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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第一章 始まりの異世界
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1-10 『大志とルミセンの城での一悶着』


「理恩ッ!」


 そこには、理恩がいた。三人の男に腕を拘束されている。どう見ても、危ない連中だ。

 大志はレーメルたちを待たずに、駆け出す。理恩が襲われていて、それを黙って見ていられるほど大志の性格は捻くれていない。


「大志、ダメッ!」


 しかし大志は理恩の言葉など無視し、振り上げた拳を、手前にいた角の生えた男に振り下ろした。角が生えてるなんておかしいが、この世界ではそれも普通なのだろう。

 男の頬に拳をねじ込む。すると確かな痛みが拳に伝わってきた。骨が折れるんじゃないかというくらいに肌は硬く、まるでオーガの肌のようだ。


「いってェえッ!」


 しかし、大志は手を引っ込めない。

 たしかに痛いが、理恩を失う痛みよりかは、マシだ。理恩を失うくらいなら、腕の一本ぐらいどうなってもいい。


「やぁ、もしかして、リオンの友達?」


「そうなの。大志っていうの」


 理恩は、三人の男たちに笑顔で振る舞う。襲われているのかと思っていたが、違うようだ。

 そして触れている拳から、男の情報が流れてくる。

 人の遺伝子にオーガの遺伝子を組み合わせた実験体の一人。実験所から逃げ出し、今は転々と住処を変えている。


「じ、実験体……?」


 つい声に出してしまった。ただ、角の生えた人種なのかと思ったが、意図的に作られた存在だったようだ。

 すると、三人の男も驚いたのか、目を見開く。そして理恩から手を離すと、じわりじわりと大志から距離をとった。


「なんで、それがわかんだよ!」


 リーダー格と思われる男が、二人を庇うようにして立つ。


「兄ちゃん、捕まるの?」


「だ、大丈夫だ。おめーらは逃がしてやる」


 顔に大きな傷跡のある男は腕を広げ、理恩の前で壁を作る。一人の壁だが、その気迫は、一人でつくれるようなものではなかった。


「悪いが、男を抱く気はないぞ」


 大志は腕を広げる男へ、言葉を吐き捨てる。


「こっちだってねーよ!」


 邪魔な男を手で退かし、理恩の手を取った。

 怖いのか、少し肩が震えている。あんなことがあった後だ。大志も正直、怖い。理恩に嫌われたんじゃないかと怖いが、怖がっていたら何も解決しない。


「許してくれとは言わない。俺が悪かった」


「……謝らないでよ。大志の期待に添えられなかった私が、悪いから……」


 理恩はふっと目を伏せる。


「理恩は悪くない。悪いのは俺だ。いいな?」


「……うん。大志がそう言うなら、そうなんだね」


 理恩は特に怒っている様子ではない。それどころか、いつもより少しおとなしくなっている。

 そうこうしていると、大志を追ってきた詩真、海太、イズリ、レーメル、ルミセンが見えた。




「兄ちゃん、あれ」


「ああ、見つかったらやべーな」


 男たちは何かを見つけたのか、逃げるようにそそくさと姿を消した。理恩に危害を加えていないようなので、大志には追う意味がない。


「あいつらは何だったんだ?」


「知らない。でも、悪い人じゃないみたい」


 人とオーガの実験体。実験所から逃げ出したってことは、どこかにそういう実験をしている場所があるということだ。しかし、何のためなのか。オーガは封魔の印により、力が制限されていた。それほどまでに、この世界の人はオーガを恐れていたはずだ。なのに、そのオーガと人を合わせて、どんなメリットがあるというのか。




