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九月の列

翌朝の校庭は、やはり熱かった。

風はまだ現れず、影さえ薄い。

教官が前に立ち、濃い緑の軍服をきっちり着こなし、嗄れた声で怒鳴る。

「――気をつけ! 休め! 前へ――進め!」

号令の声が鉄板をこするように響き、校庭全体がぶるぶると唸った。


初日の物珍しさが過ぎると、もう誰も怠けようとはしない。

互いに慣れ、歩調も合ってきた。

合間にこぼれる笑い声や囁き声、ちょっとした仕草でさえ、自然になっていく。


李方苒リ・ファンランは後ろから二列目に立ち、

太陽に焼かれて足先がじんじん痺れていた。

左右から女子たちの会話が聞こえる。


「昨日さ、誰か水筒置きっぱなしで、教官に怒られてた。」

「見た見た。泣きそうだったよね。」

「今朝、集合早すぎじゃない?」

「午後、立ち姿勢のテストあるって。」


方苒は言葉を挟まない。

入りたいのに、入る隙が見つからない。

――よく動く輪の外で、手を半分伸ばしたまま立ち尽くすような感じ。


昨日、自分に話しかけてくれた陳雅桐チン・ヤートンは、

今日はほとんどこちらを見なかった。

彼女は列の反対側にいて、肩につく長さの髪に陽光が筋を描く。

「髪は結ぶこと」という校則はあるが、彼女はゆるくヘアタイでまとめて、

守っているようで、少しだけ抜け道でもある。

素肌にのった下地の艶が、真昼の陽射しでうっすら光る。

笑顔は軽やかで、周りの女子たちと楽しそうに話していた。


それを見ながら、方苒の胸の奥が少し痛む。

わずかな気まずさも混じる。

――自分は彼女にとって“友達”ですらない。

昨日の会話は、集合を待つ間の暇つぶし。

それでも、彼女は忘れられなかった。


休憩時間。方苒は校庭の端に座り、水筒を額に当てる。

遠くから笑い声が波のように押し寄せる。


「見て、教官、他のクラス行ったっぽい。ちょっとサボろ。」

「はは、今のうち!」


その声は親しげで、同時に少しだけ刺さる。

言葉の意味は分かるのに、どんな顔で混ざればいいのか分からない。


彼女は人の輪を見てから、白く焼けた地面に視線を落とした。

――自分はここにいるのに、ここにいない。


皆が三々五々に散っていく。

太陽はなお強く、風すら熱い。

方苒はもう一度、水筒を額に押し当て、唇を結ぶ。

(今日は、お昼やめようかな。)

