、なんとか無事に全員が生きている。
「ヘテロセの血を持つ俺でさえ、扱いきれねー代物だ。だから、絶対に触るんじゃねーぞ!」
「それがオオツキのつくった刀ってわけか。有名になるのも頷ける」
物流ギルドや生産ギルドが携帯していた刀とは、まったくの別物だ。こんなものが他にもあるのだとしたら、改めてとんでもない世界に来てしまったのだと実感する。
部屋を元に戻すように命じられたクシュアルを尻目に、大志はイズリとレーメルを連れて部屋を出た。クシュアルの見張りにティーコをつける。これで、クシュアルがサボることもないはずだ。
「それにしても、無事に戻ってくれてよかったです」
大志が元に戻ったことに、イズリは微笑みを見せる。
それはイズリだけではなく、大志と関わりのあるすべての人に言われたことだ。
「まあ、あのまま迷惑をかけ続けるわけにもいかないしな」
大志は暗がりに連れてこられていた。それが城のどこにあるのかも、大志では推測すらできない。
壁に押しつけられた大志の前には、レーメルがいる。
「さっきのは、どういうことみゃん? まるで迷惑をかけていたって、わかっているようだったみゃん」
「そ、そりゃあ、意識があったんだから覚えてるだろ」
すると、大志は高く持ち上げられた。地面から足が離れたけれど、すぐにおろされる。そしてレーメルは、大志の胸に顔をつけた。
「……見たのかみゃん?」
「まあ、それなりに。見えるところは見たぞ」
しかし、怒るでも拗ねるでもなく、レーメルから力が抜ける。
倒れそうなところを抱いて支え、様子を見た。レーメルの身体を見たのは、以前にもあった。だから、ここまで落ち込む理由がわからない。
「忘れて……お願いだから、あの時のことは……」
「みゃんをつけ忘れてるぞ」
レーメルはそれでも力を入れず、大志に抱かれている。
「もしかして、クシャットのことか? それに、レーメルじゃないとも言ってたな」
レーメルは小さく頷き、顔をあげた。
大志にとっては、どれも関係がなく、興味のないことだ。レーメルが忘れてというなら、忘れたっていい。
「私が注意を怠ったのが原因みゃん。……だから、何でもするみゃん。だから、忘れてほしいみゃん」
懇願するレーメルの表情に、大志は目を泳がせた。そんなことを言われたら、逆に記憶に焼き付いてしまう。
「どうして、そこまで忘れてほしいんだ? そんなに嫌な記憶なのか?」
「……あの時の私は、私じゃないみゃん。今のレーメルに、あの時のレーメルは必要ない。イズリも、イパンスール様も、ティーコも知らない私の過去は、いらない。求められているのは、今のレーメルなのッ!!」
目を潤ませるけれど、決して涙を流さないレーメルに、してやれることはない。
ただ、頭を撫でて、抱きしめることしかできなかった。レーメルの心の叫びが、痛いほど伝わってくる。能力を使っていなくても、苦しんでいることがわかった。
「そんなことない。今も昔も、全部をひっくるめてレーメルだ。もうレーメルを苦しめるものはないんだ。だから、俺の前だけでも本当のレーメルを見せてくれよ。俺とレーメルだけの秘密にすればいいだろ?」
するとレーメルは大志から離れ、拳を突き出す。
大志の頬をかすめた拳は、うしろにあった壁に跡をつけた。そしてレーメルは何も言わず、大志の前からいなくなってしまう。
「ま、間違ったのか……」
大志は壁に背をつけたまま、その場に座った。
『うーん……どうだろうね?』
大志の中には理恩がいる。そのせいで怒った可能性が一番高いけれど、理恩と分離している暇もなかったのが現実だ。仕方なかったと言ったところで、レーメルを怒らせてしまったことは事実である。
頭を抱える大志の前へと、理恩が現れる。
「大丈夫だよ。たとえレーメルに嫌われたとしても、大志には私がいるよ。何があっても、私はずっと永遠に大志を愛し続けるよ。だから、顔をあげて」
そして顔をあげた大志の唇に、理恩の唇が重なった。
目頭が熱くなる。たとえ失敗しても、理恩が隣にいてくれる。その言葉だけで、大志の抱えているモノがどれほど軽くなるか。これからも理恩を守り続ければ、それだけで肯定してくれるのだ。
「――こんなところで、何してるってんよ……」
突然聞こえた声に、理恩も大志も光の入ってくる場所へと目を向ける。そこには海太がいて、その隣にアイスーンの姿もあった。
しかしアイスーンはトトと北へ行き、ここにいるはずはない。
「まったく君たちは……。少し厄介なことになったんだ。第二星区へと来てほしい」
第二星区へと移動すると、そこは荒れていた。荒れていたというより、壊れていたといったほうが近いかもしれない。
建物は壊され、死体となったゴブリンが転がっている。
「こんなの、厄介どころの話じゃないぞ……」
「トトが戦ってくれている。だから、君にも協力してほしいんだ!」
走り出したアイスーンの行き先は、トトのいる場所のはずだ。そしてそこには、現状の原因となった存在がいる。またしても大上大志プロジェクトの残党か、それとも名器を狙っている者の仕業か。どちらにせよ、大志が無関係でないことは確かだ。
「ぐぅぅッ、こっ、この程度で……ッ!!」
そこにはトトがいる。
2倍も3倍も大きい獣が、覆いかぶさっていた。しかし、トトを守るように六芒星が獣の巨体を支えている。封魔の印と同じ六芒星がトトを守っている。その状況が理解できない。
「考えてる時間はないってんよ!」
大志の横を走り抜けた海太が、トトに覆いかぶさる巨体へと飛び掛かった。
その手には、刀が握られている。それが本物か複製かは、見ただけではわからない。初めて複製した時は、複製物は輝いていた。しかし、今はそれがなくなっている。
「……俺たちも行くぞ、理恩ッ!!」
しかし、大志の前に立ちはだかる影があった。
「私の力も使ってくれないかしら? 一人より二人。二人より三人でしょ?」
詩真は覚悟を決めた顔で、大志の唇を奪う。詩真には能力を使ったことがあった。なので、今さらキスをする必要はない。
詩真を取り入れた大志は、手でつくった銃を自分の頭に当てる。
「行くぞ、一緒に。……バーンッ!」