サイド:虫の洞窟
後日、ネットにソロ逃げの方法がアップされていた。
確率は100%では、無いものの、ソロで抜けれることは
確からしい。
が、サトシにとっては、逃げても意味がない。
陰鬱な森で、何度も死ぬうちに、16種類の虫を確認した。
ネットを見ても、16種類がアップされてるので、恐らく、
間違いはないだろう。
何にせよ、入口付近の弱そうな奴さえ、気絶させる事が出来ず、
種類が判明しても、何の解決にもならない。
16種類の虫は、全て蜂系である。
中でも、陰鬱な森を死の森と言わしめてるのが、
スタースズメ、マスタースズメ、ブラックスズメの3種類。
とにかく速さが半端なく、多くのプレイヤーを死に追いやっていた。
「まずは、マ~ヤンからだよな。」
マ~ヤンは、陰鬱な森の中では、一番遅い虫である。
しかし、蜂系の一種なので、侮ってると刺されてダメージ+痺れ状態
を食らってしまう。
痺れ状態で、他の蜂系の毒を食らうと、相乗効果であっさり死んで
しまう。
陰鬱な森を何度もデストライしていれば、マ~ヤン位は、倒せるように
なってくるのだが、サトシの場合は、倒しても意味はない。
「弱点はわかってるんだけどなあ・・・。」
VFGXのゲームの中では、虫系の弱点は、殆どが単眼の位置になっている。
他の部分でも、気絶させる事は出来るが、単眼を狙うのが手っ取り早い。
蜂系の単眼は、人間の眉間の位置にある。
大きな目のようなものは、複眼であり、複眼の真ん中、つまり人間の
眉間の位置に、単眼は3つある。
マ~ヤンは、蜂系モンスターの中でも小さく、人間の顔くらいの大きさだ。
単眼にピンポイントでヒットさせれば、恐らく即死するだろう。
気絶させるには、細かい事を考えず、顔を殴ればいいだけなのだが。
種類の確認の為、逃げながら森の奥へ行ったこともあり、ネットの情報も
確認してるので、蜂系の動きは大体わかった。
ということで、一種類ずつ攻略していこうとしているのだが、未だに顔
どころか、体にもパンチはヒットしないでいる。
「うん。やっぱり素手にしなくて正解だったな。」
自分のプレイヤースキルのなさに、ナイフを選んだことが間違いで
無かった事が再確認できた。
「どうかしましたか?」
陰鬱な森で、ソロプレイヤーに話しかけられた。
基本、ソロプレイヤーは、皆、逃げなので、人に話しかける余裕はない。
「いえ、マ~ヤンを気絶させようと頑張ってるんですが・・・。」
「気絶ですか?」
「え、ええ。頭を殴れば気絶すると思うんですけどね。」
「なるほど。試してみてもいいですか?」
「え、ええ。」
「そっちでエンカウントして貰えませんか?支援に入りますんで。」
一人で、シンボルに当たった場合は、敵の数は1~2匹。
通常、他人のバトルフィールドは、ゴースト扱いで、すり抜けるだけだが、
支援に入った場合は、パーティに入らなくても戦闘に参加できる。
但し、何のメリットもない。
ちなみに、支援の上限はパーティーと同じで6人。
6人パーティーには、支援する事が出来ない様になっている。
【この人って、あれだよな・・・有名人の・・・。】
サトシは、言われた通り敵にエンカウントした。
2種類の敵が出てきたので、サトシは、マ~ヤンじゃあ無い方を倒そうと
したが、サトシがナイフのスキルを使う前に、2匹とも気絶した。
「本当ですね、頭を殴ると気絶しました。」
「す、すみません。このままでお願いします。」
「はい。」
サトシは、失敗しない様に採集を実行した。
旨い事、2種類が、防腐した死体になった。
この時点では、バトルフィールドは消滅しない。
防腐した死体をアイテムボックスにしまったら、消滅するようになっている。
続けざまに、サトシは標本を実行し、2種類の標本を獲得する事が出来た。
「あ、ありがとうございます。カラットさんですよね?」
「はい、そうです。」
「初めて陰鬱な森の虫が標本にする事が出来ました。」
