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【SS】時間共済

作者: しろみく
掲載日:2026/05/31

「竹山さん、よく頑張りましたね。予後良好です」

担当医は今まで見たことないような笑顔でそう言った。

「竹山さん、よく頑張りましたね。予後良好です」

担当医は今まで見たことないような笑顔でそう言ったが、言われた竹山はぼんやりと頷くだけだった。その後の説明もただただ相槌を打つだけであまり入って来なかった。

受付けで最後の支払いを済ませ久しぶりの帰路に着く。風が吹くとどこからか桜の花びらが舞ってきて、ころころと地面を転がって行く。すれ違う人は春の気配でどこか浮き足だっているように見える。

竹山は何となく家の近くの公園に寄りベンチに腰を下ろした。先程コンビニで買った菓子パンを食べ始める。

余命宣告されてから色々なことがあっという間に過ぎていった。独り身ゆえに特にこれと言って誰かに言い残すこともなく、逆に惜しまれることもなく、身辺整理もほどほどに入院となった。しかし竹山の病状は医師の懸命な治療により回復の兆しを見せ、まさに今奇跡の生還を遂げたのであった。

竹山は学校卒業後、定職には就けず有期契約社員として職を転々としてきた。だから来月は職がないかもという不安に常に付きまとわれてきた。もちろん今は無職だし、なけなしの貯金は治療代に全て消えて行った。そもそも死ぬ予定だったし手元にはもう何も残っていなかった。

(生きて何になるんだろう)

思えば受験も就職も失敗して、もう自分はどこからも否定されたくないと思っていた矢先の告知。終わりだと思っていたらこんなところで助かってしまうなんて。

走り回っている子供たちを眺めながらもやもやとそんなことを考えて過ごしていると、公園に一人のスーツ姿の男が入って来た。今時分こんな男が公園をうろついているのは珍しいなと思っていたら、その男は何かを探すように公園を見回した後、ふと竹山と目が合うと近づいて来た。

「竹山さん、どうもこんにちは。私は杉野と申します。全国時間共済の方から来ました」

杉野と名乗ったその男は名刺を差し出しながらそう言った。何で俺の名前を知っているんだろう。竹山の疑問をよそに男は話し始める。

「共済では今、新規会員さまを募集しております。今日は竹山さん、是非あなたに入会していただきたくて参りました」

「時間共済とは初めて聞きましたよ」

「はい。時間共済というのはですね、政府のバックアップを受け最近できたばかりの組織です。どういったものかと言いますと」

杉野が言うには、世の中には不慮の事故や突然の病にかかりながらもあともう少しだけ生きたいと言う人がいる。家族へ言い残したことがあったり会いたい人がいたり。そう言った会員にほんの少しだけ時間を譲る。そういった共済であるとのことだった。

「金は一切関わりません」

大事なことだ。杉野はそう置いてから続ける。「共済会員になること自体にあまり厳しい条件はありませんが、譲り譲られるには二人の状態が近しいものであることが絶対です。臓器のドナーみたいなものですね。命の延長を願う方は臨死の方が多いわけで、となると必然的に瀕死の状態の方、あるいはそれを経験された方がペアに選ばれるわけです。竹山さんは予後良好とのことですので、予後不良の方とのペアリングが可能です。

何故そんな厳しい条件があるかってそりゃあルールがなければ一部の金持ちが寿命を伸ばし続けることになりかねないからですね。でも我々が普通の臓器ドナーと違うのは、元本割れがないことが保証されてることです。先程も申しましたが政府の支援がありますので、譲った寿命分が減ることはありません。

「それはどう言うことです?」

まず時間を譲るとその分、時間提供者は人生をスキップすることになります。そのスキップ分は元々の寿命に加算されていきます。サッカーのロスタイムを想像してみて下さい。

また、それだけではありません。本当に寿命が来た時に共済会員のペアとなる方から時間を譲り受けることもできます。

考え方一つだと思いませんか?何故なら辛い今をスキップすればその先に幸せがあるかも知れないじゃないですか。私はあなたのことを医師の紹介で知りました。同意されたでしょう?

「そうだったかな」

医師の話をぼんやり聞いていたのだが、いつの間にかそう言う話をしていたらしい。

共済は完全な善意で成り立っているのです。どうです?入会されませんか?

