迷宮都市コーマ 5
時間は少し遡り、沙伊達がコーマに到着した日の朝のこと。
迷宮都市――それは前線基地であると同時にハオサークの文明の中核を担う場所でもある。
迷宮都市には冒険者が集まる。
戦士である彼らは、同時に大金を稼ぎ出す高給取りだ。
彼らの消費活動を目当てに様々な商業が引き寄せられ、産まれ、そして淘汰されあるいは発展する。
商業に従事する人々もまた、羽振りのいい冒険者の消費活動の恩恵を受け潤う。
衣食住を満たして余裕が残る――迷宮都市にはそんな中産階級の層が形成されるのだ。
余暇と余裕が文化を生み出し、戦地であるが故に技術は日夜進歩する。
着飾る為の衣服に味覚を楽しませる為の食事、余暇を潰す様々な娯楽。道を駆け抜けていく魔導車に夜も煌々と辺りを照らす街灯。流れる水は澄み切り、都市に吹く風が悪臭を運ぶこともない。
また地方都市とは異なる大きな特徴として『飢饉が存在しないこと』があげられる。
迷宮都市の食糧事情は行政、または冒険者ギルドにとって重大な関心を払うべき事柄だ。兵糧の確保――戦士を飢えさせることがないように、行政は食糧の生産を管理する。
潤沢な資金を元に整えられた農業技術と魔術によって育成を補助された農産物は自然の気紛れに影響を受けにくく、また不作のリスクを考慮して常に過剰に生産される為、迷宮都市に供給される食糧は常に滞ることがない。
地方都市や農村の住人にとって、迷宮都市とはまさしく地上の楽園だった。
薄い粥を掻き込み一日中働いても生きていくことがやっとの生活から、好きな食事を選び鮮やかな服を着込んで余暇に遊びに興じる生活へ。
人々は迷宮都市を目指し、その楽園の一員になろうと夢を見る。
だが、誰もが望んだような生活を出来る訳ではない。
中産階級が集まる迷宮都市の物価は地方都市や農村と比べて著しく高くなる傾向があり、けれど豊かな生活を出来るだけの賃金を得られる仕事ばかりではない。
希望を抱いて迷宮都市にやって来たものの、仕事にありつくことが出来なかった者。
冒険者や癒師の子供として裕福な暮らしをしていたものの、才能が受け継がれずに転落してしまった者。
一度貧困に陥ってしまえば這い上がるのは容易ではなく、彼らは陽の当たらない場所に巣食い、都市の暗部に呑み込まれていく。
四の壁の一角にあるゴミの投棄場、うず高く積み上げられたゴミの山はそんな者達の住処の一つだ。
華やかな迷宮都市の影、夢破れた者達の住処。
今年で十三になる少年、ラビスが生まれたのはそんな場所だった。
「今日は朝飯はなしだよ。昨日の稼ぎが悪かったからね」
潰れたようなしゃがれ声がラビスに言う。
弱弱しい朝日が廃材を継ぎ接ぎして作った扉の隙間から差し込んでいた。室内に照明はない。わずかな明かりを頼りに、母は罅の入った鏡の前で歯の欠けた櫛を使ってごわごわの髪を梳いていた。
「そうだと思った。昼飯は?」
「昼飯は頑張り次第だね。ラビス、あんた聖誕祭が近いからってあんまりサボってるとそのうち腹を空かして動けなくなっちまうよ!」
「へーい」
「あとほら、髪を梳くからこっち来なさい」
振り返っていう母にラビスはげぇッと顔を顰めた。
「いいよ、おれは。昨日も梳いたじゃねぇか……」
「なあに言ってんの。毎日ちゃんとやらなくちゃすぐに虱だらけになっちまうんだからね! ほら、ここと、ここも喰われてるじゃないか」
もごもごと言い訳をするラビスを捕まえ、母は頭を梳かし始めた。絡み合った頭髪がぎゅうぎゅうと引っ張られラビスは小さく悲鳴を上げる。
このゴミ山では珍しく、母はこういったことを気にする。どうせここには虱も蚤も後から後から湧いてくるのだから、気にしたってしょうがないとラビスは思うのだが。
一通り頭中が引っ張られたのを見計らって、ラビスは母の手から脱出した。まだ梳かし足りなさそうな母がなにか言う前に扉へ向かう。
