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月下の庭  作者: 行見 八雲
三組目:二人の子ども
20/21

いの4



「……奴隷?」


 二人が寝入った後、起きてきたランさんと居間で夕食を食べながら、彼らに関することを聞いていました。その時ランさんの口から出てきたのが、彼らは奴隷にされていたということでした。


 …………奴隷。私が知る奴隷といえば、「僕はもう君の愛の奴隷さ、ベイビー」というくさい口説き文句か、ご主人様(男)と奴隷(男)の鬼畜でちょっぴり切ないラブロマンスのお話か、チート主人公(男)とその元奴隷(男)ハーレムの愛と冒険のお話くらいです。

 でもお話として知っているだけで、身近にそのような制度があるとは知りませんでした。はっ、もしかして裏社会で蔓延していることなのでしょうか!? ケモ耳の生えた可愛らしい少年たちに襲い掛かる魔の手。なななななんと卑劣な!


 私が眉間に皺を寄せて唸っていると、ランさんが湯呑のお茶を一口飲み。


「獣人を捕まえて奴隷としていた奴らは潰したし、そいつらをのさばらせていた者達も消しておいたから、心配はいらない」


 と僅かに目を細められました。そんな表情がどうにも、だから安心していいと言っているようで……。私は見えない手で強烈なアッパーをくらったかのような勢いで天を仰ぎました。

 どうしましょう、ランさんがイケメンすぎます! 見た目だけじゃなく心も男前だなんて、これは世の中の男どもが放っておくはずがありませんね! 腐の神よ! こんな素敵なエモノ(逸材)をありがとおおおぉぉぉ!


 そんな私の行動に、首を傾げるランさんも輝いてます! しかし、奴隷を扱っていた組織(?)を潰してきたとは、ランさんっていったい……? はっ、まさか、奴隷などの闇組織を取り締まる特別捜査官的なあれでしょうか。表だって身分は明かせないけれど、あらゆる手段を用いて悪の組織を追いつめ、断罪していくという正義のヒーローなのですね! 闇で戦う孤高の超絶美形ヒーロー。そこに絡んでくる同僚や敵方の男達…………ごくり。


「……あいつらをこれからどうするんだ?」


 私の頭の中で、裏社会に潜む闇組織を追う美形捜査官シリーズがシーズン5に突入しようとしたとき、食事を終えたランさんがそう問いかけてきました。


「え、ええ!? そ、そうですね、出来るだけ早くご家族のもとへ帰してあげられたらと思っています」


 慌てて思考を通常モードに切り替え、私はそう答えました。あんなに可愛いケモ耳っ子達ですもの、ご両親やご家族もそれはそれは心配してらっしゃることでしょう。あ、そういえば。


「あの子達が捉えられていた場所には、彼らの仲間もいたのでしょう? その方達はどうなったのですか?」

「ああ、他の獣人達は信用できるところに預けてきた。そこから元の村に帰るなり、街に住むなり決めるだろう。あの猫の獣人は、友人をずっと気にしていたからな、仕方なく連れてきた」


 警察にでも保護してもらったのでしょうか。しかし獣人の方々ってそんなにいるのですか……知らなかった私。いつの間にか情報社会からも隔絶されてます。


「あいつらがすぐにでも村に帰りたいというのなら、送り返してやることもできる」


 そのランさんの言葉に、私は頷きました。そうですね、これからどうしたいか、ちゃんとあの子達に訊いてみなければなりません。

 今日はもうぐっすりと寝入っているので、明日様子を見ながら訊いてみるということで、私とランさんは食事を終えました。



 翌日、お昼近くまで寝ていた子ども達に体調を尋ねると、初めに我が家に来た狼獣人のバンガル君は、背中の傷も瘡蓋になっていて他にあった擦り傷も線状の痕になっているくらいで、体の調子も良いということでした。お友達の猫の獣人ニケ君は、腕はまだ違和感はあるものの痛みはほとんどないそうで、指先もちゃんと動かせるようです。ただまだ体が重いのでもうしばらくは寝ていたいとのことでした。

 なので、ひとまず朝食兼昼食をしっかり採らせてから、二人ともまたお布団に入ってもらいました。


 そして夜、ランさんと私と子ども達とで夕食を食べた後、ランさんから二人の仲間がどうなったかということと、今後について話すことにしました。

 ランさんの話を聞いた二人は安堵したようにふっと息を漏らしていましたが、私がこれからどうしたいかを問いかけると、眉間に皺を寄せて顔を俯かせ色々と考え込んでいるようでした。

 そこで、まあまずは体調を整えることが第一かと、答えは急がないのでゆっくりと考えるように勧めました。



「どうか、俺たちをつよくしてください!」


 そう言って二人が頭を下げたのは、次の日の朝食の後のことでした。並んで座っていた私とランさんを前に、同じように肩を並べた二人が必死な表情で私達を見上げます。


「強く……ですか?」


 どういうことかと首を傾げた私に、主にバンガル君が懸命に昨晩二人で話し合ったのだということを教えてくれます。


「俺たち、つかまったときも何にもできなくて……すごくくやしかった。だからつよくなって、仲間を守りたいんだ!」


 そう言ったバンガル君と、同じように隣で私を見つめてくるニケ君の瞳は真っ直ぐで力強く、男の子だなぁとほっこりした気持ちになりました。

 確かに二人の言うことにも一理あります。こんなに可愛いケモ耳っ子達なのですから、親元に帰してもまたすぐに攫われてしまうかもしれません。それに、強くなって二度とこいつを傷つけさせたりはしない、という二人の互いに対する熱い想いもひしひしと伝わってきます。ここで断れば(腐)女が廃るってもんです! どーんと任せておくんなさい! 


