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図書館の錯覚

学校の図書館はそれほど大きくない。

蔵書も多くはないが、静かで、光がよく入る。

放課後に自習するには、これ以上ない場所だった。


万依琳ワン・イーリンは時々ここに来る。

けれど、ほとんどの日は放課後すぐに家へ帰っていた。

だが今日は宿題が多く、少しでも進めてから帰りたかった。


彼女が入ったとき、図書館にはまだ人が少なかった。

窓際の席に座り、ノートと宿題帳を取り出す。

背筋を伸ばし、いつものように姿勢を正した。


この静けさが好きだった。

誰も話さず、誰も見てこない。

クラスメイトもほとんどここには来ない。

その隔絶された空気が、彼女にとっての「安心」だった。


——だが、思ってもみなかった。

数分もしないうちに、向かいの椅子が引かれる音がした。


顔を上げると、杜景晨ドゥ・ジンチェンが立っていた。

その瞬間、空気が止まったように感じた。


彼は、同じグループで一度だけ屋台街に行った“友達”——

けれど特別に親しいわけではない。

廊下ですれ違えば軽く会釈する程度。


だが、最近流れたあの噂。

「彼女、孫静澤スン・ジンゼと仲がいいらしい」

「好きなんじゃない?」

——それ以来、万依琳は自分の行動に慎重になっていた。


もう、余計なことを言われたくない。

誤解されたくもない。


彼女は再び視線をノートに落とし、文字を書く手に力を込めた。

ペン先が紙を擦る音が、いつもより強い。


自然に振る舞おうとすればするほど、不自然になる。

それでもなぜか、何度か顔を上げてしまった。


杜景晨の机の上は整然としていた。

ノートはまっすぐ、ペンもきちんと並んでいる。

姿勢は少し硬く、たまに軽く咳をする。


——彼は、ただ近くに座っただけ。

たぶん、私のことなんて気にしてない。


そう思いながらも、顔を上げるたびに、

彼女の視線はきれいに相手の視線とぶつかっていた。


杜景晨も、最初から彼女に気づいていた。

彼も今日、静かな場所で宿題を片づけようとしていた。

席を探して顔を上げたとき、そこに彼女がいた。


一瞬、迷った。

周りの空席には、他クラスの知らない生徒ばかり。

その小さなためらいが、彼に理由を与えた。

——ここに座っても、変じゃない。


彼はゆっくり椅子を引き、彼女の斜め前に座った。


万依琳がノートに向かう姿を、そっと見つめた。

光の粒が髪に落ちて、淡く輝いていた。

その手元の動きがやけに静かで、丁寧で。


目を逸らそうと下を向いたとき、

彼女がふと顔を上げた。

目が合った。

次の瞬間、彼女は慌てて視線を落とし、ペンをくるりと回した。


その小さな仕草に、杜景晨の胸がかすかに跳ねた。


——今の、偶然?

それとも、俺のことを見てた?


思考が散り、文字が頭に入らない。

宿題の途中で、何度も心が逸れていった。


しばらくして、彼はようやく意を決した。


「……やあ。」

声はかすかで、図書館の空気に溶けた。


万依琳が顔を上げる。

一瞬だけ驚き、それから小さく笑った。

「……あなたもここにいたのね。」


その声は穏やかで、けれどどこか距離を取っていた。

言い終えると、すぐにまた下を向いた。


その笑みは、ほんの一秒だけ。


彼女は冷たくしたかったわけじゃない。

でも誰かに見られて、

「二人が一緒に勉強してた」なんて言われたくなかった。


余計な噂にもう巻き込まれたくなかった。


だから、もう顔を上げなかった。

最後の問題を急いで終わらせ、ノートを閉じ、

ペンを片づけると、立ち上がった。


「じゃあね。」

そう言って、静かに微笑んだ。


杜景晨はその背中を目で追った。

本棚の影に消えるまで。


——嫌われたのかな。

なぜ、そんなに急いで行くんだろう。

……いや、きっと宿題が終わっただけだ。


彼は空いた椅子を見つめたまま、動けなかった。


彼女が何度も顔を上げていたのは、

やっぱり偶然だったのか。

それとも——ほんの少しでも、自分を見ていたのか。


考えれば考えるほど、胸がざわついた。

自分でもおかしいと思う。


家に帰ってからも、そのことが頭から離れなかった。

そしてついに、スマホを開いた。


検索欄に打ち込む。

「女の子が向かいの席で何度も顔を上げるのは、好意のサインですか?」


画面には無数の答えが並んだ。

【恥ずかしがっている可能性】

【ただの気のせい】

【あなたの思い込み】


一つずつ読んでいくうちに、

ますます分からなくなった。


彼女は照れていたのか、

それとも、ただ避けていただけなのか。


スマホを閉じて、椅子の背にもたれる。

目を閉じると、陽の光の中でノートに向かう彼女の姿が浮かんだ。

静かで、やさしくて、どこか遠い。


胸の奥が、熱を持つ。


——また会いたい。

でも次に会ったら、またあのときみたいに、

彼女はすぐに立ち去ってしまうのだろうか。


その想いだけが、静かな夜に残った。

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