いの3
食事を終えた子どもをもう一度横にならせ休ませていると、いつの間にか時計の針はお昼近くを刺していました。と、そのとき、外からオヤブンさんの吠える声が聞こえてきます。
もしやと思い急いで外に出ると、そこにはボロボロの格好の小さな子どもを抱え、ゆっくりとこちらに歩いてくるランさんの姿が。
慌てて傍へと駆け寄り、ランさんに怪我はないかと問いかけますと、ランさんは首を振って無事だと答えられました。
そして、改めてランさんの腕に横抱きされている子どもを見下ろすと、我が家で寝ている子と同じように痩せ細り、荒れた肌とぼさぼさで伸び放題の髪の毛がとても痛ましいです。骨の形が分かってしまうほどに細い子どもの腕に巻かれた布と添え木に、子どもが怪我をしているのが分かり、急いで家へと促しました。
恐らくこの子が彼の言う友達か仲間なのだろうと、先に子どもが寝ている客間に並べるように布団を敷き、そこにランさんが抱えていた子を寝かせてもらいました。
すると、その騒動に目を覚ましたらしい子どもが、自分の横の布団に寝かされた子を見て飛び起き、直ぐにその子の枕もとへと這い寄ってきます。
「おい! だいじょうぶか! しっかりしろよ!」
そう必死に呼びかける子どもに、布団に寝かされた子はうっすらと目蓋を押し上げるとしばらく目線を漂わせ、やがて叫ぶように声をかける子どもを見て、「……うるさいな、……生きてたんだ、お前……」と呟いて、またそっと目を閉じました。しかし、彼が眠りに落ちる直前に動いた口元が小さな笑みを浮かべ、その表情もどこか安堵した様子で。
っツ! ツンデレ!? この子ツンデレなの!!? と自分の口元を手のひらで覆ってしまいました。
言葉だけ聞くなら辛辣なことを言われた子どもの方も、「……なんだよ」と不貞腐れつつもとても嬉しそうにしていて……!
つい隣にいたランさんの腕をバシバシ叩いてしまいました。
その後、ぐっすり寝入ってしまった子ども達の傍でランさんと共に昼食をとり、先に休めと言うランさんに押し切られるかたちで睡眠をとりました。子ども達の怪我に関しては、医者に見せた方が良いのではないかとも思いましたが、ランさんが大丈夫だと言うので、素人の私には判断がつけ難く少し様子を見ることにしました。
そして、交代でランさんが寝に行ったあと、子ども達が目を覚ましたので作っておいたご飯を食べさせ、二人の体調も大丈夫そうだったのでお風呂に入れました。
シャワーやシャンプーなどの使い方が分からないという子ども達に、私は着衣のまま一緒にお風呂に入って洗髪や体を洗うのを手伝います。子ども達は二人とも全身泥や垢だらけで、石鹸が泡立つのに何度も体を洗うことになりました。よく見ると背中の傷はかさぶたになっていたのであまり触れないようにし、骨折している子の方も、患部を濡らさないように気を付けつつも丁寧に洗っていきます。
髪も、頭から水をかけられるのを何故か嫌がって両手で頭を押さえる二人を宥めつつ、シャンプーで何度も洗いました。そして汚れもあらかた落ちたところで、コンディショナーを付けて流し、「よしこれで大丈夫!」と私が終了宣言をしたとき、子ども達はほっとしたような顔で頭を振り。
「…………え?」
髪の間からぴょこんと飛び出したそれに、私は言葉を失いました。
ダダダダダダダダダ! スパーーーン!!
小気味良い音をたてて襖が綺麗に両サイドに収まります。そして、その向こうの畳の部屋では、部屋の中央に敷かれた布団に、僅かに寝乱れた浴衣姿で眠そうに上半身を起こすランさんが。サラサラの白銀の髪は寝癖などつかないようですが、いつもよりとろんとした目元に、僅かに覗く鎖骨と喉仏、その何とも言えない男らしい艶に……!
