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月下の庭  作者: 行見 八雲
二組目:主と騎士
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ろの1――騎士カラウ視点



 背中に焼けつくような痛みを感じた。けれど、この方だけは命に換えても守らなければならないと、ただひたすらに体を動かした。



 体が沈みこむようなふわふわした感覚に、僅かに香る花のような匂い。意識を取り戻したとき、そこは死者の楽園かと思った。しかし、頭に姫と共に逃げ出した時のことが蘇ると同時に、その記憶が途中で途切れていることに焦って、姫はどうなったのかと慌てて体を起こした。途端背中に走った痛みに思わず呻くと、その背を支えてくれた存在に気づき、私は全身から血の気が引く思いがした。まさか、姫まで……!!


 だが姫から話を聞き、二人とも生きているのだということが分かり、どっと体の力が抜けた。昨夜切られた背中の傷がぴりっと引きつったが、放っておけば命はないだろうと思われた傷が、ほとんど癒えていることに今更ながらひどく驚かされた。



 “女神の地”が存在することは分かっていた。近ごろそこに導かれ使命を携えて戻ってきた二人の人物は、今や世界に知らぬ者はいないとも言えるほどの有名人になっているからだ。


 一人はスローレイ国の現国王、クラウセルベート・ユト・ルーナ・スローレイ。


 彼はリッツ国との戦争の最前線から“女神の地”へと導かれ、その後戦争を終わらせるために王座を手に入れようと、国軍をまとめて王城へと攻め上がった。

 軍と国民は王太子を支持したが、いくら国王が寵妃に骨抜きにされているとはいえ、やはり王太子との権力の違いは明確で、貴族達は、王に付くものが五割、とっくに王を見放したものの王太子に付くほどの理由も見いだせず静観する者達が四割、そして王太子に付くものが一割と、王太子は極めて不利な状況にあった。また、仮にそのまま王を弑したとしても、その後王として認められることは難しいだろうと考えられた。


 しかし、それを覆したのが“女神の地”の存在だった。王太子がその地から持ち帰った聖箱と聖筒がこの世界に存在しうるものではなく、間違いなく“女神の地”のものであると聖女神教の総本山が認めたのだ。

 聖女神教の教えの中に、女神は世界を幸福と安寧に導くための使命を与えるために人の前に姿を現す、というものがある。すなわち、女神に出会い何かを託されたということは、女神がその者を認め、その行いを是としたのだということになる。


 このことから、まず世界中の約八割の者が信仰しているといわれる聖女神教が王太子を支持することになった。その上、王派や静観していた貴族達の中にも、当然敬虔なる聖女神教の信者がおり、女神の思し召しならばと王太子に付く者が続出する。形勢は一気に逆転し、王太子は遂に王とその寵妃を追いつめた。


 兵士に囲まれ、王太子の覚悟と国の現状、女神の意を理解した王は、大人しく王太子に王位を譲ることを決めたという。しかし、それに逆らったのは寵妃だった。彼女を拘束する兵士を掻い潜り、王太子の体を短剣の刃で貫いたのだ。

 誰もが呆然とし、また顔を青くする中、王太子は平然とその刃を受け止めていた。お守りにと腹の辺りの服の中に入れていた聖箱によって、短剣は跳ね返され、王太子の体には傷一つなかったという。

 女神が彼を守ったのだと、彼を称え支持する者は莫大に増えた。彼こそが女神に選ばれた真の王であると。


 その後、王と寵妃は国を荒廃させた罪で処刑され、クラウセルベート・ユト・ルーナ・スローレイは王となった。

 そして、現在、寵妃や貴族のために浪費されていた金をかき集め、農地の肥沃化のための肥料開発や、栄養の少ない土地でも育つ作物の改良などを行う機関に援助を行っているのだとか。今まで冷遇されていた農作業に関わる専門家達は一気にやる気を出し、画期的な肥料や作物の研究が進んでいるという。


 新王は自らが目にした“女神の地”のような豊かな国を造りたいと即位後の演説で話したらしい。彼の語る理想に多くの者が賛同し、スローレイ国は近年稀にみるほど活気づいているようだ。



 もう一人は、同じくスローレイ国との戦地で“女神の地”に呼ばれたリッツ国の将軍、テンヨウ・オルセサイザー。


 彼もまた、“女神の地”から戻った後国に戻り、戦争を終わらせるよう国王に詰め寄ったという。クラウセルベート王と同じ聖箱と聖筒を彼も女神から授かっていたことから、多くの者が彼の行動を支持し、王は軍を引き、スローレイ国と和平交渉を行うことを承諾した。


 その後、彼はいつか女神がこの国を訪れたとき見てほしいと、国内の遺跡や神殿の整備などに携わるようになった。そして国内から寄せられた情報の中から、国の外れの険しい山の麓に太古の遺跡があるという話を聞き、そこの視察に向かったところ、その山に莫大な埋蔵量が予測される貴重な鉱石の鉱床が見つかったのだ。その鉱石は世界的にも高値で取引されており、しかしその鉱石の採れる場所は極めて少なかった。

 それを機に国内の山を調べたところ、同様の鉱石や他にも珍しい宝石の原石なども多数見つかったそうだ。現在急ピッチで採掘が行なわれ、それらの鉱石等を他国へ売ることでリッツ国はお金を手に入れ、他国から農作物を輸入することが可能になってきている。


 リッツ国とスローレイ国の和平交渉の場で、クラウセルベート王とテンヨウ・オルセサイザー将軍は“女神の地”の後初めて顔を合わせたという。そして、互いにあつく握手を交わし、お互いの目指すところを即座に理解し、笑い合ったそうだ。



 “女神の地”に導かれた二人の英雄によって、スローレイ国もリッツ国も少しずつだが平和で穏やかな国に変わりつつあるという。やはり女神のお考えはこの世界の幸福と安寧なのだろう。

 では、ここに我々がたどり着いたのにも何か意味があるのだろうか。やはり、姫は国に戻り果たすべき役割があるのかもしれない。

 

 慈愛の篭った微笑みを浮かべたまま、見たこともない神秘的で上質な衣を身に纏って現れたその方に、俺は覚悟を決めた。



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