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ハオサーク  作者: 桜前線
9/25

盗賊と村 9

 日が暮れるまで続けられた宴も解散し、盛大に燃やされていた炎も今は黒い炭が残るばかり。空には星が瞬き、騒ぎ疲れた村人達はすっかり寝静まっている。

 ナチは教会の壁に背を預け佇んでいた。中で眠っている、盗賊達に捕らえられていた者達に術を行使しているのだ。

 彼らの心を取り囲むように、ナチは術を張り巡らせていく。楽しかったこと、嬉しかったこと、安らかな日常―――彼らの持つ記憶に働きかけ、精神の回復を誘う。

 ナチは一晩中こうしているつもりだった。







 夜半を少し過ぎた頃のことである。

 村に立ち並ぶ粘土作りの粗末な民家、その中の一軒から一つの人影が忍び出た。しばらく家の前で立ち尽くし、そして月明かりに照らされた村の中へふらふらと彷徨い出る。やがてその人影は幽鬼のような足取りで教会へ向かった。

 足音の主はナチから少し離れた茂みの影で立ち止まり、微動だにしないナチをじっと見つめる。しばらくたって、夜の闇から浮かび上がるようにして現れたのはシーマだった。


「………ナチ様」


 掠れた声に、ナチは黙って視線を向ける。年頃の少女らしく貧しいながらも精一杯整えられていた髪は無惨に乱れ、赤く目を腫らしたシーマがそこにいた。日に焼けた顔は血の気が失せて奇妙に白い。


「ナチ様。……父が、死にました」


 シーマは独り言のように呟く。茫洋とした表情が浮かぶその顔に、月明かりが奇怪な陰影を作り出していた。

 シーマはそのまま黙り込む。ナチがなにか言うのを待っているようだったので、ナチは答える。


「はい。ヤニさんは死にました」

「……ナチ様は、強いんですよね? だって、あっという間に盗賊達をやっつけたじゃないですか。どうして、父は死んだんですか……?」

「戦いに破れたからです」


 死者に対するなんの感慨も感じられない声だった。冷めているのではない。努めて感情を抑制しているのでもない。ナチの言葉も表情も、シーマに向ける眼差しも、単なる事実を告げるような、温かくも冷たくもない無機質なものだった。


「どうしてですか?」

「ヤニさんが弱かったからです。戦い抜ける程、彼は強くはなかった」


 感情が抜け落ちたようだったシーマの顔が唐突に歪む。紙のように白い顔色が噴き上がった憤怒に一瞬で赤く染まり、充血した目が射殺さんばかりにナチを突き刺した。


「父さんは弱くない!!」


 迸ったシーマの叫びが冷たい冬の夜気を震わせた。堰き止められていたものが決壊したようにシーマは叫び続ける。


「弱くなんかないんだ!! 父さんはいつだってあたしを守ってくれた! あっ―――謝れ! 謝ってよ!! 弱くなんかなかった!! あんたが弱かったんだ!!」

「そうかもしれません」

「あ、あたしは―――あたしを守って父さんは、父さんが―――い、いなくなって―――ぐちゃぐちゃになって、顔がなく、なくなって―――」


 ナチは静かに言う。


「―――ヤニさんは、この村の守護者でした」


 決して大きな声ではなかったが、不思議とシーマの絶叫を圧して夜の闇に響いた。

 シーマの叫びが、途切れた。


「ヤニさんは戦い抜くことが出来なかった。けれど彼はあの場所に来た。この村を守ってきた者として、そうせずにはいられなかったのでしょう。―――ヤニさんは、最後までこの村の守護者でした」


 見開かれたシーマの瞳が揺らぐ。

 見る見る内にその目に透明なものが盛り上がって、ぼたぼたと零れ始めた。


「あ、あたし……ち、違うの」


 シーマの声が震えた。


「違う、こんなこと言うつもりじゃ、言おうと、違うの、」

「はい」

「お、お父さん、いっつも子供みたいに、ソロンさんと張り合ってたから、あ、あたしこうなるんじゃないかって、お、お父さんが盗賊のとこに行っちゃうんじゃないかって、隠してたけど、お、お父さん子供っぽいとこ、あって、」