「あッ、これラビス!」
「おれ、もうデジーんとこに行かなきゃいけねぇから!」
「はいはい、デジーね。まったく、仲がいいのもいいけど、あの子もそろそろ大きくなってきたんだから、何時までもあんたと走り回ってる訳にも――」
「行ってきます!」
母の言葉を最後まで聞かず、ラビスは外へと飛び出した。素人が作ったと一目でわかる不格好な扉が抗議するような音を立てて掘立小屋を揺らす。
足に合わない穴の空いた革靴をべこべこと鳴らして、小走りにゴミ山を駆けていく。
「ッ危ねェな――ってまたお前か、ラビス! 走るんじゃねェって何度も言ってんだろうが! ゴミが崩れてきちまうんだよ!」
「おッ、ラビスじゃねぇか! まァたデジーの家に行くのか。そろそろ親父さんが噴火するぞー!」
青い外套を着こんだ男にぶつかりそうになったのを器用に避け、目を吊り上げた男が拳を振り上げるのをするりと躱し、縞模様のスカーフを頭に巻いた男の面白がるような声に肩を竦める。
彼らもラビスも色鮮やかで工夫された意匠の服を着込んでいる。遠目から見れば大通りを歩く買い物客と変わらない。
だだ彼らと一つ違うのは、ラビス達が身に着けているものは全てゴミ山から拾ったものだということだ。
掘立小屋を建てる廃材も、ラビスが着ている服も、ラビスの母が持つ鏡も櫛も全てゴミとしてここに捨てられていたものだ。
近くで見るとゴミ山の住人達の服は薄汚れ、風呂に入らない彼らの身体には汚れが目立ち、頭髪には虫が湧いている。
「よッ、と」
ラビスが向かうのはデジーという少女が暮らしている小屋だ。
背の低い掘立小屋がひしめき合うごちゃごちゃとした一画にその小屋はあった。ラビスも昔はその一画で暮らしていたが、父が何処かへ消えて以来ゴミ山の外れで母と共に暮らしている。
でこぼことした地面の上を渡された廃材の上をラビスは軽い足取りで歩く。釘で打ち付けられてもおらず、形も不揃いな廃材で作られた道なので、足を突っ込んでくじきそうな隙間だらけだが、歩き慣れているラビスにとっては平坦な道と変わらない。
「いい加減にしろ、デジー!」
大人一人が立ち上がれば天井に頭がぶつかってしまいそうな掘立小屋の間を通り抜けていくラビスは、目的地のすぐ近くまで来て聞こえてきた怒鳴り声に立ち止まった。
男の声だ。神経質そうな声音が苛立ちも露わに怒鳴っている。
「もっとちゃんとした服を着ないか! 男みたいな恰好をしてみっともない!」
「だって! スカートじゃ走りにくいんだもん! ラビスに負けちゃう!」
幼い子供の柔らかい声が必死に反論する。
男の声に含まれる怒気が増した。
「お前今勝ちたいって言ったのか! ええ!? 勝ちたいって言ったのかって聞いてるんだ! 女が男に勝ちたいとは何事だ!」
なにかを叩くような音がして、一拍遅れて泣き声が響く。ラビスは顔を顰めて足を速めた。
「この阿婆擦れが! なんだってお前みたいな娘に育っちまったんだ! この――」
「おじさん、デジーを迎えに来たんだけど」
引き剥がすように扉を開いて中を覗きこむと、幼い少女の腕を掴んで手を振り上げていた男が不意を突かれたようにラビスを振り返った。痩せた男だ。神経質そうな顔が真っ赤に染まっている。
ラビスはそれに歯を見せて笑う。
「そろそろ行かねえとゴミ捨ての連中が来ちまうよ」
「あ、ああ……そうだな。デジー、着替えを今――」
腕を掴み上げていた男の手の力が緩んだ隙に、脱兎の如くデジーは逃げ出す。がたがたと床を鳴らして扉の外へと駆け出して行った。
男は一瞬怒りを剥き出しにして追いかけようとし、自分を見つめるラビスに気付いてぎくりとしたように踏みとどまる。きまり悪そうに口の中でなにやらもごもごと言い、ラビスから目を逸らした。
「悪いね、おじさん。あいつにはおれからもよく言っとくからさ」
「いや……いつも悪いな」
