伏兵
「どうミスK大、明後日でしょ、取れそう?」
東条優子が風祭敦子に聞いた。
彼女たちは、今、学祭のリハーサル中だった。
学祭と行っても、K大でもA大でもない、他の大学だ。
アイドルである彼女たちは、自分の大学の学祭を楽しむ暇すら、なかった。
「無理そうね。」
「は?ライバル居ないんじゃなかったの?」
敦子は、カバンから一枚の紙を取り出し、優子に見せた。
「何?スケジュール表? うわっ、すごっ。」
一年間のスケジュール表で、土日がかなり埋められていた。
「今のミスK大の年間スケジュールよ。」
「こんなの、私達アイドルには無理でしょ?」
「そうね。誰でも、そう思うわ。」
「ばら撒かれたの?」
「私のファンの人たちが手に入れてたのよ。ご丁寧に、頑張り屋の
あっちゃんに、これ以上、煩わしい事をさせるべきじゃないってね。」
「それ、絶対、誰かが仕掛けてるでしょ?」
「そう思うわ。」
「てことは、百合姫が?」
「どうかしら?むしろ私の応援してくれそうだけど?」
「じゃあ裏に誰か居るのね。」
「多分・・・。でもまあいいわ。元々ミス大学になりたくて、
大学に行ったわけじゃないし。」
「わざわざ、K大の政経行かなくても・・・。」
「アイドルだってやれば出来るってのを見せたかったのよ。」
「あのねえ。アイドルは馬鹿と思われてる方がいいのよ?」
「私は、私の頑張りを見てくれる人だけ応援してくれればいいわ。」
「だから、あんたは、にわかファンが少ないのよ。」
「年取ったら居なくなるような、にわかは、要らないわ。」
「数は力よ?いいじゃない若い時だけでも。」
「私は、嫌なの。それよりそっちは取れるの?」
「ライバル居ないわ。」
「スケジュール大丈夫なの?」
「今の女王様は、悉くイベント出演依頼断ったらしくね。殆ど仕事ないわ。」
「あら、まあ。」
「スケジュールに余裕あれば、受けてもいいけどね。」
「うちの百合姫と会わない様に気を付けてね。」
「別に私は、ベロチューでも平気なんだけど?」
「うげっ・・・。」
敦子は、酔っ払いキス魔に嫌気がした。
土曜日、K大の学祭は様々な催し物が行われる。
今年は、土曜日がお笑い芸人で、日曜がアーティストのミニコンサートが、開催される。
お笑い芸人のステージは、室内で行われ、芸人の後にミスK大の最後の仕事、演劇が始まる。
「なんだろう、そんなに面白い事を言ってないんだが、何故か笑ってしまった。」
無職のおっさんは、中央の座席を確保していた。
中々、学祭を一人で行こうなんて、そうそう思うものじゃないが、何せ度胸だけは据わってる男なので、一切気にせず、堂々としていた。
お笑い芸人のステージ後は、20分の休憩時間がある。
この間に人が入れ替われるように設定してあるのだが、荷物を置いたままトイレに
行く人は居ても、席を空ける人は居なかった。
「やっぱり、席を早めに確保していて正解だったな。」
うんうんと一人頷く無職のおっさん。
そして演劇が始まる。
冒頭は、お姫様パート。
男が演じるお姫様なため、この最初で笑われると喜劇にしかならない。
「さあて、お手並み拝見しましょうか。」
無職のおっさんが上から目線で、呟いた。
姫が颯爽と登場。
まだ感情を失っていない姫が、元気に小躍りするシーン。
会場中が静まり返った。
もはや、女性にしか見えない。
しかも美しい女性に。
発せられるセリフも、女性としかいいようがないものだった。
女性客は、驚愕し、ある者は嫉妬しある者は心を奪われた。
男性客は、心の中で、ひたすら呪文を唱え始めた。
「アレは、男。アレは男。アレは男・・・・。」
「アレがついてる。アレがついてる。アレがついてる・・・。」
「惚れちゃ駄目だ。惚れちゃ駄目だ。惚れちゃ駄目だ・・・。」
「す、凄いな・・・。レベルが違う・・・。」
