模試
軍訓は全部で七日間。
最終日、ようやく空は曇り、風に少し涼しさが混じった。
焼けるようだった校庭の地面も、もう足を刺すほど熱くない。
皆すっかり日に焼け、声も枯れていた。
最後の整列で、教官が言った。
「この一週間で、お前たちはやっと“ひとつの集団”になった。」
拍手は大きくなかったが、揃って響いた。
李方苒は列の中で、
あの長い孤独がこの数日で少しずつ薄れていくのを感じていた。
ときどき周りの笑いに混ざって笑い、
短い会話もできるようになった。
そしてこの七日間、万依琳はずっと彼女を気にかけてくれた。
集合でも食事でも、いつも「行こ」と一言声をかけてくれる。
それは深い友情というより、自然な優しさ。
けれどその何気ない気遣いが、彼女を取り残さずにいてくれた。
陳雅桐も時々声をかけてきた。
冗談半分の言葉や、すれ違いざまの挨拶。
でもその短い近さは、すぐにどこかへ消えてしまう。
彼女が言葉を返そうとする頃には、もう陳雅桐は別の友達と笑っている。
――軽く通り過ぎられることの方が、冷たい言葉よりも痛い。
趙翰文は相変わらず寡黙だった。
軍訓が終わって教室に戻っても、会話は「大丈夫?」「うん、平気。」程度。
彼は誰にも積極的に近づかないが、冷たいわけじゃない。
李方苒には分かっていた――彼も自分と同じで、不器用なのだ。
孫静沢はいつも中心にいた。
わずか七日で、ほとんどのクラスメイトと笑い合えるようになった。
水を取ってあげたり、帽子を拾ったり、
その気さくさに教官も担任も目を細める。
とくに万依琳と陳雅桐――二人の明るい女子とはよく話していて、
彼らの笑い声が周囲の空気まで明るくした。
軍訓が終わるとすぐに通知が出た。
「翌朝の自習時間に、学力診断テストを行う。」
その日の教室は、いつもより静かだった。
窓の隙間から風が入り、ページの音がかすかに重なっていく。
皆が頭を垂れ、鉛筆が紙を擦る音が乾いたリズムを刻む。
空気が少し張りつめていた。
陳雅桐がペンを回しながら、ふと声を上げた。
「ねぇ、孫静沢って勉強できるタイプ?」
「まあね。小学校はいつもトップ3。」と彼は少し誇らしげに笑った。
「じゃ、頼りにしてるよ〜」陳雅桐が冗談めかして言う。
孫静沢はペンを置き、真顔で答えた。
「いや、冗談でもダメ。試験中にズルしたら終わる。」
一瞬、空気が止まった。
陳雅桐の笑みがわずかに固まる。
「……真面目すぎ。ノリ悪〜」と小さくつぶやく。
「本気だって。」彼は笑った。
そのやり取りに気まずさが残り、
彼女は視線を前に投げた。
「方苒、あんた勉強できる?」
「普通……かな。」
「そっちは?」と今度は趙翰文に。
彼は顔を上げずに、「まあまあ。」
「じゃ、試験のときちょっと横に置いてくれない?一瞬見るだけ。」
陳雅桐は軽く笑った。
李方苒は手を止めた。
「それは……」と言いかけた瞬間――
「やめとけ。」
趙翰文の声が割って入った。
落ち着いた声だが、冷静で強い。
「監督厳しいぞ。見つかったら処分だ。」
陳雅桐は白い目を向け、小さく何かをつぶやいた。
李方苒には「正義ぶってる」と「装正経」くらいしか聞き取れなかった。
けれど不思議と胸の奥が軽くなった。
まるで誰かに静かに助けられたみたいに。
テストが始まる。
問題は難しくないが、びっしり詰まっている。
教室には鉛筆の音だけが響く。
監督の足音が規則的に床を叩く。
李方苒は、後ろから視線を感じた。
肩が自然と固くなる。
振り向けず、答え用紙をそっと覆った。
隣の趙翰文は、迷いのない速さで書き進めている。
監督が彼らの列の前に立ち、
数秒だけ目を止め、それから離れた。
その直後、背後で紙の擦れる音がした。
誰かがカンニングしているような音。
だが監督が歩み寄ると、音はすぐに消えた。
教室全体が、一本の糸のように張りつめた。
二日後、結果が掲示された。
白い紙に黒い文字――誰の順位も一目瞭然。
李方苒は息をのんで名簿をたどる。
――十二位。
思わず目を見開いた。
「後ろの方じゃなければいい」と思っていたのに、十五位以内。
けれど、計算ミスした問題を思い出して悔しくなる。
「あと数点あれば前十いけたのに……」
それでも心の中で小さく喜んだ。
同時に、隣の名前を探す――
趙翰文、一位。
意外だった。
控えめな彼が、こんなに強いとは。
李方苒の胸に、尊敬の気持ちが芽生えた。
万依琳は四位。
「努力家っぽいし、納得。」
そして彼女は思った。
――顔もきれいで、性格も優しくて、勉強までできる。まるで小説のヒロインみたい。
自然と笑みがこぼれた。
本気で嬉しかった。
孫静沢は成績表を見ながら声を上げた。
「お、七位!悪くないじゃん!」
「もうすぐ学年トップやな〜」と誰かがからかう。
「次は前五だな!」彼は得意げに笑う。
陳雅桐は笑えなかった。
掲示板に映る自分の三十八位の数字。
クラス五十二人中――下の方だ。
胸の奥が重くなった。
できなかったわけじゃない。ただ、誰も“見せて”くれなかった。
前に立つ李方苒と、机に伏せる趙翰文をちらりと見て、何も言わずに顔をそらした。
放課前のホームルーム。
先生が成績表を持って入ってきた。
「今回の模試、全体的に良かった。学年平均でも三位。」
拍手が広がる。
「そして、うちのクラスのトップ――趙翰文。
成績が非常に優秀です。ひとことお願いします。」
拍手。
彼は立ち上がり、少し照れくさそうに言った。
「授業ちゃんと聞いて、宿題ためないで、復習を早めに……それだけです。」
そしてすぐ座った。
李方苒は彼を見つめながら、胸の奥が温かくなった。
彼の視線は少し落ち着かず、
その不器用な姿に、どこか自分を重ねた。
思わず笑みがこぼれる。
――少しだけ、彼のそばにいたくなった。
先生が名前を読み上げる。
「四位、万依琳。五位、杜景晨。六位、呉晴晴。七位、孫静沢……」
杜景晨は顔を変えずに座っていたが、
内心ではガッツポーズをしていた。
特に孫静沢を抜いたことが、妙な快感だった。
彼は心の中で、上位の名前をそっと刻む。
――万依琳、そして趙翰文。
「まさか彼女が俺より上とは……」
その瞬間、負けず嫌いの火がついた。
「次は絶対、追い越してやる。」
「趙翰文……軍訓中は地味だったけど、隠れたタイプか。なら、まずは彼を目標にしよう。」
放課後、夕陽が傾き、教室は橙色に染まっていた。
廊下には靴音が反響する。
李方苒は鞄を片付けながら、
ふと隣を見ると、趙翰文もプリントをまとめていた。
二人、同時に顔を上げ、同時に目を逸らす。
数秒の沈黙。
彼女が小さく言った。
「……すごいね。」
「君も良かったよ。」彼が穏やかに返す。
その瞬間、窓の外から風が吹き込んだ。
薄いプリントがふわりと浮き、静かに落ちる。
誰も、次の言葉を探さなかった。




