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月下の庭  作者: 行見 八雲
二組目:主と騎士
10/21

いの3



 ぐっと体を伸ばして立ち上がり、洗面所で顔を洗っていつものように着物に着替え、台所に立っていると、慌てた様子で美青年さんが起きてこられました。

 服は昨夜来ておられたのと同じ、学ランのような詰襟のカーキ色の丈夫そうなものでした。ただ襟口や袖に銀色の縁取りがされていたりとなかなかに素敵なデザインです。後頭部で一つにまとめられた赤みがかった金色の髪と相まって、凛と佇む姿はファンタジー映画で見た騎士のようです。昨日脱がせた大きな人の服も同じものでしたし……ペアルックですね。騎士と騎士、同僚同士の葛藤有り横やり有のドロ沼恋愛関係……ごっつぁんです!


 朝食の支度を手伝って下さるということで、とりあえず洗面所で顔を洗ってきてくださいと言いますと、おたおたしながら台所を出て行きました。見た目クールで他者を見下した冷笑が似合いそうな美青年ですのに、動きはどうにも可愛らしいです。何かと手馴れない様子がまるで小動物のようで、そのギャップに新たな萌を見出してしまいそうです。

 どうやら料理もしたことが無いということで、今回は食器を出してもらったり、私が料理するのを横で見てもらいつつ、鍋をかき混ぜる等の作業をお願いしてみました。そのたどたどしい手つきにどうにも庇護欲を誘われてしまいます。魔性の美青年め!

 

 食事の支度ができる頃、大きな人がどうやら目を覚ましたようです。慌てて体を起こし、痛みに呻いた後、背中を庇いつつもしきりに辺りを見回しておられました。その横で彼の体を支えていた美青年さんを見た時のその方の表情は、安堵に満ちていて、どうにも私の推理は間違っていないように思いました。駆け落ち説、依然濃厚です!


 私が台所に行っている間、お二人の間で何やら状況説明がなされたのでしょう。朝食を客間に持って行くと、大きな人に深々と頭を下げられました。それに続くように美青年さんにも。そして、大きな人がしっかり動けるようになるまで、もう二・三日ほどここに居させてほしいと必死な表情でお願いされました。

 いえ、怪我人を叩き出すほど非情でもありませんし、ゆっくり治療なさってくださいと言うと、ほっと二人そろって力んでいた体の力を抜いておられました。美青年さんはちょっと涙目になってます。お二人にとって、私はどのように見えているのでしょうか。何だか不安になります。


 その日の朝食は、美青年さんに大きな人の分をお任せして、私は台所のテーブルで食べました。美青年さんに、大きな人はまだ満足に体を動かせないでしょうから食べさせてあげてくださいね、とお願いしたのですが、こっそり客間を覗くと「いえ、自分で」と恐縮する大きな人と、「いいから動くな」と手ずから朝食を食べさせようとする美青年さんが見えました。

 ちょっと眉を吊り上げた怒ったふうで、でも頬は赤い美青年さんと、手持無沙汰に狼狽える大きな人。ああ微笑ましい。お二人の向こうに花畑が見えます。あっ、オヤブンさん、そこに映り込んではいけませんよ。


 さて、その後は私は畑仕事に向かい、美青年さんには大きな人のお世話をお願いしました。傷の様子を見たり、彼が望むならば体を拭いたりとすることはたくさんありますからね。私も傍で見ていたかったのですが、やはり傍に他人の気配があっては進められるものも進められませんしね。



 そのままお昼が過ぎ、夜になりました。

 今日のお夕飯はお鍋ですよ。やはりお鍋の方が手間がかからな……コホン、どこかぎこちないお二人の仲も深まるでしょうし。今日はどの料理も美青年さんが手伝って下さいましたが、元々器用な方なのでしょうね、ぐんぐん上達しております。

 以前と同じようにそれぞれにお玉を用意して、食材の説明をしながら好きなものを食べて頂くことにしました。


 そして、デザートに我が家の裏の畑で採れたみかんをお出ししました。お二人とも、お鍋の具材に散々驚かれておられましたが、このみかんにも目が釘付けでした。なんでも、このように刃物を使わずに素手で皮がむける果物を初めて食べられたそうです。その甘酸っぱいお味も好評でした。気に入って頂けて良かったです。

 それにしても、大きな人は普通に起きて客間の座卓でお食事をされていましたが、お体は大丈夫だったのでしょうか。丈夫なお体をお持ちなのですね。



 次の日は、お二人とも私の畑仕事を手伝って下さるということで、美青年さんには畑の草むしりを、大きな人には鍬を使って畑を耕すのをお願いしました。大きな人は一応怪我人ではありますが……まあ、ご無理はなさらないで下さいねとお伝えしましたので、大丈夫でしょう。男手があると、本当に助かりますよね。ふふふ。


 ただ、私と並んで草むしりをしていた美青年さんは、何やらお元気がありません。麗しい物憂げな表情で、悩ましい溜息を吐いておられます。ええ、ええ、言わずとも分かります。恋のお悩みですね。さあ、この私にどーんと話して御覧なさい!

