にの2
カラウとエリーエンヌが互いに想い合っていることは、実は二人以外周囲の者は皆気づいていた。というか、二人の葛藤など周りから見れば実にバレバレであったのだ。
最初は娘可愛さに反対していた父上だったが、ご自分のこれまでの苦悩を思い出されたのだろう、二人の仲を認めようと考えるようになられた。最終的にはエリーエンヌが幸せになるのなら、と涙を拭っておられたが。
実をいうと、父上がエリーエンヌに婚約者を用意したのも、なかなか進展しない二人の仲を想ってのことだった。父上としては、婚約者のことで二人が焦り、例え王命に背いてでも一緒にいたいのだと二人が申し出てくれば、すぐさま婚約の話は無かったことにするつもりであったのだ。だから、相手の婚約者も正妃の出身国の貴族で、正妃の親戚筋にあたることから断るときも正妃が中に入ってうまく話をまとめるということで選ばれた者だった。
しかし結果として、エリーエンヌとカラウが結ばれぬうちに父上が世を去られ、後継者争いが勃発した。
だがどうにもきな臭い。報告によると、第二公子はエリーエンヌの殺害と共に、僕にも暗殺をしようと賊を仕向ける予定であるらしい。しかも、その賊達はどうやら国内の者ではなく、正妃の母国である隣国から送られてきているようだ。正妃の実家の手引きによって。
これは非常に問題のあることだった。何故ならば、我が国と国境を接する隣国、さらにもう一国との三国間でとある条約が交わされているからだ。それは、各国は他国の後継者争いには決して関与してはならない、というものだ。
何故そのような条約があるかというと、昔それぞれの国が互いに自己に有利な者を後継者に据えようと、もしくは後継者争いに伴う内紛によって隣国を疲弊させその隙に攻撃を仕掛けて侵略しようと、他国の後継者争いに関与したことがあった。その結果として三国ともが泥沼の争いを繰り広げる羽目になり、危うく他の第三国に侵略されそうになった、という歴史があるからだ。もしある国が他国の後継者争いに関与すれば、条約違反として残り二国から何らかの制裁ないし攻撃を受けても文句は言えなくなる。
我が国を含む三国は、互いに睨み合うことでそれぞれの国への侵略を防ぎ、均衡を保っているのだ。そんな中で、二つの国が協力して一国に攻め込む理由を作らせてしまえば、二国は競うように条約違反を犯した国を攻め、資財や領土を分け合うだろう。そのような愚行を、通常であれば一国の王が作り出すはずがない。
もし隣国の王が関与していれば、それを理由にもう一方の隣国を味方に付けることができるし、正妃の実家が勝手にやったことであるならば、これが発覚すれば国から厳罰が下されるだろう。正妃の実家が条約違反を犯し国を危機に陥れたとして潰されれば、我が国でも正妃の立場は危ういものになる。正妃でありながら国を売ったとして、処罰の対象にもなりうる。もちろんそれに加担した、第二公子も。
僕は、正妃の実家の動向の調査を重点的に行うよう密偵に命じた。
「では、どうしてそのようなことを……」
「内乱のどさくさに紛れて、エリーエンヌを殺害しようと計画している者がいる」
もちろん僕ではないぞ、とカラウと目線を合わせながらにやりと笑ってみせる。そんな僕の言葉に目を瞠ったカラウは、次の瞬間には顔を般若のように歪め、掴みかからんばかりの勢いで声を荒げた。
「……何故、エリーエンヌ様を……? それを計画しているのは一体誰なのですかっ!?」
眦を吊り上げ、無意識にだろう片手を腰の剣に添えたカラウは、ここで僕が犯人の名を口にすれば、すぐさま部屋を飛び出して第二公子を切り殺しに行きそうな勢いだ。だが何の手順もなく公子を殺害すれば、カラウにも相当の処刑がなされることになる。それはエリーエンヌの望むことではないだろう。
「悪いが、今は教えられない」
「何故ですか!? シージス様はこのままエリーエンヌ様が殺されても構わないと……っ!?」