「………」


 シーマの顔がくしゃりと歪んだ。


「あ、あたし、ナチ様が行けばいいって思ってた……み、皆を治してくれて、ちゃんとあたし達みたいなのの話聞いてくれて、こ、これなら盗賊達のとこにちょっと頼めば行ってくれるって……! あたし、ナ、ナチ様のこと全然考えてなかった……お父さんみたいになっちゃうかもしれなかったのに、そんなの全然気にしてなかった……!! だ、だから罰が当たったんだ……! 代わりにお父さんが死んじゃった……!!」


 シーマが地面へと崩れ落ちた。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい………」


 地面を掴んだ震える手に、幾つもの水滴が零れ落ちては消えていく。


「ごめんなさい、ナチ様、ごめんなさい、お、お父さん、ごめん、ごめんなさ―――」

「―――知っていました」

「……え?」


 涙で潤んだシーマの目を見つめて、ナチは言う。


「あなた方がそう思っていらっしゃること、知っていました」

「し、知って、って……」

「ほとんどの方がそれを望んでいたでしょう。わたしが自分から言い出すことを期待していた」


 村人達は隠しているつもりのようだったが、ナチにははっきりとわかった。すすり泣きながら、嘆き悲しみながらもちらちらとナチに向けられる視線。ナチがそちらを向くと、一層大げさに悲しみを露わにする。

 もっとも、ナチはそれを卑怯だとは思わない。自分達が弱いことを理解し、突然降ってきた好機を逃さず、村中一致団結して利用しようというその姿勢は見事である。彼らならきっと逞しく世の中を渡って行けることだろう。

 シーマは後ろめたさを覚えていたようだったが。

 少女らしい潔癖さを微笑ましく見やりつつナチは続ける。


「貴族というものは、随分と評価されているようですね」


 盗賊達に手を出した時から、あれはナチの戦いとなった。村人達に戦う意志はなく、戦う意志のない者が舞台に上がることは出来ない。舞台にいない者の意見が聞き入れられる筈もない。ナチが盗賊達と戦ったのは単にナチの意志である。

 今回の戦いにおいて村人達は最初から最後まで部外者だった。

 ―――いや、ソロンだけは例外か。そう思い、ナチは少し微笑む。


「ナチ様、」

「―――シーマさん、これを」


 言いかけたシーマを制し、ナチは袖口から巻物を取り出した。開いて、そこから重さ一キロの銀のインゴットを取り出す。足下に蹲るシーマに差し出した。


「どうぞ」

「え………え、あ、あの、どういう」

「家の長がいなくなったのです。これから様々な困難がある。―――違いますか?」

「い、いえ、そう……ですけど……」


 ナチが村人達を観察したところ、女性は得てして男性の保護下に置かれているように見えたのだ。主従ほど厳格ではないが、その立場には明確な違いがあった。


「では、これをその足しにしてください」

「ど、どうして……」


 赤く泣き腫らした目で見上げてくるシーマに、ナチは目を細める。


「一時とはいえ同じ敵を相手に戦った方。その娘さんの苦境を見過ごす訳には参りません」

「ぁ………」


 シーマの手にインゴットを持たせ、薄着の彼女に巻物から取り出したブランケットをかける。冬の夜だ。吐いた息が白くなる程寒い。

 そのまま元の位置に戻ろうとすると、シーマの手がナチの服の裾を遠慮がちに掴んだ。


「っぁ、す、すみませ……」

「……わたしはまだ眠るつもりはありません」


 そう告げ、ナチはシーマの隣に並んで立った。教会を向くナチの横顔、それを見つめるシーマの目に涙が浮かぶ。やがてシーマはぽつぽつと父、ヤニのことを話し始めた。ナチは碌に相槌も打たなかったが、シーマはそれで構わないようだった。

