チーフ、動くっ
「どうしますチーフ?相変わらず仙人は、釣り一筋ですが。」
2回目のクールタイムを食らって尚、タイマーは釣りに時間を費やしていた。
「開発室長からは、何か言ってきてる?」
「室長は、あれをやって構わんと言ってます。」
「そう、室長がいいというなら、こちらとしても問題はないわ。
次のメンテで即実行よ。」
タイマーは、クールタイムが終わってからも、いつもの場所で釣り続けた。
「隣いい?」
ローラが隣にそう言って座ってきた。
今では、大事な釣り仲間の一人である。
「ローラか、ちょうどよかった。さっき15分休憩あったばかりだから。」
呼び捨てで呼び合う仲にまでなっていた。
周りで、釣りをしている連中が睨むようにタイマーを見ていた。
彼らの殆どが、バラサンのメンバーで、俗にいうローラたん親衛隊だった。
「最近、ロッド変えた?」
「ああ、ロッドメーカーさんにお願いしてね。さらに感度重視にして貰ったよ。」
「へえ、でもそうするとパッドの耐久性が落ちるんじゃない?」
「だから、堅松樹を使って作って貰ったよ。」
「け、堅松樹って、今の最前線でごく僅かに取れるってやつでしょ?
あそこに生産の木こりなんて、とても行けないわ。」
「たまに沸くっていうか、落ちてるから、最前線組で拾ってる人はいるだろ?」
「でも、市場に出回る事はないわ。最前線組の武器や防具の材料になるはずよ。」
「いや、まあそこは、後輩に頼んで貰ったわけで。」
「ふーん、いいわ。釣りましょ。」
そうして、仲良く釣りをしてるわけだが、邪魔者が入らないわけではない。
むしろ、声を掛けてくる人間は、邪魔するためでなく真剣に聞いてくるわけだが。
「す、すみません仙人。どうしても3層の感じがわからなくて。」
もの凄く申し訳なさそうにバラサンの一人が声を掛けてきた。
「「「ないすっ!」」」
遠巻きに見てる親衛隊が心の中で叫んだ。
「2層までは、わかる?」
「はい。そこから先がなんかぼやけてて。」
「ロッドは問題ないかなあ。2層と1層をいったりきたりさせて練習してみて。」
「いったりきたりですか?」
「そう、一旦2層に落として1層へ、で、また2層と。魚が釣れず5分続けれれば3層の感じも掴めてくると思うよ。」
「ありがとうございます。試してみます。」
そういって、タイマー達からは離れて実践しに行った。
「あらら、隣あいてるのになあ。」
何の気なしにタイマーが言った。
「なんででしょうね?ふふふ。」
ローラが楽しげに笑う。
「「「ちっ!」」」
親衛隊達が心の中で舌打ちする。
こんな日々の繰り返しである。
タイマーがロッドを新調した理由は、3層より先の層を感じれないからだ。
この新ロッドは、4層がハッキリと感じられた。
バーチャルファンタジーGX(通称:GX)には、リールが存在しない。
餌を着水して、沈めるには、ロッドの穂先を下げれば沈んで行き、
水平から40度の間にロッドを立てると水深が固定される。
ロッドにはボタンがついており、それを押すと、水深が変わらず流し込める。
釣り上げる時は、ロッドを40度以上に立てれば自動的に巻き上げを行い、
ロッドワークで魚を弱らせて釣り上げるというゲームだ。
魚の引きが強くてロッドワークで躱せない時は、ボタンを押せば緩める事が出来る。
ラインブレイクと、針のロストは無いので、針の付け替えやラインの巻き直しは、必要がない。
魚がばれた場合は、餌を失い、耐久性の低いロッドで大物を掛けた場合は、
ロッドが折れる場合がある。
これは、釣りゲームではなく、冒険ファンタジーゲームである。
VR機の釣りゲームは、いくつか存在しており、「みんなの釣り」(通称:みん釣り)が一番有名である。
川での釣りでは、4層はいつもあるわけではない、流れの変化によってある時と無い時があるのだが。
タイマーは、今、4層を確かに捉えていた。
【よしっ、あとは流し込むだけ】
ボタンを押して流し込んでいくと。
グン、グン、グーーーーンと
大きな当たりが。
ロッドワークでは躱せない当たりと判断し、そくざにボタンを押す。
それでもロッドが大きくしなり、横へ横へと走られる。
ライントラブルが存在しないため、周りに迷惑を掛ける事はない。
「な、なに、その当たりは。」
ローラは、驚いて立ち上がる。
周りの親衛隊も釣りを辞め、タイマーを見まもる。
15分間、タイマーはロッドワークとボタンで魚をいなした。
このゲームの釣りでは15分間、魚と格闘すると魚の負けが確定する。
「ふう。」
ようやく一息つけたタイマーは、ロッドを立てて釣り上げ体制に入った。
多くの人が見まもる中、あがってきたのは、
「えっ・・・マグロ???」
大きなキハダマグロだった。
「キハダって、ブリ祭りでごく希に釣れるやつじゃあ?」
「ついに川でキハダ釣ってもたぞ。」
「いやいや、だからこその仙人なんじゃあ?」
周りが大騒ぎする。
「ねえ、タイマー。何層で釣ったの?」
「4層だよ。」
「よ、4層?? 4層があるの?」
ローラはびっくりして聞き返した。
「おい、聞いたかっ」
「まじか、なんだこのゲームの釣り。」
「俺2層感じるので精一杯なんだが。」
「俺は、3層でヒットさせてロッド折れたが・・・。」
「タイマーのせいで、又ロッド発注しなきゃあ。
うちのギルドも火の車なんですが?」
「いや、俺に言われてもねえ・・・。」
「問題は、堅松樹よねえ。さすがに攻略ギルドが回してくれる訳ないし。」
「それは、ロッドメーカーさんも頭抱えてたよ。
何とか1本物に出来たけど、材料がないって。」
「タイマーの後輩さんは?」
「全部掃き出させたから、もう無いよ。」
「独り占めってずるくない?」
ローラは、悪戯っぽくタイマーに言った。
「ははは・・・。」
タイマーは冷や汗を出しながら笑うしか無かった。
翌日メンテが行われ、公式で以下の発表があった。
平素よりバーチャルファンタジーGXをご利用いただき
誠にありがとうございます。
今回の定期メンテナンスにおいて、下記の点について
仕様変更を行いましたことをお知らせいたします。
【仕様変更】
ゲーム内での釣り時間を1週間で40時間迄とさして頂きます。
尚、40時間を超えますとアイテムボックスから釣り竿を出せなくなります。
アイテムボックスから出しておいた釣り竿は、時間を超えた段階で、
自動的にアイテムボックスへ収納されます。
リセットは、通常通り日曜朝6時に行われます。