リアル過去編「退院」
「退院おめでとう、沙羅ちゃん。」
そういって、外科医は、花束を沙羅に渡した。
よく、テレビドラマで見る光景だが、実際にこんな事は、
稀である。
入院したことがある人なら、わかると思うが、
花束どころから、おめでとうとさえ言われない。
担当の看護士が淡々と説明して、お大事にと言われるぐらいだ。
が、橘沙羅の場合は1年以上も入院していた為、
通常の短期入院とは、違ったものになる。
「いやあ、本当に元気になってよかったよ。」
気弱そうな心療内科の先生が言った。
「先生には本当に感謝してます。VR機も頂いて。」
「いえ、医療用に使えないかってメーカーから無料で貰ってたものなんで、構いません。」
「しかし、他の患者さんとかに?」
「うちの病院に何台もあるんですが、殆どの先生は使わないので、大丈夫ですよ。」
「もしかして、鏡子先生も持ってます?」
沙羅は、外科の先生に聞いた。
「うん。持ってるわよ。」
「ゲームなんて、やってます?」
沙羅は、ある期待をもって聞いてみた。
あの人が、鏡子先生だったらと、ずっと思っていた。
ただ、ON時間の関係から、違うという事もなんとなくわかっていたが。
「貰ったんだけど、埃被ってて。」
「そうですか。」
やっぱり・・・。
「ゲームとか面白いの?」
「ええ、もう一つの世界があるみたいな感じです。」
「へー。」
「もし、ゲームを始められるんでしたら、私が教えてあげますよ。」
「そうね。時間があったらやってみるかも。
それよりも、沙羅ちゃん。勉強の方もしっかりね。」
「はいっ。」
沙羅は、休学してるため、学年は同級生たちより2つ下の学年になる。
いざ、自分が死なないとなると、今度は生きていく為の悩みが出てきた。
クラスに馴染めないのではと。
直直、顔を出してきた佐柄鏡子に、沙羅は相談してみた。
「クラスに馴染めないかが心配なの?」
「ええ、今、見舞いに来てくれてる友人も私が退院する頃には、
3年生になってると思うんです。」
「そうねえ。沙羅ちゃんは、なりたいものとかあるの?」
「はい、あります。鏡子先生のように医者になりたいです。」
「そっかあ、医者かあ。だったら、悩む必要はないわ。」
「え?」
「医者になるには、ひたすら勉強あるのみよ!」
「・・・。」
「私の高校の時なんて、進学クラスだったから。友達とか作ってる暇は、
なかったのよ。」
「お医者さんって、みんなそうなんですか?」
「どうかな?うちは、裕福ってわけでもなかったから、大学は国立じゃないと駄目ってのもあったんだけどね。」
「うちは・・・。病気で、迷惑かけちゃってるから・・・。」
「じゃあ、入院してるうちに勉強しましょうか?」
「そ、そうですね・・・。」
「今の時代、飛び級なんて普通なんだから。
退院して友達に追いつくこともできるかもよ。」
「それだと今度は大学受験が大変そうで・・・。」
「そうね。国立目指すなら、じっくり勉強するのがいいかもね。」
「はい。あのう・・・、ゲームとかはやらない方がいいんですかね?」
「あのVR機?」
「はい・・・。」
鏡子は、少し考えた。手術前の落ち込み様を立ち直らせた要因にゲームの存在は小さくは、なかった。
「そうね、節度をもってやればいいかな?」
「はいっ。」
沙羅は、嬉しそうに返事をした。
「それから、リハビリは、ちゃんとやる事。」
「は・・・、はい・・・・。」
そんな、悩みもあった沙羅も、ようやく退院することができた。
こうして、沙羅の高校生活が、今、始まる。