 シーマの話は些細なことばかりだった。生き死にに関わるようなこともなく、大きな事件もない。きっと何処にでも有り触れた、なんの変哲もない日常なのだろう。

 シーマはヤニの好きな食事、眠る時の寝相の悪さ、些細な癖をよく覚えていた。殊更に思い出そうとしなくても、すらすらと出てくるようだった。

 シーマの話は他人にはどうでもいいようなことばかりだった。それをとても大切そうに、シーマは話した。

 一時間程経って、シーマの話が同じようなことの繰り返しになり始める。しばらくして、シーマの話し声が細くなり、途切れた。


「……もっと、あったような気がしたんですけど。意外と少なかったみたい」


 そう言って、シーマは笑った。寂しそうな笑顔だった。

 シーマは立ち上がって服についた埃を払う。ナチを見上げた。


「わたし、そろそろ家に戻ります。ナチ様、ナチ様は眠らないんですか?」

「良い夜ですので。もう少し楽しみたいと思います」


 空を見上げたナチに、シーマもつられて首を動かす。ところどころ雲がかかっているものの、空には満天の星が輝き、丸い満月が紫がかった銀色の光を放っている。

 シーマにとっては見慣れた光景である。不思議に思って、だがすぐに、高貴な身分のナチには珍しいのかもしれない、と納得した。身分の高い人々の住む場所には夜でも星の光が霞むほど煌々と明かりが灯っているのだと言う。


「そうですか。……ナチ様、あの、……ありがとうございました」


 小さな声でそう言って頭を下げる。ナチの返事を待たすにシーマは小走りに道を駆けて行った。

 それをしらばく見送って、シーマの姿が道の向こうに消えた後、ナチは再び空を見上げた。


「……これでよろしかったのでしょうか」


 独り言のように呟いた言葉に、シーマが駆けて行った方とは反対側の茂みががさりと揺れた。

 頭に葉をつけたソロンが出てくる。寝間着らしき薄着に慌てて羽織ったらしい上着。足は裸足だ。


「……いやはや、お気付きでしたか」

「生活の糧に、と思って渡しましたが……問題はあるでしょうか?」

「いえ、単なる村人が持つには少し多過ぎますが……シーマなら金に振り回されることもないでしょう。家族で分けても、あれだけ持参金があれば男親がおらずとも良い縁談を持って行ける」

「ソロンさんが後見を?」

「ヤニの、娘ですから」


 それきりソロンは友人について語らなかった。だからナチもなにも言わなかった。

 ソロンはぼんやりと教会を見つめていた。立ち去る気配がないソロンを一瞥して、ナチは口を開く。


「明日、街へはソロンさんが同行してくださるとか」

「……あぁ、はい。盗賊達の持ち物を売らなければなりません。銀貨も……銅貨に換えて村人達に、家の者が殺されたり、攫われた者への補償も考えなければ……」

「持ち物……そういえば」


 ナチは盗賊の荷物から持って来た銀貨数枚を袖口から取り出した。ソロンに差し出す。


「これも加えておいてください」

「え? いや、しかし………」


 そこでソロンはなにか不味いことに気付いたような顔をする。


「………あの、ナチ様。誰かから盗賊達の財の、その、配分について尋ねられたりなんてことは……」

「ありません」

「やっぱり……! いえ、村の連中が大丈夫だ大丈夫だとしきりに言うもんですからてっきりナチ様も、ああ、申し訳ありません……!!」

「配分ですか。ソロンさんに任せます」

「えぇ!? で、ですけどね、私は村の長で、村の利益を考えなくてはならなくて、はっきり言ってくれないと全部こちらの」

「それと、これです」


 ソロンが色々言っているのを気にせず、ナチは袖口からプレートを二枚取り出した。冒険者の証だ。一枚にはバシル、もう一枚にはアリと刻まれている。


「これを盗賊の首領と共に埋めておいてください」

「え? ああ、冒険者を騙っていたとか。二枚……ですか。二人組の冒険者って設定だったんですかね」


 目の前に掲げられたプレートをソロンが見つめる。まだ言い足りなさそうだったが、ちっとも聞いていないナチに色々と諦めたようだった。


「もう一枚は見つからなかったのでしょう。それと盗賊達の持ち物についてはお気になさらず。死体の処理を任せるのですから、死体に付いている物の処理も任せます。気になる物もありませんでしたから」