「よかったみゃん。もし何かあったら、ギルド長として責任を取らなければだったみゃん」


 レーメルは理恩が見つかったことに、心から安堵している。

 しかし安堵しているのはレーメルだけではない。言葉にしないだけで、全員が理恩の無事に、胸をなでおろしている。


「責任って何だ? 脱ぐのか?」


「そう、そう。……って、違うみゃん!!」


 肩の紐に手をかけるものだから、本当に脱ぐのかと思ったが、残念だ。もっとも、レーメルよりイズリが脱いだほうが見ごたえはある。

 大志がちらっとイズリに目を向けると、軽蔑するかのようにジト目を向けていた。


「今さらですけど、そういうことを言ってるとルミセンに怒られるんじゃないですか?」


 大志とルミセンは、結婚を前提に付き合っている恋人のような関係だ。しかしルミセンだけを愛し続けられるかと聞かれれば、答えはノーだ。


「なんでだよ。発言の自由ぐらいあるだろ」


「タイシ様のすることに、ルミは口出ししないの。だから、タイシ様の好きなようにして」


 まるで女神のような寛大な心に、大志は許された。

 サヴァージングの緊縛であるルミセンにそう言われるほど、心強いものはない。


「じゃ、俺の城に帰るか!」


「妙に嬉しそうね」


 詩真はため息混じりに言葉を吐き出す。

 しかし嬉しいのは事実だ。理恩を取り戻し、行動の自由まで許されたのだ。嬉しくならないはずがない。


「ルミとタイシ様のお城なの。ね、タイシ様?」


「ああ、そうだな」


 道を引き返そうとすると、理恩の手に力が入った。おまけに手が離れないように、指を絡ませてくる。そこまでしなくても、離したりしない。

 顔を向けると、そこにはうっとりと見つめてくる理恩がいた。


「大志……えへへ……」


 不気味に笑う。一人でいたときに何かあったのかもしれない。とりあえず、しばらくは様子見だ。

 それにしても、改めて辺りを確認するが、どれも廃墟。今にも崩れてきそうだ。こんな場所で生き埋めになんてなったら、死んでも死に切れないだろう。




「止まるみゃん!」


 先頭を走っていたレーメルが唐突に声を上げた。

 まさか本当に崩れてきたのか。恐る恐るレーメルの前に視線を向ける。するとそこには、人がいた。しかし様子がおかしい。おぼつかない足で、ふらふらと歩いている。


「誰なんだ?」


「知らないみゃん!」


 すると様子のおかしい人は大志たちに気づいたのか、顔を向ける。そして走ってきた。その目は殺意に満ち溢れていて、危険なのは誰だって理解できる。


「どうするのよ!?」


 詩真に判断を仰がれ、思考を巡らせる。

 ルミセンがいるのに襲ってきているということは、緊縛でも構わず襲ってくるということだ。そうなると、戦闘に不向きな能力の大志、理恩、詩真、ルミセンを除いた三人で戦ってもらうしかなくなる。


 しかし海太の複製の能力は、勃起していなければならない。それに、今から勃起したとしても、武器になるものが複製できるかわからない。

 イズリも相手の動きを止める呪いが二種類あるけれど、この路地は一直線だ。動きを止めたところで、塞がれてしまう。

 そうなると、残った選択肢はレーメルしかない。


「よし、ここはレーメルに戦ってもらうしかない」


「ちょ、ちょっと待つみゃん! なんで逃げるって選択肢がないみゃん!?」


 たしかに逃げるという選択肢もある。しかし、この廃墟ばかりの地域はルミセンでも道は知らないようだ。そんな中で逃げきれるはずもない。

 レーメルがうだうだしている間にも、ふらついた人は近づいている。


「もしかして、タイシ様の命令に従えないっていうの?」


 ルミセンの冷たく尖った言葉が、レーメルを貫く。

 するとレーメルは諦めたようにうなだれた。そして光の消えた目が、近づいてくる人を捉える。


「どうなっても、知らないみゃん」


 直後、レーメルが姿を消した。しかし、本当に消えたのではない。あまりの速さに、目が追いつけなかったのだ。そして気づいた時には、すでにレーメルは相手と接触していた。数十メートルはあろう距離を、レーメルは一瞬で移動したのだ。


 レーメルに身体を強化する系統の能力はない。つまり、レーメルの素の能力ということだ。さすがイズリの護衛を任せられているだけはある。そしてレーメルは空中で一回転すると、頭へとかかとを落とした。すると、まるで鉄球を落とされたかのように、全身が地面へと埋まった。


