家族紹介
家を見上げる。
先程来る途中のコンビニで買ったビニール傘越しに建つ一軒家はしとしとと降る雨に濡れていた。
帰りたくない。
その一言のみが体を支配し足を動かそうとしない。
思えばかなりの出費になってしまった。
大阪への往復の新幹線代にビニール傘。
決して中学生が一日で使うような金額ではない。
それだけでも将来の展望が見えないが、既にケータイのGPSで大阪に行っていたのが家の人にバレてしまっている。
少し知り合いに電話したかったからなのだが、別に家に帰ってからでもよかった。
完全な失策だ。
言い訳は全く思い付かないが既に家の前にいる以上帰らない訳にもいくまい。
はぁ。
小さな溜め息を吐くと意を決してドアを開ける。
「ただいま戻りました」
ガチャリと開けるとそこには希美さんが壁に寄り掛かって腕を組んでいた。
どうやらGPSでいつ帰るかも見ていたらしい。
「何か言い訳は有りますか?和宏さん」
厳しい口調で僕を責める希美さん。
どうやら彼女にとって僕が所謂「グレる」のは都合が悪いらしい。
それもそうだ。
父の職業もある。
今日の僕の行動は相当に世間体が悪い。
希美さんが眉をひそめるのも当然だろう。
「いえ、全て僕の不徳に致す所です。今回の行動は思春期による後先を考えない軽率な行動であると理解して頂いて差し支えありません」
完全に喧嘩腰の返答である。
しかし、これは仕方のない部分も往々にしてある。
ここで希美さんに膝を屈する訳には行かないのだ。
僕の身に起こったバンパイア事件(仮称)に対してこれからどれだけ世間体に反する行動を起こすはめになるか分からない。
ここで謝って次回から譲歩を引き出される訳には行かないのだ。
これからの行動を制限される可能性がある。
「貴方の行動は健さんの邪魔になるのよ?それを良く自覚しなさい」
ん?
しつこく連絡して来た割りにはあっさりしてるな。
てっきり僕は2時間お説教コースかと思ったのだが。
が、此方としてはこれで終わるなら好都合だ。
何も問題はない。
「はい、分かりました」
謝ることなく話を終えられた。
喜ばしい限りである。
話がここで終わるならだが。
「和宏さん。いい加減敬語は止めるよう言っているでしょう。聞こえが悪いわ」
やはり来たか……。
僕は顔をしかめる。
僕と希美さんの関係は険悪だ。
これに対して希美さんや父が沢山の主張を繰り返すが、真実は一つだけだ。
僕は悪くない。
僕はいるのならば父の後妻に対し良好な関係を築けるような輩がいるのならば見てみたい。
相当な演技力を持っているのだろう。
後学の為に友達になってもいい。
愛のある家庭なら良いが父が前妻との死別を良いことにコネを増やす為に再婚したに過ぎない。
当然、二人の仲は氷河期であるし、父が昨日帰って来なかったのは愛人を囲っているからに違いない。
僕はそんな二人の家庭の為に明るく振る舞うほど社会貢献が好きな訳でもない。
僕が希美さんに対してフレンドリーに接する義理などないのだ。
敬語を止める気など更々ない。
「それは僕のせいではないでしょう。それでも僕に皺寄せを求めると言うのなら前向きに検討しますが?」
前向きに検討しますが?というのは僕の辞書によると絶対にしませんという意味だ。
僕に他人と馴れ合う趣味はない。
「分かりました。では勝手になさい」
そう言って希美さんは台所に行く。
まるで自らが上位者であるような此方を見下した態度だ。
自分はこんな態度で人に敬語を止めろ等とよく言えたものだ。
どうやら彼女は建前という物を盲目的に信頼しているようだ。
僕はなんとなくこのまま台所に行くのは癪だったので二階の自分の部屋に行くことにする。
トコトコと階段を登っていく所で真矢と書かれたプレートが掛かっている部屋からドタドタと慌てて床を踏みしめるような音がする。
イヤな予感しかしないがそのまま部屋に直行する。
何故自分の家なのに遠慮しなければならないのだ。
そんなもの間違っている。
「お兄ちゃぁん!!」
バタン!!
済まない神様。
間違ったのは僕だ。
反抗期など起こさず素直に希美さんに続いてリビングに行くべきだった。
反省している。
真矢は勢いよく扉を開けると僕に向かって抱き付こうと突撃してきた。
全く、あの母親からどうしてこんなイカれた……もとい元気な子供が出来るか不思議で仕方ない。
避けることは雑作もないが希美さんに言い訳が出来ない。
この攻撃は大人しく受けなければならないのだろう。
……今からでもこのまま回れ右してリビングへ行くべきだろうか。
真剣に検討すべき議題だな。
前向きにではなく。
バフン。
そんな僕の思考は遅きに失して既に真矢は空中にいた為、甘んじて真矢を受け止める。
そのまま下ろすと真矢は額を突き合わせて僕に抗議する。
「ドコ行ってたの!?こんな遅くまで!!」
近いな……。
パーソナルスペースという言葉の意味を調べたくなる。
真矢は現在僕と額を合わせて僕を睨んでおり、パーソナルスペースという言葉はどこにも存在しない。
来年中学に上がるというのに恥じらいという物がない。
希美さんは世間体を気にするのならば僕よりもこの真矢を何とかすべきだろう。
一歩下がりたいが、前にそれをした時、真矢は傷付いた表情で自分の全身を嗅ぎ回し、シャワーをしにお風呂場へ突撃ししに行って3時間戻らなかった。
その時シャワーで湯あたりすることを初めて知った。
その後こっぴどく叱られたので二度と下がれなくなってしまった。
「いや、少し」
曖昧にぼかすが、真矢には逆効果だったようだ。
「大丈夫!?変なことされてない!?」
母親か、そう口まで出かけたが、ぎりぎりで堪える。
だいたいその言葉は女の子にかける台詞である。
「ああ、友達ん家だ。悪い、少し遅くなったな」
「お兄ちゃん!!」
真矢が怒りの声を上げるが顔の作りを見れば分かる通り血の繋がりはない。
真矢は希美さんの連れ子である。
僕がどちらかと言うと少しシュッとした感じなのに対して真矢はふわっとした顔の作りだし、体つきも割りとがっしりした体型なのに対して真矢は華奢だ。
それなのに真矢は兄妹として受け入れてくれた。
先に誠意を見せてくれたのだから此方も誠意をみせるべきだろう。
僕も真矢を妹として受け入れている。
ただし、もう少し節度というものを考えて欲しいが……。
その後何だかんだ言い訳して部屋に入った僕はベッドに直行した。
夕飯まで少し寝よう。今日は少し疲れたから……。
そう思い、和宏は唯一安心出来る場所で眠りについた……。