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月下の庭  作者: 行見 八雲
二組目:主と騎士
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はの2



 治療を終え、女神様は念のため“キュウキュウシャ”とやらを呼ぼうかと言って下さった。“キュウキュウシャ”が何かは分からなかったけれど、この状況からして怪我の治療を行ったりする医師か使用人なのかもしれない。だが、これ以上女神様にご面倒をおかけするのは心苦しく、必死にお断りさせて頂いた。もしカラウの容体が悪化すれば、“キュウキュウシャ”を呼ぶと言って下さった女神様に、感謝の気持ちで胸が詰まった。


 それから、女神様自ら作って下さったという食事を恐縮しながら頂き、自分がカラウの様子を見ているから寝ても構わないと寝具を用意して下さったのだが、そこまでお任せするわけにはいかないと必死に眠気を堪えた。しかし、結局眠ってしまったようで気が付いたら朝だった。申し訳ない気持ちでいっぱいのまま、食事の用意をされていた女神様に声をおかけしたが、女神様は特に不快に思われているご様子もなく、笑って食事の用意の手伝いをさせて下さった。


 この地にいて、女神様の用意して下さる食事を口にするだけで、カラウの傷もみるみると治り、体力も驚くほど回復していった。だが、体調が万全でない状況で外に出れば、また兄の追手に見つかり、今度こそ二人とも殺されてしまうかもしれない。そこで、カラウと相談して、傷が完全に治るまでもう二・三日ここに居させてほしいと女神様にお願いした。突然来訪しておきながらの厚かましい願いにも女神様は快く承諾して下さって、安堵と女神様の優しさに涙が浮かんだ。

 世界中の約九割の者が女神様を信仰する理由が良く分かった。これほどに暖かく慈悲深い神は他にいないだろう。


 この地上の誰よりも高貴な身の上でありながら、女神様は常にこちらを気遣い、丁寧に接して下さった。昨夜の夕食では、私とカラウと同じテーブルに付き、同じ鍋から食事をなさってくれた。普段ならば遥か高みにおられ、私などが同じ空気を吸うことも叶わないであろうお方が。 

 そのことの意味に気付いたのは、女神様の畑の草むしりを手伝いながら、私のカラウに対する想いを女神様にご相談させて頂いた時だった。


「いいですか。愛し合う二人の間には、身分など何の障害にもなりはしないのです。大事なのはお二人の覚悟ですよ」


 女神様のそのお言葉に込められた想いに気付いたとき、私は頭を横から強烈にはたかれたような衝撃を感じた。


――私は公女だから、護衛騎士であるカラウに対する想いなんて誰も認めてはくれない。きっと誰もが反対する。それに、公女として国のためになる男性と結婚することが、私に課せられた責務。


 そう考えて、誰にも相談することなく、カラウと共にあることを諦めていたけれど……。身分に拘っていたのはむしろ私だった。公女であるからと自らを縛って、何もせずに自分の想いから目を逸らそうとしていた。本当にカラウと一緒にいたいと願うなら、行動してみればよかったんだ。父にカラウへの想いを話せば、自分と同じだと笑って、力を貸してくれたかもしれない。シージス兄上に話せば、そうか、と分かってくれたかもしれない。母は……難しいかもしれないけれど、ゆっくりとでも説得して、認めてもらえばよかった。カラウにだって、もっと積極的に気持ちを伝えればよかったんだ。


 私は、ずっと昔からカラウのことが好きだった。幼い頃から男勝りで、公女としての教育よりも、剣を持ったり馬に乗ったり、政治の話を聞くのが楽しくて。そんな私に「もっと姫らしく……」と苦言を言う者は多かったけれど、カラウだけは私のすることを助け、褒めてくれた。周りが悲鳴を上げ逃げ出すような過激な悪戯をしたときも、カラウだけは笑って許してくれたし、泣き叫んで無茶な我が儘を言ったときも嫌な顔一つせずに叶えてくれた。そんなカラウに何度も励まされ、本当の私を分かってくれているのだと嬉しくなった。

 気が付けばカラウのことが頭から離れず、このままずっと傍にいてほしいと願うようになった。恋人として、夫として。


 “女神の地”ではなんでも自分でしなければならなかった。お風呂も食事の支度も。しかも、ここにある道具は全て見たことも無い便利なもので、ここ以外の村や町では、風呂も食事の支度ももっと大変なのだとカラウは言っていた。今までは全て誰かがやってくれていたから、私は何の苦労も知らずに済んだ。もしカラウと共に村や町で暮らすことになれば、想像以上の苦労をすることになるのだろう。

 それでも、戸惑うカラウの世話をしたのも、向かい合って食事をしたのも、同じような寝具を並べて寝たのも、どれも心から楽しかった。カラウとの距離がぐんと縮まったようで、必要以上に畏まられることもなくて、心が満たされる感じがした。これからもこんなふうにカラウといられたら……と、そう切に願ってしまうほどに。


 父もこんな気持ちだったのかもしれない。ふとそう思った。

 ただ愛した人と、心から安らげる人と共にいたい、と。一緒に食事をして、寝て、そうして互いに笑い合って過ごしていけたらと願ったのかもしれない。ただその相手が、たまたま平民の女性だっただけで。


 ああ、それはなんと不幸なことだろう。ただ身分が違う、それだけでどうして愛する人と引き離されなければならないのか。一緒にいることすら許されないのか。

 “愛し合う二人には、身分など何の障害にもなりはしない”女神様はそうおっしゃって下さった。それが女神様のお考えで、願いなのだろうか。身分などにこだわる人間を、嘆いておられたのだろうか。ならば私も、此度助けて頂いた御恩返しのために、そのお考えが少しずつでも広がっていくよう力を尽くしたいと思う。そして、女神様の望まれる世界の証こそが私とカラウなのだとしたら、ここへたどり着いたのも、また運命だったのかもしれない。


 女神様が背を押して下さったおかげで、カラウとも心を通わせることが出来た。その夜カラウと様々なことを話し合い、私達は宮殿には戻らずこのまま国外れの農村へ向かうことにした。けれども、いつか許されるならばシージス兄上が即位した暁には、面と向かって祝福の言葉を言わせて頂きたい。

 そして、父があなたを遠ざけた理由を話してあげたい。あなたに妃達の悪意が集中しないよう、妃達それぞれに子を産ませ、あなたを自分から離すことであなたを守ろうとしたことを。次の大公を指名しなかったのも、あなたに大公になるか、他の生き方をするかを選んで欲しかったから。すべては、あなたと寵妃様を愛するが故だったと。



 カラウの傷が完全に癒え、来た時と同じように真っ白な霧の中を駆けながら、私とカラウは決意に満ちた笑みを交わしあった。女神様に頂いた果実の木を、さあどこに植えようか。



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