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月下の庭  作者: 行見 八雲
一組目:王子と将軍
3/21

いの3



 何とか無事にお風呂タイムも終わり、せっかくですからと、いくつかのおつまみとお酒を用意しました。お酒は、私も祖母もあまり飲む方ではなかったのですが、頂きもののお酒が大量に溜まっておりましたので。

 炬燵机の上に、ビールに日本酒、ワインにチューハイを並べてみたところ、二人ともどれもご存じなかったらしく、それぞれちょっとずつ味見をしてもらい、美形さんは日本酒が、筋肉さんはビールがお気に召したようです。どんどん日本酒の空き瓶と、ビールの空き缶が並んでいくのですが、二人ともすごくお酒に強いようです。


 私はちびちびと梅酒を嘗めながら、二人の様子を窺っていたのですが、やがて二人ともほろ酔いになってきたらしく、場もいい具合に緩くなって、会話も当たり障りのないものから、本音の部分に突入していくようです。


「俺は、あんたはもっと、冷徹で傲慢で我が儘な奴だと思っていた」


 突然、ぽつりと筋肉さんが、そう言葉を漏らしました。すると、そんな筋肉さんに、美形さんは苦く笑って。


「私も、貴殿は野蛮で見境のない凶暴な人かと思っていた」


 お互いのあまりの言いように、喧嘩になるかしらと思いましたが、二人とも気が抜けたように笑い合っています。見た感じではあまりわかりませんが、けっこうお酒がまわってらっしゃるのでしょうか。


 と、ここで私は、そういえば二人にお聞きしていないことを思い出しました。


「今更ですが、お二人はどういった方なのですか?」


 私が首を傾げながらそう問いかけると、二人ともが同じタイミングで、はっという顔で私の方を振り向きました。どうやら、二人共も自己紹介していないことを忘れていらしたようです。まあ、何だかんだと会話は成り立っていましたし、私の心の中での解説も、“美形さん”と“筋肉さん”で成立していましたから、これといって問題も無かったせいかもしれませんが。


 途端に、二人ともが私の方に体を向け、姿勢を正しました。つい、私もつられて、さっと正座をして背筋を伸ばしてしまいます。


「名乗りもせず、失礼いたしました。私の名前は、クラウセルベート・ユト・ルーナ・スローレイといいます。スローレイ王国王太子です」


 先に口を開いたのは、美形さんの方でした。口調も畏まって、自己紹介をして下さったのですが、おや、王子様だったのですか。確かに、優雅な物腰と、神聖さをも感じさせる美形っぷりは、まさに王子様って感じですね。

 しかし、スローレイ国……どこかで聞いたような気はしますが……国連加盟国にそんな名前の国ありましたでしょうか。


「寝床を貸してもらえて助かった。俺は、リッツ国第二国軍大将、テンヨウ・オルセサイザーだ」


 言葉は少し雑ですが、その真剣な眼差しに、こちらがどぎまぎしながらも、はいと頷きました。大将……軍の中ではかなり上の立場の方、ですよね? そして、リッツ国……やっぱりどこかで聞いた気はするのですが、……どの辺りにある国かも、さっぱりわかりません。


 ああ~、世界地理に関して、ちょっと勉強不足ですかね、私。と、後で世界地図を確認しておこうと考えていると、じっと二人が黙って私を見ていることに気付きました。おっと、いけません。


「改めて、初めまして。私は、月岡 凪と言います。少しでも寛いで頂けるよう、精いっぱいおもてなしさせて頂きます」


 ぺこりと頭を下げてにこりと笑えば、二人は複雑そうな顔をしながら、互いにちらりと目配せをしておられます。おお、先ほどまでは、寄ればすぐにでも殴り合いをはじめそうな雰囲気でしたのに、目で意思疎通が図れるほどにすっかり仲良くなって……。によによが止まりませんね。


「それで、貴女がこの地の主であられるのか?」


 二人の間でどのようなテレパシーが交わされたのかは分かりませんが、そう口を開いたのは、美形さん、改めクラウセルベート王子……、略して王子様でした。

 主? と内心首を捻りながらも。


「ええと……そうですね、この土地の所有者というのなら、私でしょうか」


 祖母の遺言に従って、ここの土地建物を相続したのは私ですからね。今後の管理については、まだどうするか悩み中ですが。


 その私の答えに、二人はますます弱ったような顔になりましたが、私には意味が分かりません。何かまずいことでもあるのでしょうか。はっ! まさか土地の買収ですか!? この辺りも、お隣みたいに中世ランドにするつもりなのでしょうか!?