「はあ、そうですか……。ではありがたく。助かりますよ、収穫期にあいつらに居座られて村の損失は大きいんです」


 盗賊の首領が持っていた薬は既に調べ終わっている。大した効果もなく、目新しい製法が使われている訳でもない薬への興味は既に薄れていた。

 ソロンにプレートと銀貨を渡して、ナチは教会を視界に収める。


「出発は朝食をとってからとのことでしたが、盗賊達の持ち物の仕分けは済んでいますか?」

「なにしろ量が多いもんで全部はまだですが、ある程度換金しておこうと。村の食糧もそろそろ厳しくなっとりますから、早く買わないといけません。―――ナチ様は、あの連中を故郷に返すつもりだとか」


 憂いを帯びた目でソロンは教会を―――教会の中で眠る人々を見つめた。


「はい」

「そうですか……。そりゃあ望外の幸せでしょう。一旦攫われて遠くに連れて行かれたらもう二度と戻れないのが普通です。これから先辛いだろうが、少しでも……」

「賊に攫われたとなると、やはり障りがありますか」


 率直なナチの言葉にソロンは苦い物を含んだような顔をした。


「……もし子でも孕んだら、と思うとね。そうでなくてもどんなことをされたかわからない娘だ。嫁ぎ先を探すのは大変でしょう。親も傷物の娘を持て余すことになる。……嫁に出せない娘を何時までも養うことは、なかなか出来ることじゃない。幸い、と言っていいのかどうか……私達の村は盗賊達の財産が手に入りましたが……」


 言葉を切り、ソロンは遣り切れないように首を振る。


「……これ以上はよしましょう。命があり、奴隷に落ちることもなく、服を与えられ故郷に帰ることまで出来る。彼らは幸運だったのです。冒険者まで雇ってくれるんだ、道中の心配もない」

「そのことなのですが……」


 ナチは躊躇うように言葉を切る。


「はい? なんでしょうか?」

「移動するのに許可がいると耳に挟んだのです」

「許可……ああ、ちゃんと街から出て行くか監視しとるんですよ。食い詰めた連中なんかが入り込んで、盗みだの殺しだのしたら困りますからね。門のところで何処の村の誰が入って来たか、ちゃんと出て行ったか確認するんです」

「村の住民の戸籍……どの村に何人の村人が住んでいるのか、その名前や年齢を把握している、ということですか?」

「はぁ。そういえば役場に申し出たことはありませんが……知っていますね」


 ソロンは不思議そうに首を傾げる。

 おそらく教会だろうな、とナチは当たりをつけた。なんらかの術によって把握しているという可能性もなくはないが、この地の支配階級の民衆への無関心ぶりから見てそれは考えにくい。

 何処の村にも必ずあるという、人々の生活に密着した組織。支配階級は異なる宗教を持つようだが、サルヴァトル教会は社会の大多数を占める平民のほぼ全てが入信しているという巨大な組織だ。そんな組織と統治機構がなんの関わりも持っていないなど有り得ない。


「わたし、実はちょっとした手違いでこちらに来てしまったようで……その、この地を旅する許可、ですか? そのようなものを貰ってはいないのです」

「手違い、ですか? ああ、だからこんな辺鄙な場所にナチ様のような………。大変だったでしょう、なにも知らないところに一人でねぇ……」

「ですからなにか問題が、そう、罪に問われるようなことにならないかと……」

「罪!? だッ、大丈夫ですとも、そんな、ちょっと間違えたくらいで……! そう、そうだ、大丈夫ですよ、ナチ様! 街のつまらない役人共に本物の貴族様を咎めることの出来る奴なんていませんよ!」


 ナチはしおらしく目を伏せる。


「ですがわたしはこの国の人間ではありませんし……」

「大丈夫です! あいつら、ちょっと鼻薬を効かせれば決まり事なんてどうでもいいんですから。格の違いを見せつけて、それでもってちょっとした得があれば、出身が何処だろうと高貴な方に盾突くなんて出来やしません!」


 ソロンは力強く言い切った。そんなことを力強く言い切るのもどうかと思うが、心配してくれているようなのでナチはありがたく聞いておくことにした。


「そうなのですか。格の違いというと、なんでしょう、全身から放電していたりとか……?」

「放電? いえ、そのままでも十分、なんというか―――我々と違うのはわかりますが。貴族様というと……服装とかでしょうかね、わかり易いのは。それから剣、剣を持ってます。でもナチ様は女性ですから……高貴な女性はあまり表に出てこないんで、どうなんだろうなぁ……」

