ゾーン
ゾーンとは、究極のリラックス状態であるという説が
存在する。
この場合のリラックスとは、緊張していない事ではなく
何も考えず集中していることを指す。
主にスポーツ選手がゾーンという言葉を使ったりも
しているが、スポーツに限った事ではない。
究極の集中状態は、あらゆる分野で体験する事が
できる。
タイマーが釣りを始めて20分が経過した。
周囲の喧騒や、隣で釣っているローラと集中しずらい
環境ではあるが、タイマーは特に気にしていない。
ゾーンは、静かな場所、集中しやすい場所で起こる
訳ではない。
プロのスポーツ選手は、大歓声や競い合う相手がいる
状態でゾーン状態に入る。
集中するという事は、周りの環境は一切関係ないのだ。
静かにしなけば、集中できないようでは、到底
ゾーン状態に入る事はできない。
隣にローラが居て、周りにも他の釣り人がいる。
タイマーにとっては、常日頃の環境であり、
リラックスするのに何の問題も無かった。
そして、ついにタイマーはゾーン状態に入った。
一秒、そしてまた一秒と刻がゆっくりと流れ出す。
『来るっ!』
タイマーは、瞬間、合わせを入れた。
とても曲がる気がしない、頑丈な物干し竿が、弧を
描いて大きくしなる。
「「「おおおおおー。」」」
ギルドルーム内に歓声が沸き起こる。
ある者は、プールのように大きい釣り堀で糸を垂らし
ウィンドウ画面で、タイマーの釣り糸を見ていた。
ある者は、仲間で集まってウィンドウを開いて見ていた
「おい、今、糸当たりあったか?」
「いや、わからなかった。」
「だから、糸当たりがあってからじゃあ遅いんだよ。」
今では、釣りギルドの面々の中にも糸当たりがわかる
人間がチラホラといる。
何せ、冒険ファンタジー系のゲームで釣りばかりしてる
釣りバカたちである。
糸当たりの情報も釣りギルドの面々は全員が知っていた
タイマーが惜しげもなく情報開示していたからだ。
兎に角、自分以外の人間が一人でも多く釣って欲しいと
いう願いからだが。
座って釣り糸を垂らしていたタイマーだが、ヒットと
同時に立ち上がっていた。
ここから魚と人間の一対一のバトルが始まる。
一瞬でも気を抜けば、バレてしまう。
そんな状況をタイマーは楽しんでいた。
膝の屈伸から、手の上下と体全体を使って、魚との
バトルを繰り広げる。
タイマーがヒットと同時にローラは釣り具を仕舞った。
そして、ヒットの情報をパルコにメールしていた。
「ごめん、皆、釣り堀から離れてくれる。」
ローラの言葉に全員が素直に応じ、釣り堀から大きく
離れて、ギルドルームの壁際に座った。
タイマーがヒットさせてから20分後。
本日の本当の主役たちが登場する。
釣りは、所詮、前座である。
今回の目的は、レイドボス討伐なのだから。
集まり始めたレイドボス討伐隊は、皆、タイマーに
注目した。
「あんなに体動かして、仙人なにしてんの?」
ミズガルドは、部隊長のガルフに聞いた。
「釣りだ、釣りっ。見たらわかるだろ。」
「釣りってあんなんだっけ?」
「あんなんだよっ!」
「どう思う?カルディナ。」
ミズガルドは、静かに仙人を見つめるカルディナに
聞いた。
静かに見つめているといっても、熱い視線を送って
いるわけではない。
『まったく無職が何やってんだか・・・』
と冷めた視線を送っていた。
タイマーは、笑っていた。
見るものが見れば狂気の笑い。
「まあタイマーさんったら、嬉しそうね。」
グランマがそう言った。
「あれは、鬼神の笑いですね。おばあ様と一緒です。」
「私が、あんな笑いを?」
「ええ、そうですよ。」
クレインは、キッパリと答えた。
「あんなにせせこましく動いて、疲れないの?
