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2 熱砂の民

 「おやっさん!大変だよ!一大事だ!」


 今まさに鉄を打とうと槌を振り上げていた大男は、工房に飛び込んできた声に舌打ちした。


 「一体なんの騒ぎだ」


 おやっさんと呼ばれた髭面の大男がじろりと背後を睨みつける。知らない者なら震え上がってしまうほどの迫力だ。しかし息を切らした青年は、その眼光に怯むことなく叫んだ。


 「あ、アカガネが!アカガネの奴が女の子を連れて帰って来たんだ!!」


 「……あ?女の子?」


 「そう!全然知らない子だって!あのアカガネが、だよ!こうしちゃいられない、おーい!女将さん!大変だ!」


 そう言って、青年が来たときと同じようにドタドタと工房を出ていく。大男は天井を仰いで、


 「アカガネと……女の子、なぁ……?」


 と、怪訝そうに呟いた。



 ✽✽✽


 

 熱砂の民の居住地は大陸荒野の西端に位置し、大砂海に突き出したような形をしていた。知らない者には、地平線に突如として現れる鉄の塊のように見えるだろう。

 熱砂の民は大砂海を行く砂船(すなぶね)を多く所有し、港の役割も果たしている。大砂海に面し、造船施設まで持つこの居住地は、小さいが熱気に溢れていた。


 少女はアカガネに連れられて、熱砂の民の居住地に足を踏み入れた。


 「わぁ……凄い」


 巨大な鉄を組み合わせて作った柱がドーム状に居住区を覆っている。柱の合間にはロープが張られ、洗濯物が旗のように翻っていた。


 広場をぐるりと囲むように建物が並んでいる。モーターの音や怒鳴る男の声、広場を駆け回る子供たちの笑い声、機械の稼働音が渾然一体となって、居住地は賑やかだ。

 少女は好奇心に満ちた目で辺りを見回した。


 「すごいね、いつもこうなの?」


 前を歩くアカガネは少しだけ振り返ると、うんうんと頷いた。

 

 行く宛が無いと言った少女に、熱砂の民の居住地までの案内を申し出たのはアカガネだ。そこなら少なくとも安全だからという提案を少女はありがたく受けた。

 それにしてもアカガネという少年は無口だ。

 もしかすると余所者とはあまり喋らないように言われているのかもしれない、と少女が想像を巡らせていると、アカガネは立ち止まって近くの建物を指さした。


 「あの……ここ……」

 「?ここは?」

 「えと、とりあえず、家……」


 どうやらここはアカガネの家らしい。


 建物は店舗と家を兼ねているような造りだった。

 居間のような所に通された少女は、興味深そうにキョロキョロと辺りを見回している。

 

 しばらくすると、髭面の大男とふくよかな女性が部屋の中に入ってきた。


 「おお、アカガネ。帰ったか」

 「た、ただいま。親父さん、あの……」

 「知ってる。(やかま)しい奴が吹聴して回ってるからな」

 

 大男が視線を移すと、少女は二人の前に進み出た。


 「初めまして。私はヒカリと申します。先程アカガネ君とリンさんに助けてもらいました」


 はきはきとした言葉に、ふくよかな女性が微笑む。


 「しっかりした子だねぇ。私はラニエ、こっちは旦那のジン。強面(こわもて)なのは気にしないでおくれ」

 「おい、一言余計だぞ」


 ジンの苦情にも涼しい顔でラニエが続けた。


 「それともう知ってると思うけどアカガネに、あと一人喧しい子がいるよ。もうすぐ帰ってくると思うけど」

 「喧しい子……ですか?」

 「そう。丁度ヒカリちゃんと同じ位の歳だよ。それまでにお昼ご飯を作ろうか。一緒に食べるだろ?」

 「いいんですか?ありがとうございます!」


 和気あいあいと食事の準備を始めた女性たちの後ろで、ジンはアカガネにぼそりと問う。


 「……で、あの子は誰だ?」

 「いや、本当にわからなくて。でも大砂海でサンドワームに追われてたんだ」

 「はぁ?一人でか?」

 「うん」


 ジンは自前の黒髭を撫でると、物憂ものうげに呟いた。


 「……訳ありだな、こりゃ」



 ✽✽✽

 

