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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第四章 消失の異世界
103/139

4-16 『一つじゃなくていいんだよ』


「あなた、いったい何歳なの?」


 朝になり、再び人力車を引いているバンガゲイルへと、そんな疑問を投げかけた。


「それは秘密だぜぇ。それより、そろそろ見えてくるぜぇ」


 バンガゲイルが指差す先には、高台が見える。

 そこは、かつてルミセンの城が建っていた場所。大志の計画では、ダムを造る予定地だ。


「……懐かしいの。タイシ様と出会ったのが、もうずっと前の出来事みたい」


 大志を否定する気持ちは薄らいでいた。

 しかし、好きでい続けられるかと聞かれれば、答えは首を横に振る。そんなだから、いつまでたっても大志は元に戻らないのだ。







「それにしても、あの時は命がいくつあっても足りねえと思ったぜぇ」


 町の姿を失っているサヴァージングを見ながら、バンガゲイルは懐かしむように笑った。

 多くの人の命をないがしろにしたルミセンの実験は、まるでなかったことのように忘れられている。ルミセンへの罰もなく、サヴァージングで作業をしている人は元気に挨拶をしてきた。


「……あの時は、あなたの能力に助けられたの」


 元気のないルミセンの声に、バンガゲイルは眉をハの字にする。


「調子狂うぜぇ。おめえが元気じゃねえと、こっちまで元気がなくなりそうだぁ」


 それでも、バンガゲイルの足は止まらなかった。

 ルミセンが行きたいといった場所までは、倒れるまで歩き続ける。少しでもルミセンが笑ってくれるように。人助けをしたと、シロに胸を張って言えるように。


「どうして? もしかして、ルミに気でもあるの?」


「ハッ! それはねえぜぇ! 俺が好きになるのは、シロだけだ。……ただ、おめえはどうしても放っておけねえんだ。おめえが悲しんでると、こっちまで悲しくなる。だから昨日までみたいに、わがまま言ったり、蹴ったりしてればいいんだぜぇ」


 しかし今のルミセンは、そんな気分になれない。

 それにバンガゲイルは勘違いをしている。ルミセンはわがままだけれど、他人を痛めつけて喜ぶような性格ではない。


「あなた、ルミを何だと思ってるの? ……それに、その態度もわからない。それなりにすごい功績があるのに、どうして偉そうにしないの?」


「そりゃ、すごいかすごくねえかを決めるのが自分じゃねえからだぜぇ。他人から褒められるのは、嬉しいぜ。だが、それだけで浮かれていたら、次にやるべきことが見えてこねえ。視野を広くもつためにはな、おごらず、うぬぼれず生きるしかねえんだ」


 ルミセンには、その考えがよくわからなかった。緊縛として生きてきて、(うやま)われるのが当たり前だった。問題が起こったとしても、自分には関係のないことだと切り捨てていた。

 それほどまでにルミセンとバンガゲイルは、積み上げてきたものが違っている。


「そんな生き方をして、つらくないの?」


「どうしてだぁ? 昔と違って、今は人も不良も魔物も手を取り合ってるんだ。普段の生活も不自由ねえし、つらいと感じるほうがおかしいぜぇ」


 バンガゲイルは軽く笑うと、足を止めた。

 そして空を漂う雲を見上げる。つられてルミセンも見上げるけれど、そこにあるのはただの雲だ。


「まぁ……おめえが笑ってくれねえのは、つれえな」


 ぽつりと呟いたバンガゲイルの背は大きく、それなのに小さくも見える。


「やっぱり、ルミが好きなの?」


「好きじゃねえ……って、言いたいけどな……」


 バンガゲイルは、ゆっくりと人力車を引き始めた。

 その言葉の続きが気になる。しかし、聞いたところでどうなるのか。たとえバンガゲイルにその気があったとしても、ルミセンの好意は大志に向けなければならない。それはずっと変わらない。


「そんなこと言ってると、シロさんが悲しむの」


 しかし、バンガゲイルからの返答はなかった。

 もしも大志の束縛がなければ、自分はどうしていただろう。バンガゲイルに好きだと言われたら、心が動くだろうか。少しだけでもそう考えてしまった不甲斐なさに、ルミセンは目を閉じた。