「こっ、ここは売りませんよっ!」

「?」

「は?」


 いきなり焦ったようにそう言えば、二人はきょとんと眼を見開いて、驚いた顔をしています。

 あれ? そういうことではなかったのでしょうか?

 つられて私も首を傾げてしまい、気の抜けた間抜けな顔の私と、頭の上にハテナマークを浮かべた二人との間に、何とも言えない無言の空気が広がっています。

 何でしょう、この状態。……えーと、何の話をしてたんですっけね。


 と、しばし考えてから、まあいいかと、私は手をポンと叩きました。


「自己紹介も済んだところですし、さあ飲みましょう!」


 そう言って笑えば、二人も互いに顔を見合わせてから、こくりと頷き、それぞれの飲み物を手に取りました。


「では改めまして、かんぱーい!」


 私が梅酒を持ち上げれば、二人もそれに合わせて、缶やグラスを持ち上げてくれました。



 裂きイカやおかきなど、色んな種類のおつまみを抓みつつ、それぞれの国の名所や名物などを穏やかに話しながら、杯を重ねているうちに、夜もだいぶ更けてきたようです。


 いや、しかし、お二人の国には変わったものが色々あるんですね。お城や闘技場や、古代竜の墓や魔法遺跡など、是非一度は見てみたいものがたくさんです。行ってみたいですと食いつけば、喜んでご案内させて頂きますと言ってもらえました。社交辞令かもしれませんが、こんな美形に観光案内してもらえるなんて、ふふふ、二人に目が釘づけで、せっかく案内してもらっても、観光名所が記憶に残らないかもしれませんね。

 しかしどちらかというと、二人で、あははうふふと旅行しているのを、傍で見させて頂きたいです。全力で気配を消して、付いて行きますよ!


 そろそろ酔いも回ってきましたし、眠くなってきましたので、私は先に休ませて頂くことにしました。別に、後は若いお二人で、なんて思ったわけでは無いですよ。

 あ、部屋を出るときに、二人のお布団――は伝わりませんでしたので、寝具――は、隣の部屋に敷いたことをお伝えしました。さっきまでの険悪な雰囲気でならまだしも、今の和やかな様子なら、並んで寝ても喧嘩になることも無いでしょう。


「もう少し早く、あんたとこうして腹を割って話せていれば、あんな状況にはならなかったのかもしれないな」

「……ああ、そうだな」


 言うべきことを告げて、部屋の襖を閉め、背を向けた所で聞こえてきた苦さを含んだ声に、まさかの訳ありの関係!? とテンションが上がったのは秘密です。



 さて、部屋に戻ったのは良いのですが、実はまだそれほど酔ってはいませんでしたので、そういえば二人は迷って我が家に来たのだということを思い出し、帰り道が分からないかと、パソコンを立ち上げてみることにしました。

 そして、インターネットに接続しトップページを見て、あ、パソコン可笑しくなってたんだっけ、ということを思い出したのですが、ニュース一覧にスローレイ国とリッツ国というのがありましたので、試しにもう一度地図を開いてみました。

 すると、我が家――理由は分かりませんが、家の図で表示され、“現在位置”と表記されています――の位置が画面中央に表示され、その左側にスローレイ王国、右側がリッツ国になっています。


 あれ? うちはいつの間に、国境沿いになったのでしょう。県境ならまだわかりますが、国境? あれ? 日本に何かあったのですか?

