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リクエスト作品

猫が追う会話

作者: 風白狼

 こぢんまりとしながらも優雅な作りの部屋。そこに、二人の男が顔を寄せて座っていた。二人の着るスーツは新品同様に艶があり、羽振りの良さをうかがわせる。白い机に載った料理もまた、上品さを漂わせていた。

「アンドーさん、例の件、ちゃんとお願いしますよ?」

「もちろんわかってますよ、マニロフさん」

 二人の男は声音を落として話している。マニロフと呼ばれた方の男は、ほんの少しだけ安堵したように見えた。

「そちらが認めてくだされば、我々の進出もたやすくなります」

 彼の言葉に、アンドーと呼ばれた男が頷く。

「そうでしょうとも。こちらももらったお金の分はやり遂げてみせますよ……」

 アンドーは目を細めて笑った。その笑いは見る人によっては不気味と感じるかもしれない。マニロフはがしっとアンドーの手を取った。

「ご協力、感謝いたします」

 二人の男は固く握手をする。愉しそうな笑みを浮かべて、上品な椅子に座り直した。

「では、冷めないうちに残りを頂こうか」

 そう言って二人が食事に手を付けようとしたとき、不意にアンドーの目つきが険しくなった。勢いよく立ち上がり、素速く窓に手を掛ける。

「誰だ!」

 窓を開け放った男の視界に、黒い小さな影が映った。

「にゃあ」

 影は驚いたように一声上げると、器用に塀を伝って見えなくなってしまった。アンドーはしばらく怪訝そうに消えた方角を見つめた。

「どうかしたんですか?」

「いや、猫だったようだ」

 そう言って椅子に座り直す。けれどどことなく緊張した空気は消えなかった。



 信用できない奴だ。俺は目の前で足を組んで座る男を見た。自信たっぷりで、他人を見下しているようにさえ感じられる。

「現首相――アンドーの隠蔽された不祥事、か。ずいぶんと危険なものを」

 目の前の男はくつくつと嗤った。言葉の割には、どこか楽しんでいるように見える。

 彼はこの界隈、すなわちメディアや記者ではかなり有名な情報屋だ。機密度の高い情報もいくつか仕入れており、報道のネタを探す我々にとって重用される存在だ。だが、この男の態度はどうにも気にくわない。例えいい情報や真実を持っていたとしても、それを使うのは癪に障る。仕事を選べないのが、任務を受けるしかできない下っ端の悲しいところだ。

「何故そんな情報に手を出そうと思ったのやら」

 答えを求めるように、相手は俺を見据えてくる。俺はできるだけ平静に答えた。

「俺には上の考えていることがちっとも理解できません」

 俺の答えに、相手はふんと鼻で笑うだけだった。そういう態度がいちいち目障りだ。

 すると、奥の方から黒い影が現れ、するすると音もなく男の膝の上に乗った。それは黒く輝く毛並みをした猫だった。すらりと引き締まった体つきをし、銀色の首輪を付けている。

「ああ、ご苦労」

 男は文字通りの猫なで声でそう言った。黒猫の背中を撫で、首元をくりくりとやっている。表情は先程までのさげすむような目つきではなく、我が子を見るように穏やかだ。ずいぶんと猫が好きらしい。だが、人と話すときに猫を可愛がるのも如何なものか。猫がこちらの都合を考えてくれる訳はないが、だとしても迷惑にならないようにどこかに入れておくとか、そういう気遣いだってできるはずだ。苛立ちを込めて睨み付けると、部屋にノックの音が響く。

「失礼します。照合証をお持ちしました」

 がらりと部屋のドアが開いて、女性が入ってくる。彼女は召使いか、秘書のような立ち位置のようだ。ぺこりと丁寧一礼し、小さな包みを持って入ってくる。男は彼女に視線を移し、不敵に笑った。

「ああ、丁度いいときに来た。では、ロドルフ会の証をここへ」

 俺は言われたとおり、確認用の札を取り出した。それは半分になった文字が書かれており、先程女性が持ってきた物と対になっている。二つあわせれば文字が完成するという、きわめて原始的な照合だ。実際には特殊な加工が施され、信頼性を高めているらしいが、俺にはよくわからない。ただ、女性は二つを重ね合わせ、特別な機械を使って確かめていた。

「厳重なんだな」

 俺が言うと、男はさも当然とばかりに嗤う。

「君も情報を扱ったことのある人間ならわかるだろう? 情報とは便利で、危険な物だ。特に今回のように国の動向が変わりうるものとなれば、渡す相手も吟味せねばならん。君が私を騙し捉えようとする、どこかの組織の回し者とも限らないからな」

 会話の合間に入る大げさな態度に、俺はまた腹が立った。だが、抑えるのが大人の対応というものだろう。全ては有益な情報のためだと、自分に言い聞かせる。

「照合が終わりました。本物のようです」

 女性がはきはきとした声で言った。自然と彼女に注意が向く。

「そうか、ご苦労だった。下がれ」

「はい」

 女性は立ち上がり、また照合用の札を片付けに行った。俺も同じようにカバンの中に仕舞う。

「で、アンドーの不祥事だったな」

 女性が部屋を出て行くのを見てから、男が口を開く。俺はゴクリとつばを飲み込んだ。

「奴はどうもK国と結託し、彼の国に対して優遇措置を執るつもりらしい」

「それは……」

 俺が釈然としないでいると、男はじっとこちらを見つめた。

「つまり、自国の代わりにK国の住民や企業を優遇し、国内に入れることを容認するという態度なのさ。そうなればK国は待遇のいいこちらに流れ込み、我が国は人件費も高く支援も少ない状態では太刀打ちできず――」

「この国は乗っ取られるかもしれない、と?」

 俺が続くと、男は満足そうに笑った。

「その通り。奴はこの国を売るつもりだ。賄賂欲しさにな」

 俺は息を呑んだ。ことの重大さと、情報の重さ両方に押しつぶされそうだった。不用意に流せば混乱を招く。下手をしたら誤解のまま暴動に繋がるかもしれない。男はそんな俺を見つめて愉しげだった。

「だが、私の言葉だけでは証拠として不十分だろう。……これを」

 俺は男から、小さなチップを受け取った。言われるままに機械に入れ、中のデータを再生する。入っていたのは、音声データだった。アンドー首相がK国の政治家と話している、録音データ。話されている内容は、衝撃的な物だった。

「それをどう扱うかは君に委ねられた。……期待しているよ」

 俺は頷き、慎重にチップを保管して建物を出た。誰にも勘ぐられないように気をつけながら。


 残った部屋で、男は猫を撫でる。

「これでこの国は動く。混乱は免れまい。あとは――」

 背もたれに深く沈み込み、ぼんやりと天井を仰ぐ。

こちらの人間(・・・・・・)を増やしていくだけ、か」

 男は目を閉じ、独りごちた。彼の膝の上で猫が鳴き、ちょこんと座り直す。男の言葉を聞いていたのは、この猫以外にいなかった。

桃苺さんのリクエストで、「猫が出てくるもの」でした。

猫が主体にはならなかったのですが、こんな感じで良かったでしょうか?


ちなみに政治批判っぽい部分がありますが、この作品はフィクションであり作者はあまり深く考えておりません。仮に思い当たる節があったとしても、実在の国のことを言うのはやめましょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 猫が首相や情報屋などの、国を動かす大きな会話を日常の出来事のように歩き渡りながら聴く様子が、 普通の猫なのか、何か特殊な猫なのか、 考えさせるような蠱惑的な雰囲気がとても心をくすぐってくれ…
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