リアル過去編「部下と友と」 後編
定時で会社を出て、二人は時野の行きつけの居酒屋へ向かった。
「常磐はウーロン茶か?」
「コーラでお願いします。」
「大将、ビールとコーラ、あと屑串2人前ね。
常磐、食べたい物あれば、どんどん頼んでいいぞ。」
「主任、屑串ってなんです?」
「ビールとコーラ、屑串お待ちっ!」
注文の品が運ばれてきた。
「これが屑肉の串で、こっちがキャベツの芯、でこれが不揃いのプチトマトだ。」
「僕、トマト駄目なんです。」
「そうか、じゃあ俺が貰おう。」
「キャベツの芯・・・。」
訝し目にパクっと口に入れた。
「甘い・・・。」
パクッパクッと3つ刺してあるカットされた芯を全て食べ尽くした。
「ちなみにこのプチトマトも甘かったりする。」
そう言いながら、旨そうに食う時野。
「一つだけ食べてみるか?」
常磐はコクリと頷いた。
こちらも3コが串刺しにされていて、1コだけ外して貰った。
常磐は、目をつぶって、一つを口に入れた。
「甘い・・・。」
「トマトじゃないみたいだろ?秘伝の何かに漬けて焼いてるそうだ。」
「主任・・・返して貰っていいですか?」
「いいよ。」
そうして、全てのプチトマトを食べ尽くした。
「美味しいです。屑串もっと食べたいです。」
「残念ながら、お一人様一人前ずつだ。」
「うぬぬぬ・・・。」
「他にも美味しいものあるから、どんどん頼んでいいぞ。」
「はいっ。」
常磐は、メニューとにらめっこして、注文していった。
「そういやあ、常磐は、こういう飲みにケーションは、どうしてるんだ?」
「全部断ってます。」
「・・・」
「最初の歓迎会で、無理にお酒を奨める輩が多かったんで。」
いつの時代になっても、新人に酒を強要する馬鹿は居なくならない。
「俺が奨めるとは思わなかったのか?」
「うーん、主任に興味ありましたんで一度はいいかなと。」
「俺に?」
「新人研修で、講師が口をすっぱくして女性は近づくなと。
8割の新人女性が主任のせいで辞めて行くと言ってました。」
「ほう。講師の名前教えといてくれる?」
常磐に聞いて時野は、3人の名前を記憶に深く深く刻みつけるように覚えた。
「全部デマだから、気にするな。」
「でも、降格されて、まだ主任なんですよね?」
「ぐっ・・・。それはだな・・・、まあ色々とあって。」
「色々ですかあ。」
とたわいもない会話で食事は進み、飲みにケーションは無事(?)終了した。
「凄く美味しかったです。また誘ってくださいね。」
と、常磐もこの居酒屋を気に入ったようだった。
ある日、時野に仕事の依頼が舞い込んできた。
資材部と設計が揉めてるので、その仲裁をして欲しいという事だった。
常磐も暇そうにしてたので、行ってみるか?と聞いたら行くと答えた。
「だから言ってんだろ、この鋼材じゃなきゃあ強度がないと。」
60は、過ぎてる老人が、30代の資材部の人間に怒鳴っていた。
「ないものは、ないんです。他の鋼材で工事にはお願いしました。」
「工事に、強度計算がわかるわけないだろっ!」
「どうかしましたか?おやっさん。」
「おお、時野か、聞いてくれ。今更になって鋼材を変更しろって、
言い来やがってよ。」
「変更するしかないのか?」
時野が資材部の人間に聞いた。
「どこの問屋も品切れ状態でして、納期に間に合わすには、こっちでやって貰わないと。」
「代替えの資材って3倍は用意出来ます?」
常磐が図面を見ながら尋ねた。
「くっ、小僧。なんでここにいやがるっ!」
「そっちは在庫ありますんで、大丈夫です。」
「おやっさん、常磐の事知ってるんですか?」
「こいつはなあ、新人の癖に俺の設計に駄目だししやがった奴だ。」
「凄いな。常磐・・・。」
「いいか小僧。確かに強度的には3倍使えば問題無いが、工期は迫ってるんだぞ。」
「半日で、設計し直せば問題ないはずです。」
「くっ・・・。」
おやっさんこと安西は、ふざけるなと怒鳴りたい所ではあったが、常磐の実力を知ってたため何も言えなくなった。
「常磐が出来るのか?」
「はい。僕なら直接CADで設計出来ますんで。」
「じゃあ、それでお願いします。安西さんもいいですよね。」
資材部に言われて、安西ものむしかなかった。
「小僧、俺が明日チェックする。いいな。」
「4時には出来ますんで、設計の方に来て下さい。」
「くっ・・・。」
安西は既に定年した身であり、今は役付という待遇だった。
昔ながらの手書きで設計してるためCADは使えない。
CAD全盛期の現代においても、手書きの設計者は未だに存在する。
中には自分で手書きで設計し、CADで再入力する人も少なくない。
「こっちはH鋼を使え。」
「強度的には問題ないと思いますが?」
「材料費が安くすむだろっ。」
「はーい。」
言われたとおり、ちゃっちゃと変更し、設計は終了した。
「てめえは、見た目と違って可愛げがまったくねえなあ。
時野、なんでお前の下にコイツがいる。」
「いやあ・・、面倒見てくれと頼まれまして。」
「まあいい。定時で終わったし、時野、いつもの所へ行くぞ。」
「はい。」
「もしかして、あの居酒屋ですか?」
「ああ、常磐も行くか?」
「コイツが行くわ・・・」
「行きますっ!」
「大将、ビール2つとコーラね。」
「主任、アレはっ!」
「心配しなくても、来るから待ってろ。」
ビール2つにコーラ、そして、常磐お待ちかねの屑串が3人前運ばれてきた。
「随分と懐かれてるじゃねえか。コイツは飲まないって有名だろ?」
「ええ、だからコーラですよ。」
常磐は、会話に加わらずコーラを飲みながら、屑串を頬張っていた。
「たくっ。酒も飲まないのに、いっちょ前に屑串かっ。」
「あれ?安西さんてトマト駄目な人ですか?よかったら僕が?」
「あほかっ!大好物だよっ!」
「あのな常磐、ここの居酒屋を教えてくれたのは、おやっさんなんだよ。」
「へえ。でもここうちの会社の人とか見ませんよね?」
「若い奴は、もっとおしゃれな所へ行くし、そもそも俺が誘ってもついてこねえ。」
「そうなんですか?」
「まあな。役付相手にしてる暇あったら、役職の相手した方が出世に関係するからな。
今じゃあ時野くらいよ。」
「なるほど。主任は出世コース外れてますもんね。」
「くっ・・・。」
「ちげえねえ。」
「人を魚にするのは辞めて貰えますか?」
「お前はな、まずは女癖を治せ。」
「あの、おやっさん。俺は女性を口説いた事なんてないんですが?」
「へえ、そうなんですか?意外だなあ。」
「来るもの拒まずってのを治せっつってんだ。」
「おやっさんだったら、拒むんですか?」
「そんな女性に失礼な事出来るわけねえだろっ!」
「でしょ?」
「・・・」
「わかりました。どっちもどっちって奴ですね。」
「「くっ・・・」」
常磐の結論に二人は何も言えなかった。
常磐は、時野には懐いたようで、社内では、
「時野さんついに男まで・・・」
「あの人なら、いつかそうなるんじゃないかと。」
「時野×常磐は、ありよね?」
「どっちが攻めかな?」
「常磐君の強気攻め見てみたい。」
と一部腐った意見まであり、噂になった事は、言うまでもない。