男――デジーの父は疲れたようにため息を吐いて、モグラのようにのそのそと掘立小屋の奥へと戻る。精彩を欠いた顔でごちゃごちゃとした荷物の中からずだ袋と棒を引っ張り出すのを見るに、どうやら彼も一仕事しに行くつもりらしい。
デジーの母がほかほかと湯気を立てる鍋を竈から下ろし、ラビスの方へとやってくる。中にぎっしりと詰まっているのはキツネ色のパンだ。ちょうど今焼き上がったところらしく、いい匂いがラビスのところまで漂ってくる。
ラビスの腹が鳴り、デジーの母がくすくすと笑った。切り分けたパンを二切れ布に包んでラビスに渡す。
「ほら、デジーに持って行ってあげて。一切れはあんたの分だよ」
湯気を立てる包みを見つめ、ラビスは眉を下げて頬を掻いた。
「……いや、おれはいい。母さんに渡してくれ。最近他の事にかまけてて、今日の朝飯の分を稼げなかったんだ」
デジーの母は首を傾げて、それから合点がいったように頷く。
「それじゃああんたの母さんには後で持って行こうかね。あんたはそれを食べな」
「いいのか?」
デジーの母は目を細めて笑った。
「いつもデジーが世話になってるからね。あんたと一緒に行くとデジーの稼ぎもいいんだ。……さ、持って行きな」
「ありがと、おばさん」
温かい包みを小脇に抱え、ラビスはデジーの家を後にした。
ゴミ山の住人は基本的にパンを主食とする。コーマでは挽いた穀物の方が挽いていない穀物よりも安いのだ。だから皆穀粉を買ってパンにする。
ラビスは生まれた時からそれが当たり前なので疑問に思ったことはなかったが、農村から出て来たという男に聞いた話では、迷宮都市の外では貧しい者達がパンを食べることは珍しいようだった。
憤慨したように語っていた男の話では、このコーマに農作物を持ち込んで売るには許可が必要で、その許可が金持ちが持っている農園ばかりに優先的に与えられるから何時まで経ってもコーマの食糧が安くならないのだと言う。「おれの村が連中の半値でいいから買ってくれって持って来ても、奴ら門前払いをしやがった! これだって粉挽きを自分でやれればもっと安くなるのによォ」と腹立たしげに男は語っていた。農村や地方都市ではもっとずっと食べ物が安いらしい。
「何処かなァー」
わざとらしくきょろきょろと辺りを見回しながら、ラビスは掘立小屋が連なる一画の外れで立ち止まった。
屋根から垂れ下がる布に小屋と小屋の隙間、服や盥、歪んだ大鍋に欠けたガラスの花瓶などがごちゃごちゃと積み上げられた棚の影、空っぽの樽。
掘立小屋がせめぎ合うように立ち並び、小屋の外までものが溢れ出しているこの辺りには隠れる場所はいくらでもある。
ラビスの背後からごそごそと音がした。
そこにあるのは崩れたまま放置された廃屋だ。折り重なって倒れた廃材に屋根だった布が被さっている。小人のテントのようだった。
染みだらけの布が揺れ、幼い少女がそろそろと出てくる。そばかすだらけの顔にふわふわと好き勝手に広がる髪。
くしゅん、くしゅんと続けて二つくしゃみをして、少女は思いっきり鼻を啜った。
ラビスより三つ年下の少女、デジーだ。
「……ラビス」
拗ねたような声にラビスは振り返る。鼻も目も赤いデジーを見て吹き出した。
「お前、髪の毛に棒っきれが刺さってんぞ。鳥の巣かよ!」
「……?」
尖った目付きをしていたのも束の間、不思議そうな顔でデジーは自分の髪を引っ張る。絡まったのか直後に痛そうな顔をしてギュッと鼻に皺を寄せた。
「お前、髪梳いてねぇな」
「おかあさんがあたしの髪の毛は絡まっちゃうからしょうがないって言ってたもん」
「ああ……諦めたんだな、おばさん」
「髪梳くの嫌いだからいいの!」
デジーはプイと顔を背けた。ぐしゃぐしゃになった髪の毛に棒っきれを絡ませたまま廃屋に布を被せて入口を隠す。
父親に叱られた時、なにか宝物を見付けた時、稼ぎがよくなかった時、デジーはいつもここに来る。