「服装、そして相手を呑むような迫力ですね。頑張ります。袖の下……いえ、役人へのねぎらいはいくらくらいなんでしょうね、余裕を持って用意しておいた方が良さそうです」


 考えを巡らすナチに、ソロンが合点がいったような顔をする。


「ナチ様は帰ろうとしてるんですね。だから急いで出発しようと―――」

「え?」

「あれ? 違うんですか?」

「そうですね。最終的にはそうします。けれどその前に少し、探したいものがあるのです」

「ですけど、ナチ様ここに来たのは手違いなのでしょう? お連れの方ともはぐれてしまったのでは?  ナチ様がお強いとはいえ、女一人で放り出されてしまって心配してるでしょうに」


 ソロンは気遣わしげな顔をする。


「連れ……」

「ええ。家族か、従者か……どっちにしろ今頃どれほど心配していることか」

「連れはいないと困りますか?」

「へ?」

「一人旅はやはり奇異な目で見られるでしょうか?」


 ソロンはぎょっとしたようにナチを見た。


「一人旅!? ナチ様、そりゃあ危ないですよ! いくら強いったって男じゃないんですから。農民だって女一人でふらふらするのはよくないってのに!」

「そんなに駄目ですか」

「駄目というか、常識としてですね―――」


 ソロンはナチに向き直る。今にも説教を始めそうな雰囲気だった。慣れて来たのか、ソロンはだんだんナチに対して遠慮がなくなってきている。


「ありがとうございます、ソロンさん。やはり真心のある行動というものは重要なのですね。わかってもらえるのは嬉しいものです」

「へ? いや、今言ってるのは―――」

「一人でもなんとかやっていけそうです」

「ちょっと、ナチ様ァ!? 駄目ですよ、貴族の女性の一人旅なんて金塊が歩いてるようなもんですよ!」


 叫ぶソロンにナチは微笑む。


「ソロンさん、今は深夜、しかも教会の中にはたくさんの方が寝ていらっしゃいます。お話するのは楽しいですが、少々声を落とさねば」

「あっ、す、すみません……! って、違いますよ、誤魔化さないでくださいよ……!」

「誤魔化すなどとんでもない。今誠実であることの大切さを実感したばかりです」

「ナチ様……!」


 律儀にも声を潜めつつナチを止めようとするソロン。

 ナチは親しみを込めて頷いてみせた。


「では、ソロンさん。軽く明日の打ち合わせでもいたしましょう。それが終わったらちゃんと睡眠をとってくださいね。わたしとしてももっとお話ししたいのですが、明日も朝が早いですから」

「いえ、確かにそろそろ眠らないといけませんが、そうではなくてですね。一人旅というのは女性がするようなものではなくて。探すものがあるということでしたが、どうしても今すぐにやらなければならないんですか? お連れが来るまで少し待つとか―――そうだ、そもそも何処に向かっているんです?」

「あっちの方です」


 ナチは指さした。ソロンはその指の先を辿る。

 森だ。その向こうには山がある。


「……街の名前は?」

「わかりません」

「………目印とかは」

「ありません」

「…………どうしてその方角に?」

「勘です」


 ソロンが絶望したような顔をした。


「ではソロンさん。まず捕まっていた人達を預ける教会についてですが―――」

「ナチ様、もう少し計画性ってモンを考えなくちゃなりません……!」

「もっともなお言葉です。なにしろ街へ行くのは初めてなので、色々とお聞きしなければ。ソロンさん、よろしくお願いします」


 そう言って、ナチはブランケットを敷いて地面に腰を下ろした。隣に座るようにソロンを促す。

 ソロンはブランケットとナチを見比べた後、決然とした面持ちで腰を降ろした。


「村の恩人をみすみす危険に晒す訳にはいきません……! いいでしょう、わかっていただけるまでお付き合いします!」


 その後、家に帰って眠るように勧めるナチと、懇々と女の一人旅の危険性について言い聞かせるソロンの会話が延々と続くことになる。



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