なるほど……納得するようなしないような。しかし、生きていてもあまり意味がないような自分の時間でも良かったら譲ろう。誰かの役に立つ為に自分の人生を使って貰おう。竹山はそう思った。


共済会員になると早速連絡があった。事故にあい瀕死の状態の父に別れる為の時間を譲って欲しいと息子からの依頼である。

すぐに病院に行くと、竹山はある一室に通された。そこで時間を譲る書類にサインをし、用意されたベッドに横たわり最終確認がとられると、ふいに意識が遠のく。

目が覚めた時、竹山は駅の電子掲示板の前にいた。少し湿気を含んだスーツに鞄、雨傘を持っている。構内に激しい雨の音がこだましていた。

竹山はふと就職の面接に行くために駅に来ていたことを思い出した。電子掲示板に映された日付を見る。書類にサインした日から書面通り三日が経っていた。

時間を譲った家族はちゃんとお別れできたかな。

少し清々しい気分になっている自分に驚く。誰かの役に立ったという事実が竹山をほんの少し幸福にした。

(よし、頑張るか)

竹山は背筋を伸ばして駅の改札をくぐった。


次に連絡があった時、期間は少し長く二週間を打診された。竹山は再び快く時間を譲った。

そして目が覚めた時、竹山は自宅アパートの玄関前にいた。広告しか入らなかった郵便受けに丁寧な自筆の手紙が入っていた。それには時間提供先の家族から竹山への感謝が綴られていた。

時間を譲って良かったな。竹山は心からそう思った。


スキップした時間に自分がどうしていたか不思議と記憶がある。その間はおおよそ当たり障りなく過ごしている。もしかしてと心配していたが、仕事でとんでもない失敗をしていたり事故にあっていたりと言うことはまずなかった。


次に竹山に来た依頼は更に長く一ヶ月ほど。海外に住んでいる家族が臨終の間際に会いに来る、親孝行の為に少しだけ一緒に過ごしたいとのことだった。

そうして竹山は人生を譲り続けた。たまには断ってもいいんですよ。杉野は慌ててそう言ったが、竹山にとって時間共済は人生の役目の一つになっていた。


ある日ふと竹山が顔をあげると、カフェのテーブルの向こうに一人の初老の女性が座っていた。

「竹山さん、どうしましたか?」

「ああ…いえ何も…」

優しい目をした女性である。彼女は少し微笑んだ。

「お変わりありませんか? 心配ですよ。最近暑い日が続きますでしょう? 私たち若くはありませんから気をつけないと」

ああ、思い出した。彼女は私の実の妹だった。と言っても一緒に暮らしていた時期は覚えなく、幼い頃に離婚した両親にそれぞれ引き取られた。再会したのはつい最近で、連絡先をたまたま見つけた彼女からアプローチがあったのだ。

それは一年前のことだったが、竹山の人生は大きく変わっていた。竹山は人生において持つはずがないと思っていた家族と言うものを得たのである。最初は彼女の家庭に遠慮する竹山だったが、彼女の夫である義弟は何かと気を遣ってくれるし、何より彼女の孫がとても可愛く、竹山は節約生活をしては家族に何かと理由をつけて贈り物をするまでになっていた。

竹山は、ここに来て生きていることがありがたく思えるようになった。杉野の言った通りだ。生きてみれば意外と良いことがある。竹山は穏やかな時間を過ごしていた。ただ、時間共済に多くの時間を提出してきたせいか、最近は時が早く過ぎて行く。時々気怠さが残る日もあり老いを感じていた。それからしばらくは時間共済からの連絡もなかったので、提供者としての役目は終わったのだろうと竹山は思っていた。


ある日竹山は勤め先の健康診断を受けた。すぐに電話がかかって来る。電話先の声は切迫詰まっており、竹山は悪い知らせがあることを悟った。この感じは以前にも体験したことがあった。

「急性白血病です」

竹山と同じだけ歳をとったかつての担当医が再び重々しく告げる。

「寛解からもう何十年も経って……」

「再発ということになります」

医師の話によると、まだ初期段階ではあるが、かつてと同じようにすぐに入院し、治療を開始しなければならない。しかし希望もあった。あれから数十年経ち医学も進歩している。今回はより安全により確実な治療が受けられると医師は力強く言った。頑張って治療しましょうと。


治療のために入った無菌室はひたすらに白く、ビニールカーテンに覆われていた。

この光景を目の当たりにすると途端に元気が萎えて消えていった。あの辛さをまた味あわなければならないのか。息をするのにも苦しみながらひたすら静かに耐え横たわる日々がやって来る。以前はギリギリのところでドナーに会えたが、今回はどうだろう。駆けつけた妹は不適合で、以前のドナーは健康状態の問題で提供不可となった。

