昼下がりの問題
新学期が始まって一週間。
息が詰まるほど、毎日がせわしない。
宿題は積み上がり、先生の板書は消えたそばからまた埋まる。
昼休みだけが、唯一の小さな逃げ場だった。
昼休みの教室はいつもより静かだ。
多くは校庭へ出て行き、教室に残った生徒は、机に伏して眠る者、黙って宿題を進める者。
半開きの窓から風が入り、粉筆のにおいをかすかに運んでくる。
李方苒は眠らず、数学の宿題に向かっていた。
ペン先は止まっては走り、また一行書いては消す。
机の角には白く擦り減った消しゴムのかすが小さく山になっている。
顔つきを見ればわかる――その一問に、もう長く足を取られているのだ。
趙翰文は、最初は腕枕で目を閉じて休んでいた。
けれど、彼女のペン先が紙を突く音が規則的に耳を打ち、思わず薄く目を開く。
眉を寄せ、真剣そのものの横顔。
同じ箇所を突き続けられた紙は、今にも破れそうだった。
彼はもう一度目を閉じ、自分に言い聞かせる。
――余計なことはするな。
だが、しばらくして彼女のため息がこぼれた。
ごく軽いため息なのに、不思議と耳に真っ直ぐ刺さる。
横目で彼女を見る。
まだ書いている。頑ななほどの集中。
彼は逡巡した。胸の内で、小さな綱引きが始まる。
「助けるべきか?」
「いや、彼女は頼んでない。」
「急に話しかけたら変じゃないか?」
「やめとけ、お節介だと思われる。」
横を向き、再び伏せる。
……が、次の瞬間、上体を起こしていた。
「……はぁ。」自分でもわかるくらい、不器用なため息が漏れる。
「その……詰まってる?」
李方苒は顔を上げ、予想外だったというように瞬きをした。
「え? うん……ちょっと。」
「見る?」
言ってから、彼は少し後悔した――声が唐突すぎた。
できるだけ“ついで”みたいに聞こえるよう努める。
「じゃあ、お願い。」
彼女はそっとノートを彼の方に押す。
邪魔をしたくない、そんな遠慮が指先に出ていた。
趙翰文はノートを受け取り、しばし目を落とす。
気取らずにいようとするが、握るペンに無意識の力が入り、指の関節が白くなる。
「うん……実は、考え方は単純。」
そこで言葉が途切れる。どこから話せばいいのか、一瞬迷う。
李方苒は静かに彼を見る。
少しの信頼が混じるその視線が、彼を余計に緊張させた。
「つまり……最初を別の形に直す。」
「直さないと、最後まで届かない。」
彼は紙に二行ほど書き添え、低い声で続ける。
「ここが要。」
「うん。」
彼女は身を寄せ、書かれた手順をのぞき込む。距離が近づき、
二人の手が触れそうになって、彼女は反射的に少し身を引いた。
空気の温度が、言葉にしにくい張りを帯びる。
「わかった?」
「たぶん。」
「もう一度、自分で。」
李方苒はゆっくりとペンを取り、手順をなぞる。
趙翰文は隣で見守り、呼吸がいつもより浅い。
途中で彼女の手が止まると、彼は思わず口を開いた。
「この式、抱えたまま。」
「……うん。」彼女は言われた通りに直す。
書き終えたその行を、二人同時に覗き込む。
机の上に陽が敷かれ、二人の影がほとんど重なった。
「合ってる。」彼が静かに言う。
「本当?」
「うん。これでいい。」
彼女はふっと笑い、目がわずかに明るくなる。
彼は顔を伏せ、口元の小さな弧を隠した。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
――“簡単だよ”と言いかけて、飲み込む。
再び伏せたときも、心拍はまだ早い。
理由は分からない。
ただ、いまの数分が、授業よりもずっと落ち着かなかった。
李方苒は続きを書き始めた。
だが半分ほどで、またペンが止まる。
今度は解けないからじゃない。胸の内が少し騒がしいのだ。
こっそり彼を見る。
彼はもう一度腕に顔を預け、目を閉じている。
一秒だけ見て、またうつむく。
笑うべきじゃないのに、口元がわずかにゆるんだ。
その瞬間、午後の陽はちょうどよく、風はやわらかかった。
すべてが何でもない、いつもの昼休み――
けれど二人は、心のどこかに刻みつけた。
あの一問の解き方と、あのときの、少し落ち着かない温度を。