時野は、演劇部お手製のパンフレットを見てみた。
すると演じてる剣持のプロフィールに有名劇団の名前があった。
大御所の俳優がやっている劇団の。
「プ、プロじゃん・・・。未菜ちゃん大丈夫かな・・・。」
特別講師をクビになった無職のおっさんが、元教え子を心配した。
お姫様は、とある原因で感情を失ってしまう。
以来、ずっと無表情、無感情のまま。
そして、お姫様パートが終了した。
いよいよ王子様パート。
お姫様パートが、凄すぎた為、王子様しだいでは、凄くアンバランスな劇となってしまうが・・・。
が、そんな心配は杞憂に終わった。
王子様が登場しただけで、会場は静まり返り、男女問わず全ての客を虜にしてしまった。
男たちは思う。
「「「ガチじゃあ無かったらなあ・・・。」」」
女性客は、心の中で、ひたすら呪文を唱え始めた。
「アレは、ガチ。アレはガチ。アレはガチ・・・。」
「惚れちゃ駄目。惚れちゃ駄目。惚れちゃ駄目・・・。」
「異世界に飲み込まれるなっ、異世界に飲み込まれるな・・・。」
「なるほど、これが今風の王子様か。」
うんうんと未菜の演技に納得した無職のおっさん。
そして物語は、クライマックスシーンを迎え。
会場で、スタンディングオベーションが巻き起こった。
もちろん時野も立ち上がり拍手を送った。
そんな会場の中、一人座ったまま、ほくそ笑む男が居た。
「か、勝ったな。」
肝心な決め台詞も、どもるオタクの尾崎だった。
そして、決戦の日曜日。
投票は、朝9時から12時まで。
決められパソコンに、学生証と生体認証をして投票となる。
投票率が悪いのは、午前中投票と投票の面倒くささだったが。
不正が行われることがないので、今まで変わらず同じ方法で行われている。
アーティストのコンサートは野外ステージで行われる。
例年通り大盛り上がりで、コンサート終了後に30分の休憩を挟んで、
ミスK大の発表が行われる。
コンサートに来てた人の1/5も残ればいい方で、人も疎らとなる。
ステージ上には、MC二人と未菜の姿があった。
本来なら、これがミスK大の最後の仕事なのだが、特にステージで何かするわけでもなく、オマケみたいなものだった。
「さあ、今年の学祭も残りわずかとなりました。これよりミスK大の発表をしたいと思います。」
観客から、まばらに拍手がおこる。
大体、例年通りだった。
「どんな感じだ?」
会場にいた尾崎に剣持が話しかけた。
「きょ、今日は女装は?」
「女装いうなっ!演技だあれは。」
「す、少し離れて・・・。」
「大丈夫だ、俺は未菜一筋なんだから。」
「あ、あやしい・・・。」
「それより状況はどうなんだ?」
「よ、予想は、あっちゃん3000。か、刈茅4000くらい。」
「なるほどな。」
「と、特に大番狂わせも、な、なかったんで。だ、大丈夫。」
「まあお前が言うなら、間違いないな。」
「う、うん。」
「まずは、第3位から発表しましょう。得票数1840票。」
「け、結構獲ってる。」
「3番人気なんて、居たのか?」
「い、委員長が、ご、合法ロリという噂が・・・。」
「不正は不味いんじゃないか?」
「う、うん・・・。」
「時代が動きました。ついにミスK大始まって以来の出来事です。
第3位は、剣持恵 いやあえて言い換えましょう。
剣持恵!! めぐたんです!!」
会場が大いに盛り上がる。
笑いと拍手が巻き起こった。
ステージ上では、未菜が大笑いしていたが。
会場で青ざめる二人。
「・・・。」
何も言えない剣持。
「な、なんてこと、してくれた!」
お怒りの尾崎。
剣持が獲得した票は、通称ノリ票。ノリで入れられた票である。
本来なら、未菜の票となるものだった。
「お、俺のせいなのか?」
「あ、当たり前だろっ!」
いつになく怒り続ける尾崎。
まさか敵が身内にいたとは、思いもしていなかった。




