1 出会い
地平線からの風を受けて、一人の少年が目を細めていた。見渡す限りの砂と空に二分された世界を、身動きもせずじっと見つめている。
ふあ、と退屈そうにあくびをしたのは、岩の下で控えていたオオサバクギツネのリンだ。少年の座る岩の日陰に身を横たえ、退屈そうに鼻を鳴らしている。
「リン、もうちょっとで帰るから」
少年──アカガネは陽の高さを確認しながらリンに声をかけた。熱砂のギルドから依頼を受けたのが数時間前。領地の目印となっている岩から異変がないかどうか外砂海を見張るという仕事だ。
太陽が中天にかかる時刻の見張りは人気が無かった。外敵がここまで来ることは滅多に無いし、そもそも暑すぎるというのが主な理由だ。それでもアカガネは、今まで一度も仕事の手を抜いたことはない。
生真面目な仕事に付き合わされていたリンが顔を上げたのは、アカガネがそろそろ帰ろうとしている時だった。
オオサバクギツネの大きな耳がピンと立った。
砂の海を渡って来る風の中に、いつもと違う予兆を感じ取ったリンが地平線を睨みつけ始めると、漸くアカガネもその異変に気が付いた。
「……なんか、変だ」
なんだろう?と手で陽を遮りながらあちこちの方角を確認する。
遮蔽物一つない砂の海は、先ほどまでと同じく何の変化もみられない。
と、アカガネはある一点に目を凝らした。遥か遠くで砂煙が上がっている。
「リン!」
アカガネが呼ぶと、リンはその巨体をさっとかがめてアカガネを乗せた。そのまま砂煙の方向に、風のように駆け出していく。
オオサバクギヅネの巨体であれば、人ひとり背中に乗せて走る事など造作も無い。リンはあっという間に砂煙へ近づいた。
間近で見ると、砂は空高くまで吹き上がっては移動している。上下に蛇行するその生物に並走しながら、アカガネは驚きの声を漏らした。
「サンドワーム!?なんでここに……」
リンとアカガネには目もくれず、サンドワームは芋虫の様な体をくねらせながら何かを追っている。この辺では滅多に見ないほどの大きさだ。
ふと視線を前に向けると、黒い点の様なものが見えた。まさか、とアカガネは息を呑む。
人だ。誰かが走っている。
まだ距離はあるが、サンドワームの速さならいずれ追いつかれるのは目に見えていた。
「リン!」
リンは何かを察したかのようにスピードを上げ、サンドワームを追い越す。よろめきながら走る人影に向かって、アカガネは声を張り上げた。
「左に向かって走って!」
一見するとわかりにくいものの、左手はただの砂地ではなく薄い岩盤に覆われている。サンドワームは岩場と人の気配を嫌う。砂の上を逃げ続けるより遥かにマシだ。
人影が進路を左へと変える。後はサンドワームの足を止めれば。
アカガネは背中に背負っていた特製のショットガンを手に取った。
少々砂が入ってもビクともしない、ポンプアクションのソードオフだ。射程距離は短いが、サンドワームの気を引くには十分だろう。
サンドワームに向けて引き金を引くと、凄まじい音が響き、反動でリンがよろめく。だが、分厚い殻で覆われた表面には傷一つついていない。それでもサンドワームは、音の出処を探るようにその足を止めた。
アカガネがすかさず、腰につけていたポーチから杭を取り出して砂へ突き刺す。機械的なピ、ピ、と言う音を数回立てた後、杭は不規則な振動を砂中へ送り始めた。
ズ、ズ、と砂中が震えている。
効果はてき面だった。明らかに振動から距離を取ろうと身悶え始めたのだ。
やがてその巨体を翻して、サンドワームは砂中へ消えていった。
杭が効かなかった場合の事を考えて構えていたアカガネは、サンドワームが遠ざかっていく気配にほっとして銃を下ろした。
「なんとかなった、みたい」
他のミュータントなら何度か相対した事がある。しかし砂海の主とも呼ばれるサンドワームにあれほど迫ったことは無い。
無事で良かったと胸を撫で下ろしたアカガネは、逃げていた人影を思い出して振り返った。
人影は砂の上で呆然と座り込んでいる。
「大丈夫?」
歩み寄ったアカガネが、違和感を感じて立ち止まる。
人影はその黒いフードを下ろし、菫色の瞳でアカガネを真っ直ぐ見据える。
「……助かっちゃった!ありがとう」
そう言って、少女は笑った。