 昼食の準備が整った頃、ばたばたとものおとが近づいてきたかと思うと、一人の少女が部屋に飛び込んできた。

 目にも鮮やかな金髪の少女は、目を丸くしているヒカリを見るなり歓声を上げた。


 「おお!本当に女の子なんですな!いや〜、アカガネ殿の噂は事実だったんですぞ!小生、実の所かなり疑っていたんですなぁ!」


 馴染みの無い奇妙な喋り方に、ヒカリは面食らった。

 世紀の大発見のように言って笑う少女を、アカガネは冷ややかに(たしな)める。


 「キララ。いいから席に着いて。リンは?」

 「兄上殿の工房におりますぞ。あっちでご飯を食べるみたいなんですな」


 途中までアカガネ達と共に居住地へ帰っていたリンは、気がつくといなくなっていた。どうやら他にも居場所があるらしい。

 驚いているのが自分だけだとわかって、ヒカリは冷静さを取り戻した。恐らくこの子が先程言われていた"喧しい子"なのだろう。


 砂エビにスープやチーズ類の並んだテーブルに座ると、質素だが量の多い昼食が始まった。会話の中心は自然とヒカリの事になる。


 「しかし、大砂海を一人で渡るなんて大した度胸だな。何か目的があるのかい」


 そう切り出したジンに、ヒカリはスプーンを置いて頷いた。


 「はい。カルセドの町まで行こうと思っています。どうしても会わなきゃいけない人がそこにいるんです」

 「そこまでして会いたい人がいるのかい?それってもしかして……」

 「家族ですよ。私の……父に伝えたい事があって」


 好奇心から身を乗り出したラニエにヒカリが苦笑いする。

 そうかいと引き下がったラニエだが、すぐに顔を曇らせた。


 「お父さんを探すのは立派だけどね、命を失ったら何にもならないんだよ。誰よりもそのお父さんが悲しむからね。あんな危険な砂漠を一人で越えて行くなんて、本当に無茶だよ」

 「……ありがとうございます。でも、すみません」

 

 項垂(うなだ)れても、ヒカリは砂漠越えを諦めないらしい。そこには揺らがぬ決意のようなものが見えた。


 「まぁ、俺らは止めようってんじゃないさ。ただアンタも見ただろう?大砂海は普通の砂漠じゃない、ありとあらゆるミュータントがうじゃうじゃしている」


 ミュータントとは変異した生物全般を指す。大砂海のミュータントは、サンドワームを筆頭に大小様々な個体が存在していた。当然、そこを歩く人間には容赦なく襲いかかる。


 ヒカリは顔を強張らせたが、ただ頷くだけだ。

 ジンが深いため息をつくと、キララは痺れを切らしたように立ち上がった。


 「困っている人がいるなら助ける、それが熱砂の民の掟なんですな。親父殿、ギルドの砂船があれば大砂海を超えるなんて余裕なんですぞ!」


 熱砂の民の居住地には、砂船の為の桟橋がいくつも並んでいる。それは、多くは熱砂の民のギルドが所有する砂船を停泊させておくものだった。

 ギルドに所属している者は、必要に応じて砂船を利用することができる。

 とは言え、砂船を動かすには多くの人手が必要になる。必然的にギルドの中でも上位の者にしか利用許可は与えられなかった。


 キララの言うように、申請次第では砂船が使えるかもしれない。

 ジンは困った時の癖で髭を撫でながら、天井を睨みつける。


 「いえ、大丈夫です!お昼ご飯をご馳走になった上、こんなに心配して頂いて……!砂漠越えが難しいのはわかりましたし、何か別の方法を探します」

 「そんな事言っても、カルセドの町なんてすぐ行ける距離じゃないんですな。高性能な砂船でも数日かかる距離なんですぞ。ましてや徒歩なんて、熱砂の民のベテランギルド員でも難しいんですな」


 キララの言葉にアカガネも小さく頷く。そもそもヒカリがあの大砂海を渡って来た事すら奇跡に近い。普通の人間なら数日も経たない内に行き倒れていただろう。


 ふとアカガネは心に引っかかりを覚えた。彼女はどこから来たのだろう?