ここはデジーの秘密の場所。中にはデジーが見つけたお気に入りの宝物達が溜め込まれている。
もっとも誰かが廃屋を撤去しようと決めたらすぐになくなってしまう場所ではあるが。
「ラビスは今日も髪、梳いてきたの?」
くりくりとした薄茶色の目がラビスの頭を眺める。
「母さんがな」
「ふーん……。おばさん、きれい好きだもんね。近所のおばさん達が噂してたよ。『いいとこのおじょうさん』だったんじゃないかって。ねえ、『いいとこのおじょうさん』ってなに?」
「はあ!? 母さんがいい家の出ってなんだそりゃ」
半笑いになったラビスをデジーがつつく。
「いいとこのおじょうさん、だってば」
「ああ、いいとこのお嬢さん、な……。えーと、要するに、継ぎ接ぎじゃない扉があって……」
「うん」
「何時でも水が出てくる蛇口が家にあって……」
「うん」
「毎日違う献立の飯を食って……」
「うん」
「大通りで買い物して好きな物を買える連中、かな?」
あやふやな口調で首を捻りつつ言うラビスだったが、デジーはきらきらと目を輝かせた。
「大通りで買い物! おばさん、大通りを歩いてたの?」
「おれは知らねえって。かあさんの家のこと聞いたことねぇし」
「聞いたら教えてくれるかな?」
ラビスはぴょこぴょこと飛び跳ねるデジーの頭から棒切れを取っ払ってやる。
「……大通りに行きたいんならさ、いつかおれが連れてってやるから。それまで楽しみに待ってろよ」
「ラビスがー?」
「おう。冒険者になれるんじゃねぇかって、神父さまも言ってたんだ。もう少ししたらちゃんと調べてもらおうと思ってる」
「ラビスがー?」
「おい、なんだその言い方」
半眼になるラビスに楽しそうな悲鳴を上げてデジーが駆けて行く。
ラビスにとって、デジーは妹のようなものだ。
ラビスの家族がまだ掘立小屋が集まる一画で暮らしていた頃から、デジーの家とは仲が良かった。
その頃、ゴミ山に行く時、ラビス達は六人だった。
初めにデジーの兄が崩れてきたゴミに埋もれて死に、次にラビスの弟が病気で死んだ。ちょうどこんな寒い冬の日にデジーの妹が動かなくなり、小さな花が咲き始めた春の初めにラビスの兄が喧嘩に巻き込まれて殴り殺された。
もう二人しか残っていない。
ラビスの父は去り、ラビスに新しい兄弟ができることはもうないだろう。
もう少し経てばまだヨチヨチ歩きのデジーの弟がラビスとデジーに加わる筈だ。
デジーの家族はラビス達に優しかった。
父が去り、追い立てられるようにしてゴミ山の外れに引っ越すことになった後も、デジーの家族は変わらずに仲良くしてくれた。
ラビスの父は農村の出身だった。機嫌の悪い時はラビスや母を殴ることもあったし、いつも世の中に不満を抱えているような顔をしていた。だが偶に何処かへふらりと行って、とろけるようなチーズを挟んだパンや肉汁が滴る焼いた肉をラビス達に買って来てくれた。何処から父がそんな金を捻出していたのか、ラビスは知らない。そういう時は何時も、母がちらりと後ろめたそうな顔を覗かせた。
父が去ったのは夜明け前のことだった。
群青色の空の下、父はラビス達の家から出て行った。
金も、食糧も、父はなにも持って行かなかった。
なにも言わずに見つめるラビスに少し笑って、父は歩き去った。
憑き物が落ちたような、不思議と穏やかな顔だった。
父が何処に行ったのか、ラビスは知らない。
父はろくでなしで、家族を捨てて、何処かで気ままに暮らしているのだ。
ラビスが知っているのはそれだけだ。それだけでいい。
「デジー、おばさんから朝飯だ」
「んー……またただのパンかぁ。……チーズ、入ってない」
「食わなきゃ動けなくなるぞ。そしたら今日もおれの勝ちだな」
「……食べる!」
ラビスとデジーはゴミ山へ向かって歩きながらパンをかじる。固くてぼそぼそとしたパンだ。ラビスの父が買ってきたチーズの入ったパンとはちっとも似ていない。