「見た事なかったんですけど、注射とか標本とかビックリです。」
「完全にネタなんですけどね。何となく続けてるんですよ。」
「この森の虫系って10類以上いますよね?」
「ええ16種類います。まあ、全部標本にしようと思ったら大変ですが。」
「時間がある時なら、お手伝いしますよ?」
「え、そんな悪いですよ。ネタ職なんで、これと言ったお礼も出来ないし。」
「お礼はいいですよ。陰鬱な森の敵を全種気絶させるのが面白そうなんで。」
完全なバトルマニアである。
サトシは、カラットと名刺交換をして、この日は別れた。
「あれが、かの有名なカンピオーネさんかあ。陰鬱な森のお助けキャラとも、
言われてるのは、間違いじゃなかったなあ。」
それからも、サトシは、標本作りに没頭した。
一人の時は、いつも死んでしまい、気絶させる事さえ出来なかった。
それでも、諦めず、死んでも死んでも、陰鬱な森へアタックを続けた。
ようやく敵の動きに、体が馴染んだ頃、標本は10種類に達した。
もちろん、全てカラットが気絶させた物だったが。
「サトシさんも、ソロで森を抜けれるんじゃないですか?」
カラットが聞いた。
「そうだね。100%って訳じゃないけど抜けれるよ。
でも先にある閉ざされた門は、まだ開かないんでしょ?」
「ですね。次のVUで、実装されるみたいです。」
この時の彼らは、知らなった。
実装されても閉ざされたままだとは・・・。
「そういや、森の中にも封印された洞窟があるみたいだね。」
「ええ、もう皆諦めてますよ。ヒントも何もありませんし。」
「正直、ここの運営は、不親切が売りだからね。」
運営側は、もっとユーザーに親切であるべきと思ってるのだが、
開発が暴走し続けてるなんて、ユーザーにはわからない事だった。
「カラットさん、いつもいつも手伝ってくれて申し訳ない。」
「好きでやってますから、気にしないでください。」
「俺、未だにマ~ヤンすら、気絶させれなくて・・・。」
「自分は、魔拳士ですから、殴るのは得意なんで。」
結局15種類の標本が集まっても、サトシは、一度も気絶させる事が
出来なかった。
「しかし、あと一種類のマスタースズメ、中々出ませんね?」
「出て欲しくない時は、簡単に出るのにね・・・。」
サトシは、ボヤいた。
今現在、陰鬱な森で、マスタースズメに出会いたいなんて物好きは、
他には居ないだろう。
この後、マスタースズメに出会うまで、3日掛かったが、
なんとか標本にする事が出来た。
そして、ゲーム内にアナウンスが流れた。
「ただいま、封印された洞窟の解放条件が達成されました。
鍵穴が設置されましたので、16種類のカギをお持ちの方は、
鍵穴に設置してください。16種類揃いますと、封印された
洞窟が解放されます。」
「カラットさん。鍵ってこれかな?」
「多分そうですね。」
「意味があってよかったよ。俺、カラットさんに何のお返しも出来ないと
思ってたんだけど、16種類の標本全部貰ってくれる?」
「それなら、パーティー組んで一緒に行きましょう。」
「わかった。」
二人は、パーティーを組んで、封印された洞窟へ向かった。
洞窟の前には、物凄い人だかりが出来ていた。
標本を16個並べるような台が設置されていた。
人だかりは、それから3m位の間をあけて、台を見つめていた。
「誰だ、鍵もってんの?」
「野次馬だけじゃねえかよ。」
「鍵ってなんなん?」
「あの台に、鍵穴なんてねえじゃん。」
「勇者はいつ現れるんだ。」
「俺、@20分しかないんだが・・・。」
「俺なんか10分しか・・・。」
「めっちゃ行きずらいよね?」
サトシはパーティートークで、カラットに言った。
「気にせず行きましょう。」
カラットはそう言って、台の前に進んで行った。
「おいっ、あれカンピオーネじゃっ!」
「やっぱ勇者は、あいつかっ・・・。」
「後ろの人誰よ?」
「さあ?」
「サトシさん、番号が書いてますよ?」
「本当だ。そういや標本の説明に番号があったんで、何かなと