 というか、確かに地図上では、現在我が家は国境の真上に位置していますが、その我が家の周りが、何やら水の波紋が広がったようになっているのですが。アニメなんかで、歪みとして描かれるようなぐにゃっとした波紋です。


 うーんと首を傾げながら、地図を拡大し続けてみますと、我が家と家の前の道まで分かるほどになりました。最近の人口衛星の機能って、すごいんですねぇ。スパイも真っ青です。

 ともかく、この地図を見る限りでは、我が家を出て道を右手に行けばスローレイ王国、左手に行けばリッツ国ですね。


 それだけ確認して、私はパソコンを消しました。もっと考えるべきことはたくさんあったと思うのですが、どうにも頭がぼんやりしていて、何だかんだと私も酔いが回っていたようです。


 電気を消して、もそもそとお布団に入りました。そういえば、オヤブンさんはどこにいるのでしょう。まあ、気分やな犬さんですからね、好きなところで寝ているのでしょう。

 それではお休みなさい。




 翌朝、癖でいつも通りの時間に目が覚め、顔を洗って着物に着替えてから、居間を覗いてみると、そこには机に突っ伏して寝ている筋肉……ああ! テンヨウさんだけがいました。

 テンヨウさんを起こさないように隣の部屋を覗いてみると、そこにはしっかり布団に入って寝ている王子様が。うん、さすがです、寝顔も見事に美しいです。ナイススリーピングビューティー!


 テンヨウさんの肩に、一応用意しておいた毛布が掛けられているところを見ると、おそらく王子様がテンヨウさんに毛布を掛けた後、お布団に入って寝られたということでしょうか。王子様の思わぬ心遣いに、朝からにやにやが止まりません。なんだかんだと、関係が深まったようですね。望むところです。


 

 その後台所に行って、朝食の用意をしていると、先に目が覚めたらしいテンヨウさんが毛布の礼を言いに来られたので、私ではありませんよ、とお答えしておきました。その私の言葉を聞いたテンヨウさんは、どんな顔をしたらいいのか分からないというような、むず痒そうなお顔で、王子様の寝る部屋の方へ目線をやっておりました。

 うふふふふ、ああ、良いですね、このこそばゆい感じ。青春時代を思い出します。


 朝食の準備ができる頃に、ちょうど王子様も起きて来られましたので、三人で居間の炬燵机で朝食にしました。今更ですが二人とも西洋の方っぽいので、朝食は洋風にしてみました。と言っても、テーブルロールとかベーコンエッグ、サラダにヨーグルトといったメニューなのですが。

 それでも、二人とも特に何も言わずに食べておられたので、大丈夫でしょう。あ、でも、二人ともパンの美味しさに驚いておられましたよ。ふふふ、私もお気に入りのパン屋さんのものだったので、とても嬉しかったです。



 朝食後に、少し話をした後、二人ともそろそろ帰られるということで、身支度をされ、玄関から出て行かれました。私も、慌てて二人の後を追いかけ、簡単に作っておいたおにぎりメインのお弁当を渡し、それぞれの国の方向の道を教えて差し上げると、二人に非常に感謝されました。何かお礼をと言われましたが、困ったときはお互い様ですと、お断りしておきました。美形の笑顔、プライスレスです。

 それよりも、二人ともが無事にお家にたどり着けると良いのですが。


 二人の帰る方向が真逆だったので、私は家の前で二人を見送らせて頂くことにしました。

 にっこりと笑いながら手を振っていると、二人とも何度も振り返っては、手を振りかえして下さいました。

 

 二人の姿が見えなくなってから、そっと手を下ろしました。胸にちょっとした寂しさがこみ上げてきます。だってあんな美形――しかもタイプ違いが二人も!――この先もまた出会えるかどうか……! あ! 写真撮るのを忘れてました! はああ……勿体無いことをしてしまいました。


 と、打ちひしがれつつも見上げた空は、今日も気持ちの良い秋晴れで、緑色の星や、輪っかの付いたピンクの星、その他小さい球体がいくつか浮いていました。

 それにつけても、ポップな空ですね。



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