治療薬のせいで髪は瞬く間に抜け落ち、あっと言う間に痩せ細って行く。毎日が重く疲れ果てる。ドナーを待ってひたすらに耐えるしかないが、竹山はもうドナーは見つからないのではないかと思っていた。幸運は二度は続かないものだ。


ある夜、竹山は死期を悟って遺書を残そうと思い至った。最近はしくしくとした体中の痛みに苛まれまともに寝つけていなかった。病室の天井を見上げ、妹やその家族にまずは感謝の言葉、そしてできるだけ彼女らに負担は無いように身辺整理を進めて行こう。

(時間、足りるかな……)

自由の効かない体で果たして残された時間で全て終わらせることができるだろうか。あれこれ考えていると、ふと時間共済の杉野の言葉が思い浮かんだ。寿命が来た時に共済会員の誰かから時間を譲り受けることもできると確かそう言っていた。ならば少し時間を分けて貰えやしないだろうか?だが、もう一つ思い出したのは、ペアとなる提供者がいなければならないと言う言葉だった。今、自分に適合する人がいるかは分からない。分からないがダメ元で連絡してみよう。

翌日、医師の許可を得て携帯電話を震える手でやっと持つ。何度かコールしたが、杉野は電話に出なかった。共済の本部にもかけてみたが、ただいま混み合っていますとの機械音が流れるばかりで繋がらなかった。このわずかな動作さえ疲れてしまう。時間を開けてかけてみようとは思うが、がっかりしてベッドに沈み込み白い天井を見つめた。すると無菌室の向こうに気配を感じた。重い顔を傾けて見る。

そこには不安を隠せない妹と小学生くらいの子供がこちらを見つめて立っていた。姪孫だ。最後に会ったのは去年の秋ごろだったか。それからあまり経っていないが少し背も伸びて顔立ちも凛々しくなったように思う。子供の成長は一瞬だ。姪孫は目が合うと、慌てて担いでいたリュックからスケッチブックを取り出し、何かをペンで書き、病室の窓に貼り付けた。

「おじいちゃん頑張って!」

スケッチブックにそう大きく書かれていた。涙が出て来る。応えたいが、自分はもう時間をたくさん使ってしまった。だから残された時間は少ないのだ。

どうかあと少しだけ頑張りたい。祈るような気持ちで竹山は目を閉じた。


それからずいぶんと時間が経った。


「ずっと頑張って来られたのですね」

一般病棟に移ってから数日後、ようやく面会の許可が降りて、ベッドの脇で杉野が穏やかに微笑んだ。

「ご連絡行き違い申し訳ありませんでした。でも、間に合って本当に良かったですよ」

「ああ。家族の顔を見るとね、どうにも死ねなかったよ。あと少し頑張ろう。そうしたらドナーが見つかるんじゃないかって踏ん張り続けたんだ」

のろのろとベッドの上で体を起こしそうとする竹山にそのままで安静にされて下さいと杉野は頭を下げた。

竹山が無菌室に入った知らせを聞いて、杉野は奔走していた。時間共済の会員から時間提供者を探すだけでなく、本当の意味でのドナーも探してくれていたのだ。

「私は驚きましたよ竹山さん。まさか以前あなたが時間を譲った方のご家族に適合者がいたなんて……実際のところ多くがこうはいきません。だから私共の共済があるのです」

杉野は目を細めた。

「今回はきっとあなたの日頃の善意が報われたのでしょう」

竹山の体は再び寛解に向けて回復していっていた。無菌室に入ってからの日々は体力的に辛かったが、それでもこの年齢で長い時間を耐えられたのは、以前に竹山が時間を他人に譲ったからだったらしい。そのロスタイムの間に杉野が適合者を探し、今回の奇跡に繋がったのだ。竹山は改めて杉野に礼を言うと、廊下からにぎやかな子供の声とそれをたしなめる女性の声が聞こえてきた。ジュースを買いに行った姪孫が戻って来たのだ。

「では私はこれで。また何かあればご連絡下さい」

杉野は微笑んで頭を下げると部屋を出て行った。入れ違いで妹と姪孫が入って来る。一緒に病室の窓から穏やかな春の風がふわりと吹き込んで来た。

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