潜入2
土曜日東京都某所。
木々が茂る小さな公園の隣に建てられたプレハブ。
そこを和宏は見上げていた。
ここはあるサイトに載っていた住所、此処に来るために和宏は電車で此処まで来たのだ。
ここは云わば餌付きの罠だ。
捕らえる為の檻ではなくタグを着けるための牧場。
そのことは5日間に置ける調査により判明している。
5日間此処に出入りした人物、その中で繋がりが皆無と呼べる数人が何の危害もなく生活出来ている。
まぁ、ストーキングを危害と呼ぶかどうかは疑問だが。
それは調査の弊害だ、勘弁して貰おう。
要するにサイト運営者仮想敵Xに取ってはタグが着いてさえいればいい訳だ。
コソコソ嗅ぎ回ったどこぞのホステスは目を付けられるかも知れないが、ホステスと学生には通常繋がりはないし、繋がっている証拠もしっかり隠滅してあるので問題ない。
むしろそちら(エサ)に食い付いてくれた方がそこから仮想敵Xの情報が此方に漏れでる分好都合だ。
さて、監視カメラが此方を覗いている。
あまり突っ立っている訳にも行かないか。
さっさと入るとしよう。
「いらっしゃいませ、一端そちらの長椅子でお待ち下さい」
受付と書かれた紙が貼られた可動式のテーブルの向こうのパイプ椅子に座った女の人がバインダーに挟んだアンケート用紙のような物を定型句と共に渡してきた。
指示された長椅子も既製品らしく部屋の雰囲気と全く合っていなかった。
プレハブだったりパイプ椅子だったりどうにも安っぽいな……。
「ここ初めてなんだけど……お姉さんバイトの人?何か説明とか受けてます?」
説明とかはあまり要らないからバイトかどうかだけ聞きたい。
正社員ならそこから情報が得られるかも知れない。
「えっと……そこでお待ち下さいとしか言われてなくて……」
ああ、バイトだな。
それならそれで疑問が湧くな。求人誌にでも載ってたのか?こんな仕事。
安心感を与えるために人相を隠すためのマスクを取って軽く謝る。
勿論ここに監視カメラが無いことは確認済みだ。
バイトなら人相を覚えられようが特に問題ない。
「ああ、すみません。ちょっと不安で……。でもこんなに酷い設備で大変ですね。ずっとパイプ椅子に座ってるとお尻とか痛くなりません?」
「ええ……まぁ」
情報を得ようと喋りかける。
相手は少し引きぎみだが対応してくれた。
仮想敵Xは単に金が無いのかここは腰掛けなのか判断しかねる。
どうにか取っ掛かりが掴めないか……。
「高校入ったらバイトしようと思ってるんですけどここってどうですかね?」
「えぇ……」
固まるバイトの人。
ここは上手く行ったら儲け物程度の考えの行動でいい。
別に失敗してもノーリスクだ。
この人は僕のことを知らないしもう会うこともない。
僅かなリターンでもリターンが望めるなら行動すべき。
「えっと……時給は普通ですけど仕事は座ってるだけなので……お尻は痛いですけど……」
自分でやっといてなんだがまさか答えてくれるとは思わなかった。
お客様は神様だ、という狂った資本主義の塊に今日だけは感謝を捧げてやろう。
「ああ、やっぱり、こんなに空いてると暇なのでは?」
辺りを見回すが、現状僕と受付の二人しか居ない。
「え、ええ……」
「ああ、そうですか。では、お仕事頑張って下さい」
ニッコリと愛想良く笑ってさっさとマスクを着け長椅子に座る。
思わぬ情報をくれたのだ。
多少愛想良くした所でバチは当たらないだろう。
アンケート用紙を見ながら考える。
座ってるだけ……雑用はあるだろうが来る人数は10人にも満たない数だ。
それは従業員を含めての数だ。
本人も言っていたが相当暇だろう。
実際一人で足りる筈だ。
こんな所に人を雇ってまで受付をする必要はない。正直知人に頼むでも良いのだ。売るだけなのだから通常の小売店の様にすれば知人に頼む必要もない。
つまりそこまでしてでもこのアンケート用紙を絶対に書かせたかったと言うことだ。
アンケート用紙を見れば住所に名前、それと一般的な利用規約が書かれていた。
特に問題ないので用意してきたことを書き、利用規約の同意するに丸をした。
そのまま先程話した受付の人に渡す。
「はい、えっと遠藤悠祐様ですね。あちらの通路に沿ってお進み下さい」
見ると向こうの壁の柱に順路と書かれた紙が矢印と共に貼られており授業参観を思わせた。
建物の内周を回るように廊下があり、窓から外が見える。
そして順路が指し示して居たのは一番奥の部屋だ。
順路を行くことで反対側から回り込める様になっているらしい。
ガチャリ。
指し示された部屋を開けるとそこには一人の男性が居た。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞ此方へ」
その男はテーブルの向こうからお辞儀と共に丁寧に歓待の言葉を言ったが、その目は油断なく此方を観察していた。
その言葉通り部屋に入ると微かな違和感を抱いた。
その違和感の原因を素早く観察すると部屋に入る前と後の部屋の大きさが違っていた。
廊下から見ると左側が長く伸びていたが部屋に入ると左側が壁になっており、奥の方から業務用の大きい冷蔵庫が嵌め込まれていた。
つまり柱二本分変なスペースがあるということだ。
そして扉が分厚い。
防音にでもなっているのだろうか。
疑問を隠しその男とテーブルを挟む形で座ると、メニューと書かれたラミネート加工された紙を差し出して来た。
「商品は此方になります。お決まりになったらお知らせください」
そう言いながら男は何処かに行く素振りはない。
それどころか目の端に捉えた僕を細かに観察しているようだった。
「えっと、これで」
僕が指差したのは200CCのA型。
これは別に何でも構わない。
あれから確かに血を欲することは有ったが特にコントロール出来ない程のことでもない。
どうやら生理的欲求という訳でもないようである。
男はそのまま業務用の冷蔵庫から注文した物を取り出すとその場で代金のやり取りがあり、その場で血は僕の物となった。
男はその場で先程僕が書いたアンケート用紙を取り出すと今買った商品を書き込みそのまま席を立つ。
「お帰りは彼方からになります」
男は自分の後ろにあるドアを指差すと僕が今通ったドアを開け廊下に出た。
さて、その用紙を何処に持って行く?
ヴァンパイアになったことで強化した聴覚でその足取りを追う。
そして音声を脳に染み込ませる程記憶した後僕は男の指示に従って外へ出た。
さぁ、これで第一段階終了。
山場はここからだな……。