 自分は、本当に大志を好きだったのだろうか。そんな疑問に、頭を悩ませる。その答えが出たとき、はたして大志はどうなってしまうのか。




「――はぁーい、がんばってくださぁーい!」


 ふと、聞き覚えのある懐かしい声が聞こえた。

 聞き間違えるはずもない。男に媚びるような猫なで声。少女のように高い声。


「あっちに行って!」


 バンガゲイルを蹴りつけ、声の聞こえたほうへと進ませる。

 会いたいわけではないけれど、言いたいことがあるのだ。目的の人物が通ったであろうあとは、作業をしている人たちの鼻の下が伸びている。


「どうしたんだぁ?」


「気にしないほうがいいの。みんな、騙されてるの!」


 そして進んでいると、バンガゲイルの視界には白い髪に大きなリボンをした人物が映った。

 バンガゲイルの接近に気づいた白髪リボンは、振り返る。すると途端に表情を明るくし、走りだした。近づいてくる白髪リボンに警戒したバンガゲイルは人力車から離れ、それに続くようにルミセンも人力車から離れた。


 白髪リボンは腕を広げ、バンガゲイルを通りすぎて、そのうしろにいたルミセンに抱きつく。

 そう来るとわかっていたルミセンは、大志を高くかかげて被害が出ないようにした


「ねぇね、会いたかったよぉ!」


 ルミセンに抱きついた白髪リボンは、顔をこすりながら言う。

 白髪リボンは、ミニスカートと袖の広い長そでを着ており、とても目立つ。明るい色をしており、フリルがいくつも施されていた。おまけによく見れば、瞳の中にハートの模様が描かれている。


