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月下の庭  作者: 行見 八雲
二組目:主と騎士
9/21

いの2



 そんなこんなで、無事に手に入れることができたお肉で生姜焼きを作り、お風呂にも入って、今日も良く頑張ったなぁと寝ようとしていた深夜、外で馬の嘶きのようなものが聞こえたかと思うと、バンバンと玄関戸を叩く音が聞こえました。


 慌てたように非常に激しく叩いているようですが、玄関戸はびくともしません。しかしこんな時間の、しかもただならぬ様子の訪問者に、私が戸を開けるべきか悩んでいると、いつの間にか隣にオヤブンさんが座っていました。玄関の登り口のど真ん中にお座りし、玄関戸を静かに見ているオヤブンさんに、我が家の優秀な番犬であるオヤブンさんが警戒していないのなら大丈夫だろうと思い、私は玄関に降りてサンダルを履き、恐る恐る玄関戸の鍵を開けます。

 そして、少しだけ戸を開けると、そこには全身びしょ濡れで、荒い息を吐いている一人の美青年が立っていました。ただ頭から合羽のようなものを羽織っていたので、姿はよく見えません。しかし、合羽のフードの間から僅かに見える人形のように整った顔を苦しそうに歪め、深緑色の瞳で私をじっと見ながら、一つ息を飲むとその方は唐突に話し始めました。


「このような夜分に、無礼を承知でどうかお願い申し上げます! どうか……どうか、私の連れをお助け下さい! 罰は我が身をもっていかようにも受けますゆえ、どうか彼を……っ!!」


 そう言って声を詰まらせた彼に、いくら睡眠を愛する私でも、寝に行こうとしたところを邪魔されたぐらいで怒ったりはしませんよ、と思いながらも、彼の言う連れとやらが大変な状態であるということに、慌ててその人を連れてくるように言いました。

 彼は私の言葉に安堵したように表情を緩め、再び外へと足を戻しました。私もサンダルのままその後に続きます。


 外に出ると、玄関の前に大きな馬が停まっていました。馬を見るのは初めてですので、こちらに向けられた馬のつぶらな瞳にじっと見つめられ、つい一歩二歩後ずさってしまいました。

 先ほどの彼が、その馬の横に回り、馬の背から何かを下ろそうとしているのに気づき、私も傍に寄れば、馬の背には先ほどの彼と同じような合羽を羽織った大きな体格の人物が、ぐったりと馬の背に倒れ込んでいます。

 私も手伝って、その人物を馬から下ろしましたが、随分と背の高い人のようです。私と先ほどの彼とで両脇の下に肩を入れて家まで運んだのですが、ずるずると足を引きずってしまいました。

 

 玄関で泥だらけのブーツと、びしょ濡れの合羽を脱いでもらい、その間に慌てて客間に敷いた布団に気を失った大きな人をうつ伏せに寝かせました。

 何故うつ伏せかといいますと、その人の来ていた合羽の背に、すっぱりと刃物で切られたような大きな穴が開いており、その周囲を、雨に薄められた血が染め上げるように垂れ滴っていたことから、その人が背中に大きな傷を負っていると考えたからです。


 怪我の大きさや深さによっては、傷を縫うなどの外科手術が必要となるかもしれません。しかし、当然私にそのような資格も知識も無く、とりあえずさっと傷の確認をしてから、救急車を呼ぼうと考えておりました。

 はっ! しかし、未だうちの電話は不通のままで、携帯電話も相変わらず圏外です。どのようにして救急車を呼べば良いのでしょうか!? パソコンは……ネットで救急車って呼べるのでしたっけ? そもそも、エコ樹林や謎の原住民さんランドに囲まれた、この家まで救急車は来てくれるのでしょうか? いえいえ、宅配業者さんが来て下さるのですから、救急車も大丈夫でしょう。


 うつ伏せにした大きな人の服を、美青年さんと慎重に脱がせながら、私は頭で必死に対処法を考えておりました。

 しかし、いざ上半身を裸にしてみますと、彼の背中にあったのは、左の肩の下から右の腰骨の上の辺りにまで広い背中を斜めに走る、表皮を切ったような傷でした。切れた皮膚の間から僅かにピンク色の肉が見えますが、血は止まっていますし、傷自体はそんなに深くはなさそうです。素人判断ですが、紙などで指先をすっぱり切ってしまったときの傷のような感じです。いや、あれはあれで地味に痛いのですが。

 しかし、この傷であの出血……よほど血の気が多い方だったのでしょうか? もしくは、彼以外の方の血……とか?