「おいおい、すげーな」


 近寄って見てみると、しっかりと埋まっていた。

 レーメルもすごいけれど、埋まるほど掘り進めた身体も頑丈すぎる。


「そのまま、やられてしまえばよかったの」


 ルミセンは肩で息をするレーメルに吐き捨てた。

 それはまるで、レーメルが死んでもいいという風にも聞こえる内容である。


「おい、その言い方はないだろ。レーメルがいなければどうなっていたか、わからないのか?」


 気を落とすレーメルの前へと立ち、ルミセンを睨みつける。


「タイシ様は、ルミよりそのゴミのほうがいいの?」


「ゴミってなんだ……」


「タイシ様の後ろにあるの」


 ルミセンの言葉に、大志はゆっくりと後ろに目を向けた。

 しかしそこには、ふらふらと立っているのがやっとな、レーメルがいるだけである。


「まさか……レーメル……」


「レーメルという名の、ゴミなの」


 再び見たルミセンの顔は、微笑んでいた。それも、罪悪感のかけらもない、屈託のない笑顔である。

 そして気づいた時には、ルミセンのその白い頬を殴っていた。自分でも不思議なことに、無意識のうちにである。ルミセンは驚いたような顔をするが、当然の報いだ。

 大志は地面に倒れたルミセンの服を掴み、そのまま壁へと押しつける。


「助けられておいて、礼の一つもできねーのか?」


「でも、レーメルは――」


「うるせぇ! 礼ができないのか聞いてるんだ! レーメルに何の恨みがあるか知らないけどな、それでも助けられたら、礼を言うのが筋ってもんだろッ!」


 すると、大志のあまりの迫力に恐怖を感じたのか、ルミセンの足元には水たまりができていた。

 大志も少し取り乱しすぎたと反省する。







 城に着いて一安心……というわけではなかった。あまりに広すぎて、すぐに迷ってしまう。ルミセンは黙ってどこかに行ってしまったし、頼れるのは感だけだ。


「どこに向かっているのかしら?」


「それは聞くな」


 詩真たちは、大志のあとをついてくるだけで、使い物にならない。理恩は未だに手を繋いでおり、そのうしろに海太、詩真と続いている。

 そしてレーメルはというと、疲れたらしく、イズリに負ぶさってぐっすりだ。イズリは大志の横に並んで歩いている。


「レーメルって、強かったんだな」


「今さらですか。強くなければ、ギルド長なんてやってませんよ」


 レーメルは『みゃんみゃん』言ってるようなイメージしかないので仕方ない。しかし普段から強そうにしていられたら、それはそれで困るものだ。

 強いという情報は前々から知っていたが、あまりにも規格外すぎる。


「けれど、一時的なものです。使い切れば、このように眠ってしまいます」


 レーメルを背負うその姿は、まるで母親のようにも見える。イズリのほうが年下だが。


「遊んだら眠る子供みたいだな」


「言いえて妙ですね」


 くすっとイズリが笑った。大志の心が弾んだのは言うまでもない。

 大志は空いているほうの手で寝息をたてるレーメルの髪を撫でる。こんな姿をしていても、もう18だ。ここからの成長は望めない。

 イズリの肩にかけられた腕をなぞり、その小さな手を握る。


「どさくさに紛れて、胸を触ったりしないでくださいね」


「バレてたか」


 ちょうど肩から垂れるレーメルの手は、イズリの胸の近くにある。堂々と触ると防がれてしまうからと計画を練ったのだが、失敗に終わった。


「大志、私のなら触っていいよ」


 耳元で囁くように言われる。くすぐったく感じ、身が震えた。

 大志に向けられた理恩の目は優しく、まるで吸い込まれてしまいそうだ。そして、その場で立ちすくんでいると、理恩は大志の手を掴み、自分の胸へと導く。男の胸では感じることのできないやわらかい感触が伝わってきた。理恩の胸は小さいが、膨らみがないわけではない。


