プロローグ
長い長い階段を、男は後ろ髪引かれる思いで上がる。電気が途絶えた研究所は暗く、非常口の明かりだけが頼りなく灯っていた。
ここは数日前まで、世界でも有数の技術開発企業だった。理工学、遺伝子学、そして宇宙開発技術まで、ありとあらゆる最先端が集っていた。
だが国が誇る地下施設も、今や廃墟のような有様だ。
科学者達は逃げ出し、電力は途絶え、価値の無くなった資料だけが亡霊の様にあちこちに散らばっている。
男は思った。
俺はたった今、宝物をこんな薄暗い穴の中に置いてきちまった。
「ごめんなぁ……本当に、ごめん。お前に何もしてやれなかった……」
非常灯に導かれて通路を進む男の頬に涙が伝う。
どこで何を間違ったのだろうか。これは果たして罪なんだろうか。
愛する存在に生きていて欲しいと願うささやかな欲望でさえ、あの星は許してくれないのだろうか。
男は分厚い研究所のドアを開け、がらんとした駐車場に出た。
電子機器がほとんど使えない今、時刻がわかるものは空の明るさだけだったが、その空は不気味な白い光で満ちていた。青空ではない。のっぺりとした白い壁が一面を覆うような異様な光景だ。
車を走らせ始めると、不気味さはより一層強さを増した。
眼前に巨大な隕石が迫っていた。
星が堕ちてくる。
大切なものを奪われ、怒り狂った銀色の星が。生きている隕石が。罪深い人間めがけて堕ちてくる。
男はハンドルを握りしめながら後ろに遠ざかった研究所を振り返る。
その時、助手席に置いておいたスマートフォンが鳴り響いた。
電子機器はほとんど使えなくなっていたはずだが、奇跡的に繋がったらしい。
通話ボタンを押すと、切れ切れに声が聞こえてきた。
『お前…………こに……贖罪を、……………ーゴ、聞いてるか、早く避難所に…………』
声はすぐにノイズに替わり、やがてぷつりと切れた。
きっと親友は今でも避難所で人々を救おうとしているだろう。だが俺はもう間に合わない。
坂道を登り切り、開けた場所に出た時、ついに白光が爆発した。
男は銀色の隕石から飛来した槍のような破片が、あらゆる場所に降り注ぐのを見た。そしてそれが男の見た最期の光景になった。