おもってたんだけど。」
「じゃあ番号通りに並べましょう。」
二人は、手分けして、番号通りに標本を並べ始めた。
「あれが鍵?」
「てか、あれ何なん?」
「箱?」
「見たことねえよ・・・。」
「カンピオーネは、どっから持ってきたんだ・・・。」
「さあ?」
16個並べ終わると、洞窟が輝きだした。
「陰鬱な森に存在せし16体の生贄をささげし者たちに、
虫の探究者の称号を与えよう。
今、虫の洞窟がここに解放されたっ!」
洞窟から、何か声が聞こえて来て、光が弾けた。
「「「おおおーっ、解放されたっ!!!」」」
野次馬が、一斉に叫んだ。
さすがに、残り時間が少ない輩ばかりなのか、誰も洞窟に入ろうとは
しなかった。
「カラットさん称号貰えた?」
「貰えました。サトシさんは?」
「俺も貰えたよ。しかし、称号だけとは申し訳ない。」
サトシは、長い間手伝ってもらったのに、申し訳なく思った。
「いえ、凄く面白かったです。虫の洞窟も解放されましたしね。」
「そう言って貰えると、助かるよ。」
「レベル解放とか、困ったことあったら、いつでも呼んでくださいね。」
「是非、お願いします。」
サトシは、心から、カラットに感謝した。
「すみません。ちょっといいですか?」
野次馬の中から、一人、サトシたちに話しかけてきた。
「なんでしょう?」
サトシが応対した。
「この標本みたいなのって、なんですかね?」
「えっと、標本です。」
「・・・。生産か何かですか?」
「いえ、標本ってスキルがありまして。」
「そんな、スキルが?ネットでも見た事ありませんが?」
「採集ってスキルを上げていくと、出てくるんですよ。」
「採集?生産ですか?」
「いえ、探検家のスキルです。」
「あのネタ職の?」
「ええ・・・。」
「カラットさんは、魔拳士というのは知ってます。という事は、
あなたが探検家ですか?」
「はい。」
「私、家具職人のミーヤといいます。もしよかったら、標本を一つ売って
頂けないでしょうか?」
「ひょ、標本をですか?」
今までは、全くのネタスキルで、標本は、倉庫にしまってるだけだった。
NPC売りは100ゴールドと、まったく苦労に見合わない値段となっている。
「出来れば、見栄えがいいのを。蝶とか綺麗なのがいいです。」
「レインボーアゲハなら、今ありますよ。」
そう言って、アイテムボックスから取り出し、ミーヤに見せた。
「おおおおおおっー。美しいです。お幾らでしょう?」
「売ったことないんで値段が・・・。」
煙玉が200ゴールドかかってるんで、サトシとしては数千ゴールド貰えれば
いいかなと考えていたが。
「今は、手持ちに4万しかありませんので、後日で宜しいでしょうか?」
「はっ?いやいや、4万あれば十分ですよ?」
「いえ、そう言う訳にはいきません。
ちなみに私が、今考えてるのは、家具に標本を埋め込もうと思ってます。
レインボーアゲハを埋め込んだテーブルなら、4、50万で簡単に
売れますよ?」
「!!!!!」
ビックリ仰天の話だった。
「家具ってギルドルームにしか置けないんで、それ位は普通ですよ?」
隣で聞いていたカラットが言った。
「俺、ギルドに入ってないから、そういう情報は知らなくて・・・。」
「私も今後、末永く取引して頂きたいと思い、適正な価格で買いたいと
思ってます。」
「そ、そうですか。
では、レインボーアゲハの金は、全額カラットさんに渡して貰えますか?」
「自分はいいですよ?」
「いや、これ位はさせて貰いたい。」
遠慮するカラットに、サトシは、念を押した。
「今後も、色々助けてもらいたいと思うし、これ位しないと、次が
頼みにくいんだよ。」
「それなら、しょうがないですね。」
カラットは折れた。
後日、カラットはミーヤから20万ゴールドを受け取った。
サトシは、ミーヤと名刺交換し、取引を始める事になった。
まさか、標本が金になるなんて思いもしなかったサトシだった。




