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月下の庭  作者: 行見 八雲
一組目:王子と将軍
2/21

いの2



「……あ、はい。……どうぞ」


 そう言って、私はその人を家の中に通しました。


 後々考えれば、見ず知らずの男の人――しかも凶器持ち――を家に入れるなんて、とても危険な行為ですし、この後色んな方々から注意をされてしまうことになるのですが、この時はきっと目の前の今まで見たことの無いような美形に、圧倒されていたのだと思います。


 玄関で、革製のブーツを脱いでもらい、掘り炬燵のある居間へとお通しました。

 障子を開けて部屋に入った途端、今まで物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回していたその方の表情が一変し、緊張感を孕んだ険しいものに変わりました。


「――なぜ、貴様がここにいる!」


 そう鋭く言い放った先には、布団のかけていない掘り炬燵に座り、お茶を飲んでいる、浅黒い肌に筋骨隆々の逞しい体の男性がいました。


 そうなのです。実は、この美形さんが来る前に、筋骨隆々の方が、食料が尽きたとかでうちに来られたのです。

 高い身長にムキムキの体、でも顔は彫りの深い精悍な顔つきで、赤茶色の髪は短く刈られており、いかにも体育会系だなぁと、彼を見上げながら思ったものです。

 しかし、美形さんとは鎧の形が異なるので、やっぱり国が違ったりするのだろうかと思っておりましたが、実は仲が悪い間柄なのでしょうか。


 タイプの違う美形同士、見知らぬ土地での運命の出会いを演出しようと思ったのですが、まさかの知り合いでしたか。

 とりあえず、二人の様子を観察していたところ、「お前には関係ないだろう!」「貴様の顔など見たくもない! さっさと俺の前から消え失せろ!」「はっ! それはこっちの台詞だ!」などと、言い合いが始まってしまいました。


 終いには、互いに炬燵机を挿んで睨み合っていたかと思うと、炬燵机の上に足を乗せて、相手に掴みかかり出しました。


 あらあら、これはいけません。

 私は、鴨居の上に備え付けられていた薙刀を手に取り、ヒュッと二人の間に薙ぎ落しました。


 もちろん、むやみに振り回したのではありませんよ。実は私、祖母から護身術として、柔道と薙刀を習っていたのです。薙刀に関してはよく分かりませんが、柔道においては祖母はかなりの使い手で、稽古に使わせてもらっていた道場では、祖母よりも大きな男の人をひょいと投げ飛ばしておりました。

 薙刀は、このようなものが普通の家にあっても大丈夫なのか、法律の関係はよく分かりませんが、まあ刃も潰してますし、家から持ち出さなければ大丈夫なのではないかと、勝手に考えてます。


 突然、二人の顔の鼻先を過り、ぴたりと止まった刃物に、二人は驚いて動きを止め、ぎこちない動作で私のほうに顔を向けてきました。驚愕に固まっていても、美形は絵になりますね、と内心で感嘆の溜息を吐きつつ、私は薙刀を構えたまま、にこりと微笑んで。


「机の上に足を乗せてはいけませんよ」


 そう口にすれば、二人は素早い動作で離れ、机から脚を下ろしました。

 素直な二人に満足した私は、薙刀を縦にして体の横で持つと、「それでは、お夕飯の用意をして来ますので、もうしばらくお待ちくださいね」と言って、部屋を出ました。ああ、


「もし暴れて、部屋の中の物を壊したら、即座に叩き出しますからね」


 そう、付け加えることも忘れはしませんでしたよ。


 夕飯の支度の合間に、お茶と簡単な小皿料理を持って行くと、二人とも向き合って座り、ぎりぎりと互いを睨みつけながらも大人しくしてましたので、まあ大丈夫でしょう。



 お夕飯は、お鍋にしました。

 ほら、同じ釜の飯を食べた仲、とかいうので、親睦を深めてもらおうかなと。……なんて、実は単に、今日は秋も深まってきたせいか、夕方から肌寒かったので、鍋が食べたかっただけです。お客様がいらしたからといって、変更はしませんよ。


 掘り炬燵の机の真ん中に鍋を置いて、最初の一杯は二人の分も器によそい、後は自分で好きなのを取って食べてくださいとお願いしました。

 ああ、口を付けた箸を鍋に入れるのは抵抗があるかもしれませんので、それぞれにお鍋用のお玉も用意しておきました。あと、箸は使えないかもしれませんので、スプーンとフォークも渡しておきましたよ。


 私一人、「頂きます」と手を合わせて、器に箸をつけました。そうして、もくもく食べていると、じっとこちらの様子を窺っていた二人も、ぎこちない動きで器を取り、美形さんはフォークを、筋肉さんは箸を使って、具を食べだしました。

 見た感じ外国の方っぽいので、こういったお鍋の具が珍しかったのでしょうか、一つ一つの具材じっと眺めてから口にしています。一応、食事を用意するときに、食べられないものはないか確認しましたので、アレルギーは大丈夫だと思うのですが。後は、味や食感の好みですね。


 そんなことを考えながら、ちらちらと二人に目を移しつつ食べていたのですが、元々器に入っていた具材を食べ終えた二人は、その味が気に入って下さったのか、お玉を取って、自分で次々と具材を器に入れ始めました。

 それがまた、二人がそれぞれ何を気に入ったのか非常にわかりやすく、つい笑みを浮かべてしまいました。

 だって、筋肉さんは主にお肉狙いです。鶏肉だけをごっそりと入れるものですから、私もつい、栄養のバランスが悪いです、お野菜も食べて下さい、と口出ししてしまったほどです。

 それに比べ、美形さんの方はお豆腐の食感が面白くて気に入ったらしく、お豆腐ばかりを取って、それを口に運んでは、熱そうにしながらもご満悦そうです。しかし、そればかりではなんですので、お節介ながらも、他の具も勧めておきましたが。


 先ほどまでは、互いに睨み合ったり悪態を付いたりと、非常に険悪で怖い顔の二人でしたが、しばらく鍋を突いているうちに、表情もほぐれ、三人でぽつぽつと話をするようにもなりました。しかし、互いにどの具が好きか、この具はちょっとな、みたいな話をするのは良いのですが、好みが合わなかったときに、睨み合うのは止めてください。


 粗方具材も無くなったので、そろそろ締めに移ろうかと思い、二人にご飯か麺かを聞いてみたのですが、二人とも両方知らなかったらしく、どちらも興味がありそうでしたので、今回は麺にしました。ええ、私が食べたかったのです。




 二人とも程よくお腹も膨れたようですので、少し時間を置いてから、二人をお風呂に案内しました。


 しかし、またしても二人ともお風呂もシャワーも知らなかったらしく、あれは何だ、これはどうすれば、と質問してこられるので、一からお風呂の入り方やシャワーの使い方などを説明するはめになりました。

 大の男二人が浴室の中で、あれこれと手にしては驚き騒ぐので、非常に狭苦しく窮屈でしたが、一つ一つ説明するたびに、きらきらと目を輝かせてそれに釘付けになっている姿が、やけに可愛らしかったので、まあ良しとしましょう。


 その後、どちらが先に入るかでまた揉め始めたため、簡単にジャンケンを教えて、それで決めさせました。ジャンケンに勝った美形さんの喜びようと、負けた筋肉さんの落ち込みようと言ったら……一言ツッコませて頂きます。子 ど も か!

 とはいえ、きゃっきゃきゃっきゃとはしゃぐ美形達、目の保養すぎるぜ、コノヤロー!!


 何なら二人でも入れますよと言ってみたのですが、それは断固として拒否されました。残念です。



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