「どうしたんだ?」


 今まで理恩が、こんな大胆なことをしてくることはなかった。


「だって、触りたいんでしょ? いくらでも触っていいからね」


「いや、そういうわけじゃ……」


 手を離そうとしても、ぴくりとも動かない。理恩の力に、大志の力が負けているのだ。

 やはり様子が変だ。何かあったに違いない。触れている手から情報を探る。しかし、何もわからない。理恩が一人でいる時に何があったのかの情報がないのだ。


「よかったですね。触らせてもらえましたね」


「まあ、そうなんだがな……」


 すると理恩は悲しそうに目を細める。そして大志の手を自由にした。


「もしかして、嫌なの?」


「いやいやいや、そんなわけないだろ」


「……そんなに言うほど、嫌だったんだね。ごめんね、小さいのに触らせたりして……」


 理恩は俯きながら静かに離れる。そして理恩は懐に手を入れると、そこからきらりと光る物を取り出した。それはどう見ても、刃物だ。

 しかし顔を上げた理恩は笑っている。それも良い笑いではなく、悪い笑いだ。


「何をするってんッ?!」


 海太が声を出した時には、大志の前から刃物はなくなっていた。

 大志の前で開かれた空間の穴。そしてそこに、刃物を持っていた理恩の手が差し込まれている。


「何を……してるんだ……?」


「知ってるよ。大志は大きいのが好きなんだよね」


「まあ、一応な」


 そう言うと、背後で何かが倒れる。振り向けばそこには、胸から血を流したイズリの姿があった。そして空中には空間の穴が開かれており、そこから赤い液体のついた刃物を持つ理恩の手が出ている。

 理恩が刺したとは、信じられない。けれど、この状況ではいくらそれを否定しても、そうとしか考えられない。


 ずずず……と刃物を持った手が空間の穴に消えていく。しかし大志の前にある空間の穴には、手が差し込まれたままだ。


「詩真ちんッ!」


 海太の叫び声で、咄嗟に詩真へ顔を向ける。するとちょうど、空間の穴から出た理恩の手が、詩真の首に刃物を突き立てているところだった。赤い血しぶきを上げ、詩真もその場に倒れる。


「これでいいね」


 理恩の声に恐る恐る顔を向ける。するとそこには、笑顔を見せる理恩がいた。

 こいつは、本当に理恩なのか。似ているだけの別人ではないのか。ものまねの能力者が理恩になりきっているんじゃないのか。理恩への疑心が大志の脳内を駆け巡る。

 触れば確かめられることだ。しかし、手が動かない。今の理恩に触れるのが怖い。


「なんでこんなことをしたってん?!」


 大志よりも先に、海太が声をあげた。

 空間の穴から抜き出された刃物が、大志へと向けられる。


「大志のためだよ。大志は大きいのが好き。だから、これで私が一番大きいよ」


 この場所にルミセンがいなくてよかった。ルミセンがどの姿をしているかにもよるが、ルミセンまで刃物の餌食になっていたら、絶望しかない。


「ち、違う。こんなの望んでない」


 すると、キョトンと理恩は首を傾げた。まるで無邪気な子供のように、純粋な顔をしている。


「遅いよ。もうやっちゃった後だよ」


「――やればできるじゃないか」


 聞いたこともない男の声が聞こえる。しかし大志と海太以外には、男の姿などない。

 すると忽然と理恩の横に、小太りなもみあげの長い男が現れた。


「だ、誰だッ!!」


 大志は興奮のあまり、乱暴に言葉を浴びせた。


「教える名はない。この子を回収しに来ただけだ」


 男は理恩に触れると、理恩と共に姿を消す。理恩も連れて行かれたということは、やはりさっきのは本物の理恩ではなかったのか。


「は、早く治療をしないとだってん」


 海太は能力を使って、ルミセンに事態を知らせる。

 なぜイズリと詩真が狙われたのか。もしかすると、イズリが緊縛の家系の一人であるからなのか。しかしそれなら、詩真まで狙われる理由はない。つまり、詩真はついでに襲われたということだ。


「なんで、こんなことに……」



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