「ねぇね……ってことは、おめえの妹か?」


「そうだったら、よかったんだけど……」


 すると白髪リボンは、バンガゲイルへと顔を向けた。そしてルミセンから離れると、バンガゲイルへとすり寄る。

 細い指がバンガゲイルの胸を撫で、吐息が鎖骨にかかる。真下から見上げられ、バンガゲイルは目を泳がせた。すべてを覗きこんでくるような目は、バンガゲイルを動揺させる。


「ふふっ、とっても鍛えられてるぅ。すたぁ、おじ様みたいな鍛えてる人、だぁいすき」


 すたぁと自称した白髪リボンは、バンガゲイルの首筋にキスをした。

 そのせいで、辺りは騒然とする。

 今まで鼻の下を伸ばしていた男たちが、途端にバンガゲイルへと憎しみの目を向けたのだ。次々に漏れるバンガゲイルへの罵声。さすがに理不尽である。


「おじ様も、すたぁのこと好きになっちゃった?」


 上目遣いで訊ねてくるすたぁに、バンガゲイルはとても嫌そうな顔をした。

 するとすたぁは驚愕の表情を見せ、周りからのバンガゲイルへの罵声はさらに増える。


「どうして……すたぁを好きになってくれないの? すたぁは、おじ様がだいすきだよ」


 目を潤ませるすたぁに困っていると、すたぁの死角からルミセンが蹴りつけた。

 驚いて倒れそうになるすたぁを、バンガゲイルがしっかりと抱きしめる。こんな場所で倒れて、頭に瓦礫でもぶつかったら大変だ。


「おじ様……」


「話が急すぎてわからねえんだが、おめえは何なんだぁ?」


 そしてすたぁの返答を待っていると、横からルミセンに蹴られる。

 見ると、明らかに不機嫌な顔をしていた。すたぁに何かしらの恨みでもあるのか何なのか。何があったにせよ、無視すればさらに蹴られそうだ。


「場所を変えるの。ここは、人が多すぎるの」


「人のいないところで、何をするってんだぁ?」


 するとすたぁはつま先で立って、バンガゲイルの耳に口を近づける。

 吐息がかかり、バンガゲイルは身を震わせた。


「それは、おじ様の望み通りに……」


 再び蹴ろうとするルミセンから、すたぁを守る。

 どんな理由があるにせよ、誰かが痛めつけられるのを見ていられなかった。


「もう少し冷静になろうぜぇ。蹴ってるだけだと、何もわからねえぜぇ」


「うるさいのっ! さっさと、移動するのっ!」







 胸のあたりが、もやもやとする。

 人力車に乗って移動するルミセンは、バンガゲイルの背を見つめていた。

 バンガゲイルとすたぁがくっついているのを見ていたら、胸が苦しかった。すぐに引き離してやろうと思った。でも、なぜそう思ってしまったのかは、わからない。


「じゃあ、ねぇねの子どもじゃないんだ……」


 バンガゲイルの隣を一緒に歩いているすたぁは、大志についての話を聞いていた。

 バンガゲイルとすたぁは互いに嬉しそうで、そこにルミセンの居場所はないようにも思える。


「そうだぜぇ。それより、おめえは乗らなくていいのかぁ?」


「うんっ! すたぁは、おじ様と一緒に歩きたいの!」


 すたぁがバンガゲイルの腕に抱きつき、ルミセンの心はさらにかき乱された。

 自分に何が起きているのか、自分でもわからない。しかし、バンガゲイルへの気持ちに変化があったということだけは、はっきりとわかる。

 今まで意識していなかったことを、急に意識してしまう。髪は整っているか、服は乱れてないか、かわいい顔を見せているか。


「ね、ねぇ……」


 声をかければ、バンガゲイルが見てくれた。それだけで、心は弾む。もっと見ていてほしいと思った。


「ここまでくればいいのかぁ?」


 サヴァージングから少し離れた森の中に来ている。

 木々に囲まれ、人どころか魔物の姿もない。ここまでくれば、何を話したとしても、誰かに見つかることはない。

 人力車を止めても、すたぁは離れようとしなかった。


「こんな場所まで来て、何の話なんだぁ?」


「すたぁについてのことなの。……すたぁは、女じゃないの。すたぁは、いろんな男に笑顔を振りまいてるだけの、かまってちゃんなの。だから、あなたも騙されてるだけなの!」


 しかし、ルミセンの訴えもむなしく、バンガゲイルはすたぁを離そうとはしない。

 そんなバンガゲイルに、すたぁは顔をほころばせる。


「こいつがどんなやつかは知らねえが、幸せそうにしてるんだから、それでいいじゃねえか。おめえに何かあるわけじゃねえだろぉ?」


「聞こえなかったの? すたぁは男なの! べたべたされて、気持ち悪いでしょ?」


 するとバンガゲイルは、すたぁの顔を見る。そして何秒か見つめ合い、首を横に振った。


「好きになれと言われてるわけじゃねえんだ。これくらい、許せるぜぇ」


「わぁーい! そんなおじ様が、だぁいすきぃ!」


 すたぁはバンガゲイルの首に抱きつき、ぶらさがる。そんなすたぁにバンガゲイルは笑って、すたぁを抱き上げた。

 やはりバンガゲイルの考えが、ルミセンにはわからない。


「好きじゃないなら、どうして一緒にいられるの?」


「そりゃ、嫌いでもねえからだぜぇ。好きじゃないなら嫌い、ってわけじゃねえんだぜ?」


 すたぁをおろすと、バンガゲイルはルミセンと向き合う。

 すると、今まで出ていた言葉が、急に出てこなくなった。口がうまく動かせず、何を言おうとしたのかも忘れてしまった。


「……どうした?」


 何も言えずにいたルミセンを気にして、バンガゲイルが手を伸ばす。

 それなのに、ルミセンはその手を叩いてしまった。もはや、自分でもよくわからなくなっている。


「さ、触らないで……」







 結局すたぁに言いたいことも言えずに、ルミセンは孤立した。

 町へと引き返し、暗くなったというのに作業を続ける人たちを眺める。

 かつてルミセンの居場所だったサヴァージングも、今はない。大志を責めるつもりはないけれど、居場所のなくなった自分は、どこに行けばいいのかと考えてしまったのだ。


「ねぇね、こんなところにいたんだ……」


 ルミセンの隣に立ったすたぁも、作業をしている人に目を向ける。


「何しに来たの? バンガゲイルは、ここにいないの」


「わかってるよ。ねぇねの様子がおかしかったから……」


 それがわかっているのなら、来てほしくないとわかってほしかった。


「……すたぁは、バンガゲイルが本当に好きなの? いつもみたいに、かまってほしくて、そう言ってるだけじゃないの?」


「違うよ。すたぁは、あの人が好き。ずっと前から、待ってたんだから」


 すたぁの表情は柔らかかった。嘘をついているような顔ではない。しかし、バンガゲイルと以前に会っていたなんて、ルミセンは知らない。もしも本当にあっているとしたら、もう何年も前になる。