 とりあえず、家に常備してある救急箱から消毒薬を出し、傷口を消毒しました。念のため救急車を呼ぼうとも思ったのですが、美青年さんに大事にしないでほしいと止められてしまい、このまま様子を見て、やはり手に負えないと判断したときには、救急車を呼ぶということで決着が付きました。


 深夜にずぶ濡れの男二人。深手(?)を負った男に、誰かに自分達のことを知られたくないふうな美青年。ま……まさかの訳あり!? やはり愛の逃避行でしょうか!? いつの間にか惹かれあい、恋に落ちた美青年さんと大きな人。しかし、美青年さんには親に決められた婚約者(男)が! ついに美青年さんと婚約者(男)との結婚の期日が迫り、二人は共に逃げることを決断する! ところが家を出たところで婚約者(男)に見つかってしまい、逆上した婚約者(男)に大きな人は切られてしまうんですね! それでも命辛々どうにか馬に乗り、土砂降りの雨の中を二人は駆け抜けてきた、と!

 愛する婚約者に逃げられた婚約者(男)さんには気の毒ですが、やはり愛し合う二人を引き裂くことなど許せるはずがありません! 不肖月岡凪! 微力ながらもお二人のお力になれるよう、尽力したいと思います!!


 ひとまず、私が大きな男性の容体を見ていることにして、美青年さんにはお風呂に入って服を着替えて来るように言いました。合羽のおかげ服まではずぶ濡れではありませんでしたが、やはり服も髪も湿っているようでしたので、風邪をひいてはいけませんからね。それにつけても、雨なんて降ってましたっけ??

 


 使い方がどうにもわからないらしいお風呂の説明をして、着替えは馬に括り付けられていた荷物の中のものに着替えておられました。

 大きな人の方も、二人がかりで服を脱がせ――おっと、これはやむを得ないことですよ――、濡れた体を拭くのは美青年さんにお任せしました。真っ赤になってオロオロとする美青年さんに乾いたタオルを握らせ、私は何か温まるものを用意するために台所へと向かいました。夜分ですから重いものは控えるべきでしょうが、美青年さんもお腹は空いてそうだったんですよね。

 冷蔵庫の中を一瞥して、野菜をたくさん入れておじやを作ることにしました。これなら体も温まるでしょうし、大きな人が目を覚ましても食べてもらうことが出来るのではないかと思いまして。


 お鍋におじやを作り、お盆に乗せて客間へと持って行くと、美青年さんはちゃんと大きな人の体を拭けたらしく、乾いた服を彼に着せていました。ふふふ、白磁の頬がほんのりと赤くなっており、どうにも色っぽいです。やはり、恋人同士の仲をより深めるためには、看病ネタは外せませんね。


 しきりに恐縮する美青年さんにおじやを勧め、大きな人の隣に布団を敷いて、大きな人の様子は私が見るので、眠くなったら寝てもいいですよと言ったのですが、美青年さんはそこまで迷惑はかけられないと、しばらくは必死で眠気と戦っているようでした。しかし、ここまでの道のりでお疲れになったのでしょう、しだいにウトウトし始めましたので、そっと体を敷布団に横たえ、布団をかけました。

 さて、いつ容体が急変するか分かりませんので、今夜は完徹覚悟で挑みたいと思います。ついうっかりネット小説を読みすぎたり、長編の漫画を一巻から読み始めて止められなくなったりと、なにげに完徹経験の豊富な私です。さほどの苦でもありませんよ。


 それでもつい座ったままウトウトしていたようで、はっと気が付くと外がうっすらと明るくなっておりました。慌てて大きな人を見ましたが、穏やかな寝息を立てながらぐっすり眠っておられました。熱がある様子もありませんし、このまま寝かせておけば大丈夫……ですかね。

 顔を上げれば、何故かオヤブンさんが大きな人の頭の上の方向の、少し離れた所にある開けっ放しの襖の向こうに室内を覗くように座ってました。オヤブンさん、その位置何だかちょっと怖いです。



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