用意周到
あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
医療機器メーカー、タウントカンパニーにも派閥が存在する。
大きく分けて副社長派と専務派の2つである。
社長の息子である副社長の派閥は、第2事業部と第3事業部で、
専務派は主に第1事業部の者が占めていた。
2つの事業部を占めている副社長派が多いように思えるが、
タウントカンパニーの従業員数は、2つの事業部を足しても、
第1事業部にも及ばなかった。
副社長が出張中で居ない日、開発室長は、専務派に呼び出された。
常日頃から、専務派は、第2事業部を疎ましく思っており、事あるごとに
何かにつけてイチャモンをつけて来ていた。
副社長が居ない日を狙って。
「陶山君、今日は何故呼び出されたか判ってるかね?」
専務派の一人が、開発室長に言った。
「新マップ実装の件ですか?」
「わかってるじゃないか、ユーザーからも不満が出てるそうじゃないか。
さっさと解放したらどうかね?」
「既に2ヶ月後に無条件解放する事は、第2事業部長から通達がいってると
思いますが?」
「そもそも実装して、どんだけ時間が経ってると思ってるんだ。」
ここぞとばかり、専務派の面々がまくしたてる。
「第2事業部は、ユーザーあっての商売だろ。」
「ユーザーの意見にも耳を貸したらどうだね?」
「しょせんは、ゲーム屋ということかね。まったくお客様が見えて
ないようだね。」
ゲーム屋とは、室長を蔑んで呼ぶ時の蔑称だった。
「ユーザー離れも起きてるそうじゃないか。」
「それは知りませんでした。」
室長が答えた。
「知らないって、無責任すぎるんじゃないのかね。」
「何処からの数字でしょうか?運営からもそのような報告は貰ってませんが?」
そもそも、開発室長は運営の人間ではない。
副社長の大学の同級生で、副社長が直々に引っ張ってきた人材、その事だけで
毎回、吊し上げを食らっていた。
「それはだね・・・。全体数が増えていると言っても、辞めて行く人間もいる
だろ。」
「それは、ゲームの宿命ですね。離れていくユーザーが居るのは、どのゲーム
でも同じ事ですよ。」
「もし、もっと早く解放していたら、そういうユーザーも減ったんじゃない
のかねっ!」
「そうでしょうか?」
さらっと室長はとぼけてみた。
イラッときた専務派は更に語気を荒げる。
「大体、釣りなんかを解放の条件にしてるのが、おかしいだろっ!」
「釣りなんか?ですか?」
「い、いやその・・・。」
発言者の言葉が濁る。
専務派NO2の常務取締役総務部長の趣味は釣りだった。
「釣りゲームじゃないのに釣りに拘りすぎだと言ってるんだよ。」
別の人間が助け舟を出した。
「別に釣りだけに拘ってるつもりはありませんよ?」
「そんな事言ったって、新マップ解放の条件は釣りなんだろ。」
「偶々ですよ。今までも昆虫採集が条件だったり、様々な要素を扱ってます。
釣りが条件になったのは、これが初めてですし、何も問題ないかと。」
「その釣りだがね。何でも釣るのに0.2秒とか聞いてるが?」
「ええ、その通りです。」
「人間の反応速度を超えてるだろっ!」
吊し上げるために、そんな事まで調べてるのに室長は感心した。
会議の為の下調べや資料作りは、会社にとっては一番無駄な事ではあるが、
日本企業からは、何年経っても無くならないものである。
「釣り師の夢らしいですよ。0.2秒の壁が。」
「何を言ってるんだ君は。」
「リアルでの数字なら、無謀な数字かもしれませんが、ゲームの世界、
VR機では、反応速度はリアルよりも、理論上は早いと言われています。
何せ脳の信号で、動いてますから。」
「何を言ってるだ、反応速度は、リアルもゲームも電気信号だろ!
違うわけないだろ。」
「おっしゃる通り、電気信号です。ただ人間の体とVR機では、抵抗と
なる物が違ってきますから、その分ゲーム内が速いと言われてます。」
「君の言う通りだとして、何故にそんな壁を釣りゲームでない、我が社の
ゲームでやらなきゃならないのかね。」
「そうだっ!そんなのは釣りゲームでやればいいだろっ!」
「陶山君には、悪い事をしてしまったな。」
今まで、何も発していない専務が口を開いた。
「我々、釣り師の夢を押し付ける格好になってしまって、申し訳ない。」
専務の言葉に一同、絶句する。
バーチャルファンタジーGX開発中に、一つの噂が社内に流れた事があった。
専務がテストモニターとして参加したというものだ。
もちろんガセ情報と誰もが思い込み、誰も確認する者は居ない。
専務は、タウントカンパニー一筋の人間であり、趣味も付き合い程度の
ゴルフだけ。
ましてや、釣りなんていう話は、誰も聞いたことがなかった。
その専務の口から、「我々、釣り師」という言葉が出て来るとは、思いも
よらなかった。
「とんでもありません。開発の方も、釣りには疎い者ばかりで、
専務と常務にも協力頂いて、大変助かりました。それに人間の反応速度を
超えてるというお話ですが、既に釣り上げられています。」
「「「・・・」」」
もはや、専務派の面々には、何も言う事はできなかった。