「なら、どうして今まで――」


 それ以上は、言わせてくれなかった。

 ルミセンの口は、すたぁの唇によって塞がれる。


「ん……ううっ、うう、んっ……んーっ、んーっ!」


 離れようとしても、ルミセンの顔はしっかりと固定されていた。

 そんなことは、あってはならない。すたぁはバンガゲイルが好きで、ルミセンは大志を好きでいなくてはならない。それになにより、姉弟でそんなことをするなんて、絶対におかしい。

 それなのに、すたぁは激しくルミセンを攻める。否定したいのに、ルミセンの力は弱かった。


 きっとすたぁは、怒っている。かつてルミセンが行った人体実験。その第一号に、すたぁを使ったのだ。だから、それを謝りたかった。謝ったところで許してもらえるとは思っていなかったけれど、まさか謝るよりも前に、こんなことをされるとは。


「っぷはぁ……。ねぇねは、勘違いしてるよ。すたぁは、かまってほしいわけじゃない。すたぁは、みんなが好きだから笑ってるんだよ」


「みんな……好き? そんなの……好きは、ただ一人に向けるべき気持ちなのに……」


 すると、すたぁは首を横に振った。


「じゃあ、ねぇねはすたぁが好きじゃないの? 無理やりキスされて、嫌いになった?」


「そ、そんなわけ……すたぁは、大事な家族だもの……」


 嫌いになるなんて、ありえない。たとえ、すたぁがどんな姿であろうと、弟であることに変わりはない。弟を好きじゃない姉なんて、いない。

 しかしルミセンの好きは、大志へと向けなければならない。大志へと向けなければ、大志が死んでしまう。


「そうだよ。すたぁは、ねぇねの家族。だからすたぁは、ねぇねが好き。おじ様も、町の人も、みんな好き。好きは一つじゃなくていいんだよ」


「そんなの……ひどいの。好きは、一つなの……」


「じゃあ、ねぇねはおじ様を好きじゃないの?」


 その問いに、ルミセンは口を閉ざした。

 バンガゲイルを好きになるなんて、ありえない。ルミセンを救ったのは大志で、バンガゲイルに救われたわけではない。バンガゲイルを好きになる理由が、ないのだ。

 それなのに、胸の奥から想いが溢れてくる。もう自分でも自分を誤魔化しきれない。しかし、それを口にしてしまったら、取り消せなくなってしまう。


「る、ルミ、は……」


「好きって気持ちを、抑えちゃダメだよ。好きなら、好きって言わないと」


 それができないから、ここまで苦労しているのだ。

 ダメだとわかっているのに、バンガゲイルへの想いが。ルミセンの心が、好きで満たされる。それでも抑えようとして、溢れた想いが涙として流れた。


「ねぇねは、大志さんが好き?」


「好き! 報われないとわかっていても、タイシ様が好きなのっ!」


 悩んだ。悩み続けた結果、やはり大志が好きなのだ。

 しかし、ルミセンの心を満たす好きは、大志に向けたものだけではない。もっと多くの好きが、詰まっている。そしてそれは、もう抑えられない。


「でも! もっと、もっと、バンガゲイルが好きっ! タイシ様よりも、もっともっといっぱい、バンガゲイルが好きなのぉおおっ!」


 ルミセンの叫びは暗い夜空に広がり、澄み渡る。

 すると突然、ルミセンの抱いていた大志が光を放ち、ルミセンとすたぁは目を閉じた。


「……なんなの?」


 光が消えて目を開けると、ルミセンの腕から大志は消えている。


「やっと戻れたか」


 顔をあげると、そこには元に戻った大志がいた。

 悩み続けた結果、ルミセンは大志を受け入れたのだ。大志を好き。バンガゲイルも好き。好きは一つではない。それがわかったからこそ、ルミセンは大志と向き合うことができた。


「タイシ様……ルミは……」


「言わなくても、わかってる。もうルミセンを縛りつけるものはない。ルミセンは自由に生きればいいんだ」


 そう言った大志は、ルミセンへと手を差し伸べる。


「これから先も、俺が手を差し伸べないとダメか?」


「……ううん。もう、一人で歩けるの」


 すると、差し伸べた手をひっこめ、その手で頭をかいた。

 ルミセンを助けるつもりが、まさか苦しめることになるとは思いもしなかった。しかし、人は苦楽を乗り越え、成長する。

 ルミセンにとって、これは必要なことだったのかもしれない。


「そうか。……これで、明日を笑顔で迎えられるな」


 空に浮かぶ月は、まるでルミセンを祝福するかのように明るく、まん丸に輝いていた。



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