 という気持ちを込めつつ、「どうかされたのですか?」と問いかけてみました。すると美青年さんはぱっと私を見上げた後、何かを迷うようにうろうろと視線を彷徨わせます。ですが、やがてぐっと唇を噛み締めてから私の方に体を向け、ぽつぽつと話し始められました。


 いわく、どうやらこの美青年さんは国ではかなり身分のある立場で、あの大きな人は美青年さんの護衛騎士であったそうなのです。でも彼はもとは農家の出なのだとか。どうりで、鍬の使い方が手馴れてらっしゃると思いました。それで、美青年さんは大きな人のことをずっと前から好きで――やっぱりね! ひゃっほーい!!――、でもお家の事情で勝手に決められた婚約者と結婚しなければならなくなったのだそうです。そんなところに、先日大きなお家騒動が起こり、美青年さんも命を狙われたので、大きな人が大怪我を負いつつも連れ出してくれたと。そして、追手から逃れてたどり着いたのが、我が家ってことですね。なう。

 大きな人は美青年さんを何とかして家に帰してあげたいと言っているそうですが、美青年さんとしてはそれよりも大きな人とどこかの農村でゆっくりと暮らしたいのだそうです。それを大きな人に告げても、「俺はあなたに相応しくない」と言って断られたのだと。それでどうすればいいのか悩んでらっしゃるようでした。


 こ、こ、こ、このヘタレがああぁぁぁ!!


 おおっと、思わず叫んでしまうところでした。ちなみにヘタレは大きな人のことですよ。こんっな美青年にここまで想われて、何が不満だコラァ! 根性入れ直してやるぁぁ!! はっ、昔の黒歴史が。


 しかし、大きな人を躊躇わせている事情とは何なのでしょうか。“俺はあなたに相応しくない”という言葉、でも彼の態度は明らかに美青年さんを大切に思っているようですし……。やはり男同士ということがネックになっているのかもしれませんね。世界的にも徐々に同性婚を認める国が増えてきたとはいえ、まだまだ冷たい同性同士の恋愛に対する社会的な目を恐れていらっしゃるのかもしれません。私なら常夏のようなギラギラと熱い目で見守りますが。それで、美青年さんの幸せを思って押し止めさせようと。

 それもまた愛でしょうね。素晴らしい葛藤です。大きな人には後で一言申し上げるとして、やはり美青年さんにもよりいっそう頑張って頂かなくてはなりませんね。是非とも二人で、その苦悩と逆境を乗り越えて行っていただきたい!


 私はそっと美青年さんに微笑んで、ポンと肩に手を置き、抜いた雑草をぐっと握りしめながら。


「いいですか。愛し合う二人の間には、国も身分も歳の差も、ましてや性別など何の障害にもなりはしないのです。大事なのはお二人の覚悟ですよ」


 そう言った私に、美青年さんは目を見開いたかと思うと、はっと何かに気付いたように目線を地面に落としました。そのまま何かを考え込まれているご様子でしたので、私は立ち上がり、近くにあったみかんの木から食べ頃のものを一つもぎ取りました。

 それを美青年さんの前に差し出し、「お二人で分けて食べてください」と言って手渡すと、離れた所で畑を耕している大きな人の方を示しました。

 みかんを手に取り、私とみかんとをしばらく交互に見ていた美青年さんは、やがて決意をしたように頷き、大きな人へ向かって駆けて行かれました。


 そして、しばらく二人で言い合いをしていたかと思うと、やがて大きな人が大きく肩を落としました。それから、鍬を横に置くとその場に跪き、美青年さんの手を持ち上げてその手のひらにキ、キ、キ、キスを!!!!!

 いやったあぁぁ! 生ボーイズラブのカップル誕生! まさに奇跡の瞬間が今! 今ここに!! しかしっ手元にカメラが無い以上、全てをこの目に焼き付けるしかない! 目覚めよ、そして今こそここに集え、我が記憶細胞!!


 ワッショイワッショイと脳内お祭り状態ではありましたが、しっかりと空気を読んだ私はそっと微笑んで、家の方へと向かいました。玄関をくぐる瞬間、分け合って一つのみかんを食べる二人の姿に、吐血しそうになりながら。



 次の日、すっかり元気になった大きな人と、晴れ晴れとした笑顔の美青年さんは、家の前で、荷物を両側に括り付けた馬の横に並んで立ち、「お世話になりました!」とそろって深々と頭を下げられました。顔を見合わせてはにかむように微笑み合う姿が……くふふふふ。

 私としましては、餞別にといくつかの非常食に傷薬と雨合羽、そしてみかんとこれから植える予定で祖母が用意していたみかんの苗木をお渡ししました。よほどみかんを気に入って下さったそうで、新居でも育ててみたいと言われましたので。頑張って愛の共同作業として育ててやって下さいね。


「名乗りもせず失礼いたしました。私の名は、エリーエンヌ・シェリス・ジストゲナージと申します。このご恩は決して忘れません!」


 大きな人と馬に二人乗りになり、キラキラの髪を風に靡かせた美青年さんが颯爽とした笑みでそう告げると、お二人は来られた方とは逆方向の林の中へと駆けて行かれました。



 …………うふふふ、分かってましたよ。実は美青年じゃなくて美女だってことは。気づかないわけないじゃないですか。いくら胸を潰してたって、声とか体形とか骨格とかでもろ分かりです。


 ただちょっとくらい、夢を見たかった だ け で す よ…………ふっ。



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