焼きたてのパンを齧りながら今が冬でよかった、とラビスは思った。
これが夏だとゴミ山の匂いがひどくてたまったものじゃないのだ。風が吹く度に嫌な臭いがして、折角の焼きたてのパンも味が半減してしまう。
「あーあ、ムサカが食べたいなー」
「ムサカかぁ……」
「うん。またお祭りみたいにならないかなぁ」
小さな声でデジーが呟く。
ムサカはジャガイモとナスの料理だ。挽き肉を混ぜ込んだ赤いソースと、バターの香りがする白いソースで味付け、それをチーズで挟んで焼く。
熱々のそれを持ち上げて齧り付くと、とろりとチーズがとろけて肉の旨味と塩のきいたバターの香りが口いっぱいに広がる。ほくほくとしたジャガイモとナスが落ちないように急いで頬張るのだ。
ラビスとデジーがそれを食べたのはもう二年も前になるだろうか。
その日、大きな広場に眩暈がするほどたくさんの人々が集まって高い台を囲んでいた。その上には赤いなにかが縛り付けられていて、怪鳥のような奇声を上げて蠢いていた。
半血の魔物が捕らえられたのだ。
剥ぎ取られた生皮がべろりと黒ずんだ鋼鉄の台から零れ落ち、処刑台に赤い染みを広げる。金属の輪がぎっちりと四肢に喰い込んでいた。眼球に、手の平に、舌に、身体中に焼けた釘が打ち込まれ、赤い針鼠のようだった。焼けたヤットコで身体の肉を抉られ、傷跡に溶けた鉛や煮え滾った油を注ぎ込まれていた。
半血の魔物はなかなか死ななかった。
釘が一本打ち込まれる度に民衆は歓声を上げ、半血の魔物がのたうつ度に狂ったように咆哮した。
やがて四肢に切れ込みを入れられ、半血の魔物は引き裂かれる。それでも死なず、腹を開かれて心臓を押し潰されてようやく魔物は静かになった。
紅蓮の炎が断片となった半血の魔物を舐め上げ、天に向かって巻き上がる。
誰も彼もが笑い、踊り、歓喜の叫びを上げていた。
人の皮を被っていた忌まわしい魔物に鉄槌を下してやったのだ。
邪悪な企みは潰え、人は魔物に一つ勝利した。
この時ばかりはゴミ山の住人も、大通りの住人も、冒険者も、物乞いも皆一緒だった。
剣を下げた冒険者が染みのついた外套を着たゴミ山の住人と肩を組み、物乞いと酒場の店主が手に手を取って踊る。
誰もが上機嫌で、歌を歌い、酒を飲み、金持ちは惜しみなく料理を振る舞った。
ラビスやデジーを見ても誰一人嫌な顔をせず、汚れた頭を屈託なく撫で、頬にキスし、満面の笑みで見たこともない美味しそうな食べ物を次から次へと腕に乗せてくれた。
ガラス窓の向こうにある色々な商品を眺めていても誰も怒らず、綺麗な服を着た女の人がデジーに橙色の花をくれた。
デジーがその花を押し花にして、あの廃屋の中に大事にとってあることをラビスは知っている。ラビスの母がデジーにやり方を教えたのだ。
不格好な出来だったが、デジーは今も時々取り出しては眺めている。
「その内また捕まるさ。もしかしたら今度捕まえるのは冒険者になったおれかもしれないけどな!」
最後の一欠片を口に放り込んで、デジーはパン屑のついた手をはたいた。ラビスの言葉には返事を返さずにゴミ山へ向かって駆け出す。ついでに後ろ足でゴミを蹴立ててラビスを妨害するおまけつきだ。
「へーんだ! あたしだって負けないもんね!」
「あっ、デジー! このやろ、待ちやがれ!」
ぴょんぴょんと体重の軽いデジーがゴミ山の上を飛び跳ねていく。向かう先はやってきたゴミ収拾の魔導車がゴミをざらざらと捨てている場所だ。
高値で売れる物を確保出来るかどうかは早い物勝ちである。
デジーとラビスは毎日どれだけ稼げたか勝負しているのだ。今のところ、ラビスは勝ち続けて兄貴分の面目を保っているものの、最近デジーも目覚ましい追い上げを見せているのでうかうかしていられない。
ラビスはパンを包んでいた布をポケットに押し込み、デジーの後を追いかけた。