一人で食堂へ行き、一人で席を探し、一人のまま無視される――

もう、繰り返したくなかった。


ちょうどその時、後ろから澄んだ声がした。


「まだ、ここにいたの?」


振り向くと、白い肌の女の子がいた。

高い位置のポニーテールが陽にきらめく。

肌は光を帯び、整った顔立ちが、笑うと水のように柔らかい。

同じクラスの子だと気づく。

隣には、見覚えのない女子が二人。すでに彼女と親しげだが、クラスの子ではなさそうだ。


ポニーテールの子が目を細めて笑う。

「一緒にお昼、行かない?」


方苒は一瞬きょとんとして、それから慌ててうなずいた。

「う、うん。」

――まさか自分が誘われるなんて。


「じゃ、行こ。」

その子が振り返って二人に笑う。

「一人増えても大丈夫?」

「もちろん。」


「同じクラスだよ。あなたの斜め後ろの席。私は万依琳ワン・イリン

この二人は小学校の友達。」

「私は李方苒。」方苒は少し緊張して名乗った。


こうして四人で食堂へ向かった。


食堂の中は、湿った熱気でねっとりしていた。

蒸気と油の匂いが混じり、列は蛇のように曲がる。


万依琳はごく自然に方苒を気遣う。

「ご飯? それとも蒸しパン?」

「……蒸しパン。」

「じゃ、スープ多めにしよ。乾いちゃうから。」


方苒はうなずく。

――こんなふうに気を配ってくれるなんて。

中学生の友情は、こんな小さな優しさから始まるのだろう。


席を探すときも、万依琳は迷わず方苒の隣に座った。

会話は自然に流れ、

朝の集合時間や教官の口癖の話から、少しずつ他愛ない話題へ。


二人の友達は小学校の思い出を語り始める。

噂話や失敗談。

方苒は笑顔で相づちを打つが、どこか距離がある。

――「みんなの思い出」に、自分だけ入っていない。


「この子さ、小学生のころ、先生によく写し書きさせられてたの。」

万依琳が笑って指さし、

その子は冗談めかして「やめて!」と肩を軽く叩く。

皆が笑う。

方苒も笑う。

強張りすぎないように、でも出すぎないように。


そのとき、万依琳がふいに方苒へ向き直る。

「方苒は? 小学校でそういうの、あった?」

方苒は一瞬驚き、笑って答える。

「もちろん。」

何気ない数行を話すと、皆がまた笑った。

その笑いは形式ではなく、自然に彼女を輪の中へ迎え入れるものだった。


気づけば、さっきから何度も、話題が偏りそうになるたびに

万依琳がさりげなく引き戻していた。

――質問で。ときには小さな冗談で。

四人の笑いがちぎれないように。


方苒は万依琳を見つめた。

窓から射す光が、彼女の白い横顔を照らす。

その姿は、ほんのりと輝いて見えた。


その瞬間、胸の奥がゆっくり温まった。

突発的な感情ではない、静かな感謝。

――「気にかけてもらえる」感覚は、

これまでの昼食の記憶には、ほとんどなかった。


(万依琳は、ほんとうに“いい人”だ。)

派手ではないけれど、穏やかで、細やかで、

人をゆっくりと近づけてくれる“いい”。


二日目の軍訓がようやく終わった。

皆がほっと息をつく。

椅子を引く音、笑い声、話し声が一気に教室を満たす。


後ろの席はとりわけ賑やかで、

陳雅桐と孫静沢ソン・ジンザーは相変わらず笑っている。

陳雅桐は表情豊かで、明るい声が跳ねる。

孫静沢は時々、澄んだ笑い声を立てる。

その賑やかさは、まるで重心を持つ渦のように、

クラスの視線を自然と引き寄せる。


一方、前の方は静かだ。

趙翰文ジャオ・ハンウェンはうつむいてペンを整え、

方苒は背筋を伸ばしたまま、何を言えばいいのか分からない。


そのとき、孫静沢が前の二人へ声をかけた。

「二人とも、全然しゃべらないじゃん。疲れた? 今日は休憩ほとんどなかったしな。」

その声は明るくて心地よく、拒む理由を与えない。


趙翰文は少しだけ驚いて、簡単に返す。

「まあ、疲れたけど、昨日よりマシ。」

「今日、やばいくらい暑かったよね。風、全然なかった。」

万依琳も小さく応じる。

「清涼オイルあるけど、いる?」と孫静沢。

「私、タオルある。濡らせばましになるよ。」

万依琳の席は孫静沢の通路を挟んだ隣で、

そのまま自然に会話へ混じっていく。


最初の沈黙は、孫静沢の調子に少しずつ溶かされ、

笑いが教室の一角へ広がっていく。


しかし、その軽やかさは陳雅桐の目を逃れなかった。

隣から聞こえる笑いに、彼女の眉がわずかに寄る。

さっきまで自分と話していた孫静沢が、

今は別の誰かと笑っている。

ノートの端を指でとんとん叩きながら、

取り残されたような苛立ちが、胸の内にわずかに広がる。


「よくしゃべるね、ほんと。」

わざと少し声を上げ、笑い混じりに言うが、針がひとつ刺さっている。


「新学期は、話したほうが仲良くなるって。」

孫静沢は空気に気づかず、自然に返した。


「ふーん。」

陳雅桐は短く答え、ノートをめくった。


方苒は迷っていた。

このタイミングで、もう一度彼女に話しかけたかった。

昨日、助けてくれたこともある。


「今日、あんまり焼けてないね。」

できるだけ軽く言ったつもりだった。


だが、陳雅桐はペンを回したまま、顔も上げずに「うん」とだけ。

温度のない、素通りするような相槌。


聞こえなかったのだと思って、方苒は笑ってもう一言。

「朝、そっち、直射日光すごかったでしょ。」


今度は、完全に無視だった。

ページをめくる小さな音だけがして、

教室の一角の空気が、ほんの少し冷たくなる。


――ああ、わざと無視されたんだ。

そう確信した瞬間、口元の笑みが止まる。

指先が机の角に触れて、また引っ込む。

空気が数秒、沈んだ。


その微妙な戸惑いに、趙翰文は気づいていた。

彼はペンを置き、さりげなく言葉を挟む。


「まだ二日だし、日焼け止めしてたら、そんなに焼けないよ。」


方苒は一瞬驚いて、それから微笑んだ。

「じゃあ、あなたの方こそ、ちょっと赤い。」

「俺、防晒は下手。まあ、気にしないけど。」


それだけのやり取りで、空気はふっと均された。


万依琳もすぐに気づき、明るく続ける。

「じゃ、アロエジェル、みんなで用意しなきゃ。」

「それいい!」と方苒。

「うち、たくさんある。明日持ってくる。」


教室の空気に、細い温度の線がもう一度引かれた。

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