サイド:ビショップは、つらいよ 社会人編
「本当、政夫さんは、私が居ないとダメなんだから。」
川俣千夏は、上機嫌で、村元の部屋を掃除していた。
今年で、4年生になる川俣千夏は、就活の為、上京し母方の祖母の家で
寝泊まりしていた。
村元政夫は、一人暮らしも長く部屋を汚す方ではない。
遠距離恋愛を始めて、初めて川俣千夏が部屋に来た時、村元は気を利かせ
事前に掃除をしていた。
が、それが大失敗。
あまりにも小奇麗になっていた為、その時は延々と女性の影を疑われ、
半端なく苦労した経験があった。
今では、千夏が部屋に来る1週間前から部屋を汚し、洗濯物も溜めるように
している。
「千夏が来てくれて、本当に助かるよ。」
政夫が言うと、千夏は更に機嫌が良くなった。
学生選手権4連覇、全日本女子優勝2回と輝かしい経歴の千夏は、就活に
困ることが無い。
村元が東京に居るため、千夏も東京で就職先を見つけようとしているのだが、
現在は、苦戦している。
理由は、どの会社も女子剣道部は、関西にあるからだ。
全本女子剣道選手権大会は、長年、大阪、愛知、兵庫で行われていて、
その関係もあり、多くの企業は、女子剣道部を関西に集中させていた。
警視庁や、埼玉県警に入れば、関東に居ることも可能だが、千夏は警官に
なる気は、なかった。
「就職先なかったら、専業主婦になろうかなっ。」
そう言って、チラっと政夫の方を見た。
「む、無理無理無理、ほら、俺、中小企業で稼ぎ少ないし・・・。」
付き合いだして、3年(村元の中では)経ち、村元も彼女に白馬に乗った
王子様が迎えに来てくれることは、諦めていた。
「まだ、就活期間あるし、頑張ってみようよ。千夏ならきっといいところが、
見つかるから。」
「そうね。専業主婦は最終手段にとっておこうか。」
「・・・。」
村元政夫の会社は、2部上場の商社で、ランクで言えば中企業だった。
営業管理部に所属し、3年たって仕事に慣れ始めた時期だった。
村元は、課長に連れられて、接待に同行していた。
「部長、御社の製品は素晴らしく売れ行きも上々ですよ。」
課長は、化粧品会社の部長におべっかを使った。
村元もあいずちを打った。
「お宅に卸して、うちも大正解だな。」
「いやいや、うちなんて、ほんの少しだけお手伝いしてるだけなんで。」
何年経とうと、接待は無くならない。
日本の悪しき伝統というべきものだろう。
「社長さんは、どうですか?」
化粧品会社の社長は、代々女社長であり、現在の社長もやり手だった。
「相変わらず、元気一杯で飛び回ってるよ。」
「物凄いパワーですね。」
「まあねえ。無理難題を投げつけて来るから、我々の苦労は無くならない
んだが・・・。」
「何か、困りごとでも?」
「ん?ああ、内定を出してる学生が居るんだがね。何としてでも採れとね。」
「御社を袖に振るような学生が居るんですか?」
「本社希望の女性なんだがね。うちとしては、関西支社を提示してるんだが。」
「本社では、ダメなんですか?」
「女子剣道部が関西にあってね、そっちに入ってもらいたいんだが、
どうしたもんか・・・。」
「その娘、関東の人間なんですか?」
「大学は関西なんだがね。婚約者が関東にいるらしくね。」
この時点で、村元は冷汗がタラタラと流れ出ていた。
「よっぽど、凄い経歴の学生なんですか?」
「大学選手権4連覇、全日本女子も2度優勝してるんだが。」
「ああ、川俣千夏ですか。」
「さすがに知ってるかね?」
「ええ、こいつの彼女ですよ。」
バンっと、課長は、村元政夫の背中を叩いた。
「き、君がっ?」
なんだか、気まずい空気になってきた。
「村元君は、入社何年目だね?」
そういって化粧品会社の部長は、村元に酌をした。
「よ、四年目になります。」
「実家かね?」
「い、いえ・・・。」
「部長、よろしければ、村元を関西支社へ移動させましょうか?」
課長がとんでもない提案をした。
「可能なのかね?」
「全然、問題ありません。」
「そうか。」
はははっははと、大笑いする二人。
【問題大ありだろ・・・。】
村元は内心でボヤクしかなかった。
「いやあ、今日は本当に酒が旨い。」
化粧品会社の部長が上機嫌になった。
「私どもとしても、お役に立ててなによりです。」
こうして、村元政夫は、関西支社に移動となり、川俣千夏も化粧品会社への
就職が決まった。
めでたし、めでたし。