「ぐはっ!!」
私はつい襖を開けた格好のままのけ反りブリッジをきめそうになってしまいました。どうやら私は神話の美の男神の寝室に迷い込んでしまったようです。ああ、何ということでしょう、あまりの眩しさに目が潰れそう。しかしその前に、私の脆弱な鼻の毛細血管がパーンと男神に奉げるための血をふき出してその血を吸い込んだ地面から咲いた花が私という存在で世界中に咲き誇り何処へ行ってもランさんと恋人さん(男)のいちゃつきを見ていたいって何それ天国。
「…………ナギ?」
うふふふふ、うふふふふふふ、と意識をお花畑に漂わせていた私は、ランさんの不審げな声ではっと我に返りました。
おっといかんいかん、ランさんの寝起きの妖艶さはひとまず置いておいて、後で必ず持って戻しますがとりあえず置いておいて、先ほどお風呂で見た衝撃のものを話すため、私は慌ててランさんに駆け寄ります。
「ラララララランさん! あの子達の耳が耳で耳になってて頭の上にぴょこんと!!」
うっかりラブソングを歌いそうになりましたが、それをぐっと堪えてランさんに事情を説明します。ちょっと自分で何言ってるか分かりませんが、ついでに自分の頭の上に両手を置いて手をくいくいと動かし表現してみました。
「……ああ、獣人か。見るのは初めてだったか?」
あのケモ耳を生やした愛らしい存在は‘じゅうじん’って言うんですか。というか、いつの間にそんな(萌の)世界に愛された奇跡の存在が生まれていたのでしょうか。今まで知らなかったことに、私、大ショックです。
え、そうなの? ごく普通にいるの?? と首を傾げながら私がお風呂場に戻ると、全身を洗ったままびしょ濡れの二人が、とても不安そうな顔で私を見上げました。まあ確かにいきなり人が血相を変えて飛び出して行けば、何事かと不安にもなりますよね。
「驚かせてごめんなさい。何でもないですから」
そう笑顔で言いながら、このままでは風邪をひいてしまうと二人を温めに入れておいた湯船へと促します。
そんな私を、最初に我が家に来た方の子どもがおずおずとひどく緊張した面持ちで見上げながら。
「……じゅうじん、きらい……?」
そう言って、自分の耳を小さな手で掴みます。その彼の言葉に、私は両手を胸の前でぐっと握りしめて。
「とんでもない! むしろ大こ……大好きです!! モフモフ最高です!」
そう全身全霊で主張してから、二人の子どもの頭を撫でました。本当は耳をさわさわしたかったのですが、それより先に二人の体が冷えるのが気になったので、お湯に入ってもらいました。耳を触るのは後でゆっくりと……ふふふふふ。
私の言葉を聞いた二人は、問いかけてきた子どもの方はほっとした笑みを浮かべ、もう一人の子の方はふいと顔を逸らせてましたが、ぎゅっと体の横で手を握り締めていました。
風呂から上がった二人の体をしっかり拭いて、替えの服が無かったので私の洋服で我慢してもらいました。服を着せるときに気付いたのですが、ちゃんと尻尾もありましたよ。お風呂に入れた時は、子どもとはいえ男の矜持を尊重して腰からタオルを巻かせましたし、下半身は自分で洗ってもらったのでよく見てなかったんですよね。
尻尾も丁寧に水を拭ってドライヤーで乾かそうとしたのですが、拒否されました。もふっとさせたかったのに……残念です。
それから、しばらく二人を休憩させて、軽くおやつを食べさせ怪我の様子を確認し、お布団に入らせました。まだ二人の体調も万全ではないようですし、何よりあの細さが……! 先ほどのお風呂でもまさに骨と皮と言った感じで、胸も背中もくっきりと骨が浮き上がってましたし、手足も細く、骨を折ってしまうんじゃないかと恐々としながら体を洗いましたもの。
だからしばらくは、もりもり食べさせることに専念しようと思います。今の気分は童話の『変ゼルとグレてる』のお菓子の家の魔女ですね。最終的に食べる予定なのは私ではありませんが!
あ、二人が寝る前に、ようやく自己紹介をしましたよ。
最初に我が家の前で倒れていた男の子、まだ毛並みはよくありませんがふっさりとした大きな耳の、狼の獣人というやつだそうで、お名前はバンガル君。茶色の髪に、大きな灰色の目の活発そうな感じの男の子です。
もう一人の、ランさんが連れて帰って来られた子の方は、薄い綺麗な形の耳で、猫の獣人というニケ君。濃い青灰色の髪に薄いブルーの釣り目がちの切れ長の目で、あまり言葉を発しません。クールな感じの男の子で、でもツンデレなのは知ってますよ。