必死に言い募るカラウに、エリーエンヌへの想いの丈が見えて、つい苦笑いを浮かべてしまう。互いに真っ直ぐに相手を想うエリーエンヌとカラウに、ほんのわずかな憧憬が僕の胸を過る。だからこそ、利用できるものは何でも利用しようと考えてきた僕にしては珍しく、この二人が共にある未来を提示してやろうというのだ。
「だからエリーエンヌを連れて逃げろと言っている」
刺客がいつ動き出すか分からない以上、早急にことを進めよと命じる。
「そして、あの子が望むならば、ここに……公女に戻らなくてもいい」
カラウが共にいる限り、エリーエンヌはどこでだろうと生きていけるだろう。カラウが農民の出だと知って、このくらいできなければ嫁として認めてもらえないと、密かに庭師のところへ行き鍬や鎌の素振りをしていたことを知っている。カラウの服を自分で洗いたいと、こっそり持ち出したカラウのシャツを洗濯場の下女に混じって洗っていたこともある。カラウと一緒にいるためなら、どのような苦労も厭わない、あの子なら。
「……隣国貴族との結婚はどうされるのです……」
喉に痞えていたものをようやく吐き出すように、カラウが苦しげに問いかけてくる。まったく、そんなに気落ちするくらいなら、さっさとエリーエンヌを攫ってしまえばよかったものを。
「俺が無事大公位に就ければ、その辺はうまくまとめてやる。なに、国の不利になることはしない」
第二公子と正妃の罪を付き止め、正妃の家が取り潰されれば、その親戚筋もろとも共倒れだろう。そうでなくても、エリーエンヌの婚約者の素行の悪さの証拠は父上がご存命の間に集めておられたので、婚約解消など容易くできる。
そんな僕の言葉に、ようやくカラウは納得したようだった。決意を秘めた目で僕を見上げ、やがて深く頭を下げてから、早足で部屋を出て行った。
それから数日後、僕のもとにエリーエンヌが刺客に襲われ、助けに入ったカラウと共に城を抜け出したという報告が届いた。そして、エリーエンヌに付けていた密偵によると、森の中に追い込まれた二人は濃い霧の中に突っ込んで行ったかと思うと、忽然と姿を消してしまったのだという。霧が晴れても二人の姿はどこにもなく、エリーエンヌを追っていた刺客も彼女達を見失い、やがて諦めて戻って行ったとのことだった。
その後、二人の行方は依然として知れない。だがあの二人なら大丈夫だろうと、妙な確信が僕の中にはあった。
それに、僕には僕の戦いがある。本当はそれほど大公位が欲しいわけでは無かった。この城に特に未練もなく、逃げ出してどこかでひっそりと生きても構わないとも考えた。
それでも僕が大公位を得ようとしているのは、平民の子だということで僕を見下してきた貴族や、他の妃達、そしてその子らを見返してやりたいからかもしれない。平民の子であってもちゃんと国を治められるのだと、官や民に示したいのかもしれない。
何より、僕自身を顧みようとせず、最後まで僕を認めようとしなかった父に、父の国を乗っ取るという方法で復讐をしてやりたいのかもしれなかった。
金と陰謀の渦巻く城内にたった一人で取り残された僕にとって、ほんのわずかな時間でも感じられた家族というものは、僕に情といえるものを教えてくれた。それはことのほか暖かく、優しく、僕の心を支えてくれた。ふとした瞬間に君のことを思い出し、君達の起こした珍騒動に笑みが浮かぶ。
誰かの幸せを願うことを知った僕は、考えていたよりもきちんと国民のことを想って政を行っていけそうだ。
僕のたった一人の家族。僕の妹。君は今どこにいるのだろう。ちゃんとカラウと結ばれているだろうか。
君がどのような生き方を選んだとしても、君の幸せを僕は心から願っているよ。
これで二組目のお話は終わりです。ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました<(__)>