 アカガネが知る限り、ヒカリがやって来た方角に集落らしいものは無いはずだ。だからこそ、いるはずの無い人影を地平に見つけた時は心の底から驚いたのだが。


 考え込んでいたアカガネの隣で、ジンは何かを決めたように「よし、」と呟いた。


 「ちょっと確認させてくれ。ヒカリさん、アンタの父親はカルセドにいる。ちなみに連絡はとれるのか?」


 ヒカリは黙って首を横に振る。


 「カルセドにいる確証も無いんです。ただ、そこにいるかもしれないとだけ」

 「なら本格的に宛のない旅なんだな。で、その会いたい理由は直接言いたいことがあると」

 「……はい」


 どこか緊張しているようなヒカリの答えに、ジンは小さく唸った。


 「それなら方法がある。アンタ、熱砂の民のギルド員になれ」


 一瞬の間の後、ラニエとキララが同時に声をあげた。


 「あのねぇ……いきなりにもほどがあるよ」

 「そうなんですな、親父殿はいつも説明を省きすぎなんですぞ!確かにギルド員になれば砂船が使えるとは言ったんですな。でも、すぐになれるものじゃないんですぞ。兄上殿だってギルド試験に受かる為に何年も修行してたんですな」


 当の本人であるヒカリは話について行けず、キョトンとしている。


 「ええと……その、本当に私がここのギルド員?になれば、砂船って使えるんですか?」

 「マスターの許可が必要になるが、申請自体はギルド員なら誰でもできる。まぁ俺がギルドマスターだからそこら辺はどうにでもなるさ」

 「えっ?ジンさんがギルドマスターなんですか?」


 ラニエが思わず笑いを堪えた。


 「そうは見えないだろ?本人はあんまり乗り気じゃないんだよ。マスターなんでガラじゃないとか」

 「うるせぇ。それで話を戻すが、試験を受けて合格すれば、とりあえずギルドの一員として認められる。そうすりゃ周りの奴も文句は言えねぇ」

 

 一応、ギルドとしての体裁を整える為の試験らしい。でも、とヒカリは戸惑ったようにラニエとジンの顔を交互に見た。


 「申し出はありがたいんですけど……。私にはあまり時間がありません。父がカルセドから移動するかもしれないし、試験合格まで何年もこちらに留まるのも……」


 キララの言葉を思い出しながら、ヒカリが言い淀む。


 「そりゃ、一人で試験を受けりゃ何年もかかるだろうな。だけど丁度いい事に、まだギルド員になってない年頃の奴がウチに二人ほどいるんだ。三人がかりならあっという間だろ。なぁ、アカガネ?キララ?」

 「……えっ?」


 今までどこか他人事のように聞き流していたアカガネは、唐突に名前を呼ばれて狼狽(うろた)えた。

 確かにアカガネとキララはまだギルドの一員になっていない。希望していればいずれはギルド員になれるだろうと楽観視していたが、まさか今とは。

 慌てるアカガネとは対照的に、キララが歓声を上げた。


 「おお!さすが親父殿!合理的で素晴らしいアイディアなんですな!」

 「あの、私は嬉しいんですが、本当にいいんですか?なんだか私の希望を聞いてもらってばっかりで」

 「何も悪く思うことはねぇよ、俺にとっても渡りに船なんだ。なんせ二人分の試験を考えるのも手間だったしな」


 どうやら試験問題はギルドマスター本人が考えるものらしい。本来はアカガネとキララには別々の試験が課されるところを、今回は特別にまとめて行うのだと言う。

 手間が省けたと喜ぶジンに、ラニエは冷ややかな視線を送った。


 「悪知恵だけは働くんだから。でもまぁ、熱砂の民のギルドは他所の人でも入れるからね。それに、規則なんてあって無いようなものだから、資格は持っておいて損は無いよ」


 ラニエの後押しに、ヒカリもようやく安堵の笑みを見せた。


 「出会ったばかりなのに、親切にして頂いてありがとうございます。頑張りますね」

 「うんうん、小生達も嬉しいんですな!三人でやれば大抵の事はできますぞ!……アカガネ殿?」

 「……あ、うん。俺もできる事はするから……」


 まだどこかぎこちないアカガネに、ジンは呆れた顔をする。


 「あのなぁ、これはお前の試験でもあるんだぞ?とにかく明日までに内容を考えておくからな」


 ジンからの通告に、アカガネは戸惑いながらも頷いた。それを機にラニエも立ち上がる。


 「さて、それじゃお昼ご飯の後片付けをしようかね。ヒカリちゃん、今日はウチに泊まるだろ?」

 「えっ……いえ、宿屋があれば私はそこで……」

 「ああ、ダメダメ。わざわざお金使うことは無いよ。キララ、あんたの部屋は空いてるだろ?」

 

 途端にキララが視線を泳がせる。


 「あ〜……き、機械類を片付ければ、ちょっとは空いてる……と思いますぞ……」

 「じゃあ早く掃除してきな。その間に片づけと買い出ししてくるから」


 女性達はそれぞれに喋りながら部屋を出ていく。

 がらんとした居間に残されたアカガネは、嵐が去った様な静けさに疲労感を覚えていた。

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