 「分かりました」とにこやかに答えたのは良いものの、鍛えるって具体的にどうすればよいのでしょうか。私にできるのは護身用の柔道や薙刀を教えることぐらいですが、それで大丈夫かしら。と、首を捻りながら隣のランさんに目線をやると、それを受けたランさんは仕方が無さそうに小さく苦笑いと浮かべると。


「……俺がどうにかする」


 と言って下さいました。ランさんのありがたい申し出に涎が止まりません。まさに 計 画 通 り ! 今ここに、ミステリアス超絶美形とケモ耳っ子達の師弟関係が結ばれました!

 特訓を重ねるうちに築かれる信頼と友愛と、そしてそれを越えた特別な感情……! 強く憧れる師への憧憬以上の想い、もしくは共に苦難を乗り越えていく友への友情とは異なる胸の震え、そうして複雑に絡み合う想いの果てにあるものとは……!! くっはー! たまりませんなこりゃ! 私、全力で空気となって影に日向に見守らせて頂きます!


 はっ! ひとまずこれだけはランさんに確認しておかねばなりません。


「ランさんは、キュートで元気な狼っ子と、セクシーなツンデレにゃん子のどちらが好みですか!!?」


 人類で初めてナマコを見た人のような顔をされました。




 まずは体力作りと、ケモ耳っ子達は早寝早起き、三食おやつはきっちりと食べて、その合間に私の畑仕事を手伝ってくれたり、ランさんと裏山を走ったり筋トレしたり、組み手や木の棒で素振りをしたり、という日々を過ごしております。


 怪我もすっかり治った二人は、成長期なのかこれまで不足していた栄養を一気に摂ろうとしているのか、非常によく食べます。しかし我が家で食べる野菜はすべて畑で採れたものですし、お肉やお魚は時々ふらりと出かけるランさんが色々と持って帰って下さるので、食費はあまりかかりません。



 そういえば以前ランさんが、シマウマ模様の私の身長を越える大きさの猪っぽいものを持って帰られた時は非常に困りました。今までお肉はお店で売られているものしか見たことのない私は、どうやって解体したらいいのか分かりませんので。

 それをランさんに伝えたところ、その猪っぽいものはランさんが家の裏の井戸のところで解体してくれることになりました。後で様子をちらりと見に行ったとき、何故かオヤブンさんがランさんの腕に噛み付いていてびっくりしました。ランさんは気にした様子もなく猪っぽいのを捌いておられましたが。血の匂いに興奮したのでしょうか。


 それから、特に寒さがひどい日が続いた時のこと、ちょっと体がダル重~な感じがしていたのですが、その日の夕方にランさんが何かのお肉を持って帰られました。あ、前に家の裏で猪っぽいものを解体してオヤブンさんに噛み付かれた日以降、ランさんはどこかで解体してお肉だけ持って帰って来るようになりましたよ。


 そして、その肉は何かと尋ねると、ランさんはいつもの無表情のまま「一角獣の肉だ」と、お肉を差し出したのとは別の手に持っていた長い角のようなものを見せてくださいました。一角獣……といいますと、あのイッカククジラのことでしょうか?? え、掴まえて食べちゃって大丈夫なんですか!? というか、イッカククジラはいつの間に日本近海にまで来るようになったのでしょうか。確か北極圏の辺りにいるはずじゃあ……。

 ランさんがこのお肉を買ってきたのか獲ってきたのか分かりませんが、本当に食べて良いものかとお肉を睨みつけておりましたら、ランさんが大丈夫だと頷かれました。まあせっかくランさんが持って帰ってきて下さったのだし、秘密捜査官のランさんなら警察等にも顔が利くだろうと、その日のお夕飯に頂くことにしました。


 基本的によく分からないお肉は煮込みにするようにしていますので、ランさんが持って帰って来られたイッカククジラの肉も豚の角煮ふうに煮込んでみました。そして夕食の席で恐る恐るそれを口に入れた瞬間、ふわっと口の中に広がって融けるようにお肉が消えてなくなります。それはまるで脳天を突き抜けるような快感で。後に残ったのは、魚の油のようにさらさらとした、しかし肉のうまみが凝縮されたような味わい深い肉の油。それがまた甘辛のタレと絡んで、思わず目を閉じてうっとりしてしまうような美味しさでした。一度食べ出したらもう箸が止まりません。


 隣と斜め前に座っていたバンガル君とニケ君を見てみると、二人も恍惚とした表情でお肉を食べてます。そして、横に座るランさんを見上げ「これは何の肉ですか?」と尋ねたニケ君に、ランさんは一言「一角獣だ」と答えられました。そんなランさんの言葉に、バンガル君もニケ君も目を見開いて固まっています。

 や、やっぱり食べてはまずかったでしょうか。禁漁的なものだったり……。……うう、で、でも食べてしまったものは仕方がありません。警察等の方が来られたら、誠心誠意謝罪することにします!


 しかし、美味しいものを食べたせいかあのお肉が栄養満点だったのか、翌日はすっかり体が軽くなっており、お肌もつやつや、ネットや本の見すぎで視力の落ちていた目も何やら視界が晴れやかでよく見えるようになった気がします。おや、膝や腕にあった古傷も綺麗に消えているような。



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