ささやきと細雨
今週の授業は、これまでよりずっと重かった。
誰もが新学期の興奮期を抜け出し、再び宿題や小テスト、暗記、試験に囲まれる日々に戻っていた。
そんな中で――
万依琳と李方苒の距離だけは、そっと近づいていた。
あの日、一緒に黒板新聞を描いて以来、依琳はちょっとしたことでも方苒を誘うようになった。
たとえば、水を汲みに行くとき。
たとえば、お昼を食べるとき。
一番多いのは――トイレに行くときだった。
女の子はたいてい連れ立って行く。
並んで歩きながら笑い合うその姿は、親しさの象徴であり、「仲間に溶け込めた証」でもある。
方苒はこの関係を大切にしていた。
この新しいクラスで、ようやく“本当の友だち”ができた気がしたから。
その日の休み時間、二人はまた一緒にトイレへ向かった。
ドアの前まで来たとき、中からざわめく声が聞こえた。
声の調子からして、同じクラスの女子たちだと分かった。
「ほんと、あの子って毎日男子とふざけてて、うるさすぎるよね。」
「ね、男子としか遊ばない感じ。」
「いつもスッピンクリーム塗って、何考えてんだか。」
二人は顔を見合わせ、どちらも黙ったまま立ち止まった。
そして、次の瞬間――名前がはっきり聞こえた。
陳雅桐。
声のトーンはさほど悪意に満ちてはいなかったが、確かに嘲りが混じっていた。
「なんか、わざとらしいんだよね、あの子。」
「そうそう、いっつも孫静沢と話そうとするでしょ。見ててイラッとする。」
依琳は数秒間、息を止めた。
胸の奥に小さな波が立つ――
その波は、ほんの一瞬だけ“快感”に似ていた。
“好きな人のことを、他の子が噂している”
その奇妙な優越感が、彼女の心をふわりと浮かせた。
でも、すぐに罪悪感が押し寄せる。
(私、どうしてこんな気持ちになるの……?)
心の中で、自分を小さく責めた。
二人はそっとドアを開けて中に入る。
女子たちは一瞬で黙り込み、そのうちの一人が気まずそうに視線を逸らした。
「……あ、別に。ちょっと話してただけだから。」
「聞こえても、言わないでね。」
依琳は微笑みながら答える。
「言わないよ。」
空気は和らいだが、依琳が個室に入るまでの間、気まずさは消えなかった。
方苒は鏡の前で手を洗いながら、自分の顔を見つめる。
あの子たちの言葉――全部が間違っているとは言えなかった。
彼女は覚えていた。
軍訓の日、自分が雅桐に話しかけた時、あの子は無視して男の子の方へ行った。
その瞬間の孤独と恥ずかしさは、今でも胸の奥に残っている。
けれど今、陰口を聞いていると、なぜか彼女が少し気の毒にも思えた。
二人は何も言わず、ただ黙ってトイレを出た。
放課後、空はどんよりと曇り、蒸し暑く、今にも雨が降りそうだった。
いつもなら、依琳は真っ先に帰る。
でもその日は、なぜか教室に残っていた。
やがて窓の外で雨粒が落ち始める。
「帰らないの?」方苒が顔を上げて尋ねた。
依琳は苦笑して窓の外を指した。
「傘、忘れちゃったの。」
方苒は一瞬ためらいもせず、鞄から折りたたみ傘を取り出した。
「じゃあ、一緒に帰ろ。」
依琳は少し驚いて、そして笑った。
「うん。」
校門を出るころには、雨は本降りになっていた。
地面に跳ねる雨粒が、細かい波紋を描く。
一つの傘を二人でさす。
小さな傘だったので、方苒は自然と傘を依琳の方へ傾けた。
その肩はもう濡れている。
「そっち、濡れちゃうよ。」
「大丈夫。あなたの髪が濡れたら風邪ひくでしょ。」
依琳は小さく笑い、胸の奥にあたたかいものが灯る。
誰かとこうして傘を分けるのは、いつ以来だろう。
狭い空間の中で、世界が少しだけ優しく感じられた。
並んで歩きながら、宿題のこと、先生のこと、公開授業の話など――
とりとめのない会話が続く。
やがて、依琳がふと笑いながら言った。
「ねえ、隣のクラスのカップル、知ってる? 最近みんなが話してるあの二人。」
「うん、噂は聞いた。運動場で手をつないでたって。」
「そう、それ! 実はあの二人、私の小学校の同級生なんだよ。昔から仲良くて、いつも一緒だったの。」
方苒は感心したように目を丸くする。
「すごいね。そんなに長い付き合いなんだ。」
「うん、あの子はおとなしいけど優しいし、男の子も面倒見がいいし。なんかお似合いなんだよね。」
「今も続いてるの?」
「たぶんね。昼ごはんも一緒、宿題も一緒にやってるって。……でも、この前先生に呼び出されたらしい。」
「そりゃそうだよね。先生、恋愛に敏感だもん。」
「でも純粋だと思う。
ただ一緒に食べて、帰るだけ。かわいいじゃん。」
方苒は笑った。
「そういうの、ちょっと憧れるかも。恋愛っていうより、ただ“いつも一緒にいる人”って感じ。」
依琳もうなずいた。
「うん、わたしも。」
少し照れくさくなって、続ける。
「なんか、私たち八卦ばっか話してるね。」
「いいじゃん。優しい八卦だよ。」
二人は顔を見合わせて笑う。
狭い傘の下で、肩がふわりと触れ合う。
シャンプーのほのかな香りが混じり合い、雨音が柔らかく包み込んだ。
雨がやむころには、雲の端が淡い橙色に染まっていた。
二人の笑い声が風に乗って、濡れた校舎の道に溶けていく。
その日の帰り道、
二人の影は並んで水たまりに映り、
雨粒が落ちるたびに――静かに、砕けた。
思春期の友情とは、きっとこういうものだ。
誓いも、劇的な出来事もいらない。
ただ一つの傘、何気ない会話、それだけで――
世界が、少しだけ優しくなる。