ああゲームだから疲れないか。30分もあんなこと
リアルじゃしないわよね?」
ミズガルドが、ガルフに聞いた。
「いや、リアルでも時間掛かる時は、あんなもんだ。」
ガルフが答える。
「うわっ。そんな疲れそうなの何が楽しいのよ?」
「めっちゃ楽しいんだよ。めっちゃ!」
ガルフが力一杯答えた。
「あれ?あんたも釣りやってるの?」
「リアルで多少な。ゲーム内じゃあやってないが。」
「へー・・・。インドア派じゃないのね。ゲーム
やってるくせに。」
「そういうミズガルドはどうなんだ。恰好からして
思いっきりインドア派だろ。」
何せ思いっきし魔女の格好だから、ガルフに反論
されても仕方がない。
「休みの日に、わざわざ日の下に出るような事は
しないわね。」
思いっきりインドア派だった。
「カルディナも、もちろんインドア派よね?」
ミズガルドは、カルディナに同意を求めた。
「日の下に出るつもりはないけど、大体、
日の下に居るわよ。」
ミスK大として、様々なイベントに参加してる為、
カルディナは大概が、日の下に居た。
「カ、カルディナのくせに・・・。」
ミズガルドは裏切られた気分になった。
「ギルバルト、今回はカンピオーネは居ないのかい?」
連合の副GMエイトが、当たりを見渡し、ギルバルトに
聞いてきた。
「ここ暫く、仕事で忙しいらしい。」
ギルバルトは、パルコからそう聞いていた。
パルコは、タイマーから聞いていた訳だが。
実際、カラットは、ここ1週間ONしていなかった。
突然、ギルドルームが騒がしくなった。
まだ釣りあがる時間ではない。
「すまなかったなサーラ、打ち合わせに参加が
出来なくて。」
颯爽と登場したベルラインが、サーラントに謝った。
「問題ありませんの。事前情報も少ないですし。」
サーラントはニッコリと笑って答えた。
「そうか、少しギルバルトに話をしてくる。」
「私もご一緒しますの。」
そう言って、二人はギルバルトの元に向かった。
「ベル様きたああああっ。こっち来るかな?」
ミズガルドがカルディナに聞いた。
「来ないでしょ、もうすぐ、戦闘も始まるし。」
「ちょっと呼んで来なさいよ。」
「私が呼んでベル様が来ると思う?」
「思わない・・・。」
ミズガルドは、諦めた。
「遅くなってすまない。」
ベルラインが、ギルバルトに謝った。
「まだ釣りあがるまで時間はあるから大丈夫だ。」
「そうですよベル。ギルバルトさんに謝る必要は、
まったくありませんの。」
「・・・。」
何か釈然としないギルバルトだが、とりあえず
サーラントの機嫌がいいようなので、ヨシとした。
タイマーがヒットさせてから30分が経過した。
ついに魚も観念し、後は釣りあがるだけとなった。
50名の討伐隊が身構える。
「ローラも後ろに行っておいた方がいい。」
タイマーがローラに言った。
「そうね。そうしとくわ。」
ローラは素直に討伐隊の後ろへさがった。
タイマーは釣り上げたら直ぐに盾の後ろに隠れる
手はずになっている。
タイマーの直ぐ後ろで身構えてる盾は、頑強こと
ベルライン。
最強の盾だった。
『いい加減に働けっ』
ベルラインは、タイマーの背中を見ながら
そう思った。
そして、ついにレイドボスが釣りあがる。
壁際に居た観客(釣りバカ)が歓声をあげる。
巨大なレイドボスを見上げながら。
手はず通りなら、後ろに下がるはずのタイマーも
見上げたまま動かない。
討伐隊も棒立ちのまま見上げていた。
「全員構えろっ!」
ベルラインの怒号が飛ぶ。
ハっと、我に返った一同が身構える。
ミズガルドは、とうの昔に呪文の詠唱に入っていた。
サーラントは、既に補助呪文を掛け終わっていた。
突発的な事態でも、躊躇なく反応してた者たちは、
他にも居た。
本来なら出現すべきオオカミウオはそこに居なかった。
代わりに現れたのは、どうみてもアシカ。
それも巨大な。
水族館で見る様な仕草、いわば、拍手というやつを
アシカは行った。
パン、パン
実際は3回、柏手を打ったのだが3回目を聞いた者は
誰一人居なかった。
ギルドルーム内に居た150名近くのキャラが全滅した
彼らの魚リストには、こう表示されていた。
アシカたん
とっても可愛いアシカたん。
皆の人気者。いじめちゃだめですよ。
レイドレアボス




