うやむやに
「うーん、全然駄目だね。」
今日も未菜は、時野に駄目だしされていた。
「そう?私はいいと思いましたよ。」
千勢が言った。
「相手役って、男がやるんだよね?未菜ちゃん。」
「そうです。」
相手が剣持という点が、未菜のテンションをダダ下がりさせていた。
「女性のみでやる劇なら、今の未菜ちゃんの演技でも問題ないと思うけどね。
性別入れ替わりで演技するのは、相当難しいよ?
喜劇なら別だけど。」
「皆、まじめにやってますよ。」
「じゃあ、未菜ちゃんは、王子役に女性を出したら駄目だね。」
偉そうに演技を語っているが、時野正42歳、現在絶賛無職中である。
「私、女出してるつもりないんですが?」
「そうかな、俺から見たら全然可愛い女の子に見えるよ。」
「・・・。」
寒気がしてきた未菜。
「そういう点で見たら、千勢さんはどう思います。」
「そうね。そういう意味なら、可愛い女の子が演技してる王子に見えるわね。」
「たかが学祭に、そこまで必要ですか?」
いつもの未菜なら、更にいいものにしようとするのだが、相手が剣持で、
さすがの完璧主義者も、そこそこでいいんじゃない?と考えていた。
「せっかくだし、頑張ってみよう。」
妙に張り切っている無職のおっさん。
そんな演技の練習をしてる3人とは少し離れて、井伊千鶴は、一人竹刀を振っていた。
相も変わらずマイペースで。
「よし、ちょっと、お姫様役を千鶴ちゃんにやってもらおうか?」
時野の提案に喜ぶ未菜。
しかし、今まで、お姫様役をやっていた千勢に悪いので、表立っては、喜べなかった。
「むっ。何か呼びましたか?」
道着に竹刀を持ったお姫様が寄ってきた。
「千鶴ちゃん、お姫様役やってくれるかな?」
「私、演技なんて出来ませんが?」
「椅子に座ってくれるだけでいいよ。」
「わかりました。」
何度も何度も膝をついて手の甲にキスをするシーンばかり、やらされてきたので
恥ずかしさは、段々と消えてきた。
しかも、今回、椅子に座ってるのは千鶴である。
普段からポーカーフェイスの千鶴は、演技しなくても感情が無いお姫様を完璧に
再現していた。
本人は、ただ座ってるだけなのだが。
千鶴は、ダンスは出来ないので、シーンは、手の甲にキスをして、立ち上がらせる
まで。
今までの中では、一番いい出来を未菜は演じる事が出来た。
「まだ、ちょっと女の子らしい所があるけどね。今までで一番よかったよ。」
どうした無職のおっさん・・・。
「未菜は、王子様役なんですよね?」
「うん、そうよ?」
「全然駄目ですね。」
まさかの無表情のお姫様からダメ出しが出た。
「えっ・・・。」
「まあ、千鶴ちゃん、今から良くなるから。」
「いえ、全然駄目だと思います。」
物凄く手厳しい。
「何がダメなの?」
未菜が聞いてみた。
「動きがおっさんくさいです。全然、王子様じゃありません。」
「「「!!!」」」
衝撃の事実が判明した。
未菜、時野、千勢の三人が驚いた。
「お、俺がおっさんくさいと?」
「私はいいと思いましたが。」
二人の感性は残念ながら古かった。
未菜に至っては、何が正解か判らないので、何が何やら。
「一度、演劇部の人に演じて貰えばいいんじゃないですか?
未菜なら、一度見れば出来るでしょ。」
「演劇部の人に?」
「ええ、演劇部にも男性は居るでしょ?」
意外な結末になってしまい、時野は、おはらい箱となってしまった。
てか、演技指導してる身分じゃねえだろと。
時野が落胆して帰った後、時間も遅くなったので、未菜は千勢の家に泊まることに
なった。もちろん千鶴も泊まることに。
「おばあ様、お風呂の用意してきますね。」
「ええ、お願いね。」
道場には、千勢と未菜の二人きりになった。
「実はね、未菜ちゃん。」
「はい?」
「私、ずっと心残りがあるの。小中とあなたに薙刀を教えてきたけど、
技は何も教えてないでしょ?」
「そういえば?」
小中と未菜は、ひたすら基本の型と足さばきを叩き込まれた。
普通の子供であれば、面白くなくて辞めてしまいそうだが、
未菜は道場に来るのが楽しかった。
何せ、優しいお姉さんが一杯居たから。
「一つだけでいいから、技を覚えてみない?」
「でも私、ずっと薙刀に触ってませんよ?」
「大丈夫よ。あれだけ基本を教えこんだんですもの。」
何も文句言わず、楽しげに道場に通う未菜を見て、ひたすら基本を叩きこんで
しまった千勢。
本来なら、千鶴に薙刀をやって欲しかったのだが、子供のころから大剣豪を夢見てる千鶴は、その気は更々無かった。
孫たちを剣道にとられ、意気消沈してた時に舞い降りた天使である。
ちょっとやり過ぎたのもしょうがない。
高校から技を教えこもうと思っていたが、転校で、あえなく計画はとん挫してしまった。
「そんな難しい技じゃないから、一つだけ。ね。」
「一つだけなら・・・。」
未菜にとっても祖母同様の師であるから、無下に断ることは出来ない。
高校でも、なぎなた部があればと思っていたが、お嬢様校には、なぎなた部は、無かった。
「ありがとう、未菜ちゃん。じゃあ一つだけ。」
そう言うと、千勢は嬉しそうに「なぎなた」を持ってきた。
「じゃあ、ゆっくりでいいから型だけ覚えてね。」
「はい。」
「まずは、どちらでもいいから、上からの斜め振りをしてみて。」
未菜は言われた通り斜め振りをした。
「そこから振り返し。で、振り返したら、持ち手を変えて逆から斜め振り。」
未菜は持ち手を変えて斜め振りをした。
「で、振り返しね。エックスの文字を描く感じね。」
「はい。」
ゆっくりでは、あるが何度か繰り返してみた。
持ち手を変えるのが少し難しいが、後は基本動作のものだった。
「ちょっと貸してみてね。」
今度は、千勢が「なぎなた」を持って実演した。
そのスピードたるや、未菜のものとは比べ物にならなかった。
「私も年老いたから、今は、これが限界ね。」
「全然、速かったですよ・・・。」
「ゆっくりでいいから、丁寧にね。繰り返してたら私より速くなるわよ。」
未菜は太鼓判を押されてしまった。
「ちなみに先生、なんて技なんですかこれ?」
「井伊静水流奥義 双燕よ。」
「・・・。」
うやむやに、奥義を伝授させられた未菜だった。




