〈第6話〉断罪イベント5日前ー初恋と再出発ー
『リリア』は私の中で生きている。どこか懐かしい感覚、感じたことのない胸の高鳴り。おそらくこれはリリアの思い出だ。
リリアとしての記憶はないけれど、ミカと話すたびにほんのりと彼女の想いを感じる。だからきっと、今は眠っているだけだ。
私のセリフを聞いたミカは鳩が豆鉄砲を食ったようか顔で目をぱちぱちと瞬いた。
そうしてしばらく呆けたあと、急に肩を震わせ声をあげて笑い出す。
「……ぶっ、ふっ……ふふ……あっはははは! 似合わねぇ〜! あのリリアが、俺を叩いて、そんな顔すんの? ぜっったいねぇわ断言できる」
お腹を抱えて苦しそうに笑うミカ。笑いすぎて目にほんのりと涙が滲んでいる。
「人が前向きなこと言ってるのに流石に失礼じゃない?」
「はぁ、はぁーーー……まあ、悪くねぇな」
好き勝手笑って肩で息をするミカ。その顔は今日見たどんな表情よりも晴れやかだった。
「あんた、面白いな。そう言う勢いがあるところ、嫌いじゃない」
ミカは私より一回り太い腕を伸ばし私の手を取る。固く力強い手のひらから、じんわりと熱が伝わってくる。
「いいぜ、後悔すんのはやめだ。あんたと2人で全てを暴いてーーー俺は、リリアを取り戻す」
情熱的な言葉と熱のこもった瞳に思わず心臓が跳ねた。まるで胸を撃ち抜かれたような、そんな奇妙な感覚。
……かっこいい。
って、いやいやいや。これはリリアに対しての言葉だから。落ち着きなさいルカ。
ぐっと唇に力を入れてからミカの瞳をじっと見つめる。
「……そうこなくちゃ。よろしくね、ミカ」
ミカは私の顔を見つめてから、わずかに口角を上げた。
「よろしくな。ーーーリリア」
その言葉に、息を呑む。
「今、私を見てリリアって……」
さっきまでずっと"あんた"としか呼ばなかったのに。
指摘されたミカは視線を逸らして、バツが悪そうに頭を掻く。
「さっきまで、色々混乱してたんだよ。普段と様子ちげぇし、記憶もねぇっていうし。……でも、今のではっきりした」
その声にもう迷いはない。
ミカの瞳が真っ直ぐに私を見据える。
「それでも、あんたはリリアだった。俺の知ってる、優しくて面倒見のいい、リリアだ」
優しい微笑みに思わず頬が熱をもつ。
心なしかミカの頬に赤みがさして見えた。それは朝日のせいか、私と同じ理由なのか。
もし同じ理由なら嬉しいなぁ、なんて。
そんなことを考えてしまう私は、カプ厨オタク失格かもしれない。
「え、えっと、落ち着いたところで、いくつか質問があるんだけど」
頰の熱さを誤魔化すようにそう投げかける。
このままだと、言葉にできない何かに飲み込まれてしまいそうだった。
空が明るくなってきてるし、早く話進めないとだもんね。
「なんだ?」
ミカは首を傾げて優しい顔でこちらを見る。
「えっと、まず1つ目。5年前に私が婚約破棄しようとしたって話があったでしょ? その前後、私殿下にどう接してた?」
ゲームが開始された地点で既にリリアの性格が違う。つまり、婚約破棄未遂が世界の『特異点』である可能性が高い。
「前後? あー、確かにだいぶ変わったな。殿下にお前オウムかよってぐらい繰り返し愛を囁いてたのに、その1年ぐらい前から急にシーンとしてさ。殿下になんかされたんじゃねぇのかなんて言う奴もいるぐらい、ガラッとな」
ミカは目を伏せて、複雑そうな表情を浮かべる。
ーーービンゴだ。
右手で覆われた口元が、緩く弧を描いた。
つまりリリアが15の時までは、私の知っている『ディスティニーチェイン』の世界だった訳だ。しかしそこで『何か』が発生、リリアはデービットへの恋心を失い、消極的な性格になった……と言ったところだろうか。
視線を動かした先でミカと目が合った。気まずそうに逸らされた瞳は、どこか熱が篭っていて。
いや反応可愛いな。
ミカの性格が変化したのもその影響……いや、おそらくこれは副産物だ。昔好きだった相手が幸せそうなら諦めもつくが、この世界線では違う。
急におとなしくなって、婚約者とは疎遠、しかも『殿下に何かされたのではないか』という噂付き。
そりゃあずっと見つめたくもなりますわ。
諦めきれないどころか『俺ならあいつを幸せにできたかもしれない』という甘美な願いを燻らせた初恋拗らせストーカーを爆誕させたとしても不思議ではない。
「そこで何かあったのかもね。なんか、その辺りに思い出さないといけないことがある気がするんだ。」
それこそがこの歪んだ世界を正す、パズルのピースだと思うから。
ミカは記憶を捻り出そうと、眉間に皺を寄せ唸りだす。
「思い出さないといけないこと……。んー……そういえば、その頃のリリアはよく教会へ行ってた気がするな」
「教会?」
「俺たちの家の近くにあるんだよ。あのころの司教はまだ現役だから、聞いてみたら何かわかるかもしれねぇ」
なるほど、教会か。元々断罪イベントが回避できなかったら行こうと思っていたし、ちょうどいいかもしれない。
「よし、私明日行ってくる。報告は明後日の朝、ここでいい?」
ミカは呆れたように笑う。
「いや今日じゃねぇのかよ。まだ日登ったばっかなのに」
「今朝は早起きできたんだけど、いざ落ち着くと眠くてさぁ〜。やりたいこともあるし、教会まで行く用意するの面倒だから明日でいいかなって」
タイミングよくきたあくびを噛み殺すと、ミカはそれを見てふっと笑った。
「やっぱり朝弱いまんまじゃねぇか。……明日なら俺も一緒に行く。ちょうど休みだし、情報共有は早いほうがいいだろ」
「え? ミカが?」
急な提案に、間の抜けた声が出た。
でもそんなことしたらーーー
「俺以外に誰がいんだよ。……安心しろ。"たまたま"家が近所の貴族2人が、それぞれ昔から使っていた教会で、"偶然"休みが被って鉢合った。そんなことが一回あっても、誰もわざとだなんて思わねぇよ」
……言われてみれば確かにそうか。何度も重なるならともかく、一回会うだけなら不思議じゃない。
「確かに。……じゃあ決定だね。明日、その教会で。時間は何時にする?」
「寝坊助なあんたに合わせて、12時にしてやる。遅刻すんなよ」
ミカが席を立つと、腰にかけた剣がガチャリと音を立てた。
「流石にしないよ!?」
教会まで何時間かかるかわからないけど、昼の12時の約束なんて遅刻する方が難しいでしょ。
その声を聞いて、ミカはくすりと笑う
「どうだかな。時間だからそろそろ行く。……今日は、久々に楽しかった。じゃあ、また明日な」
背筋を伸ばして歩き出したその背に、先程までの迷いはなかった。
「ありがとう、また明日ね! ミカ!」
去り行くミカにそういうと、彼は片手を軽く振ってそのまま森の奥へと消えていった。
まだまだわからないことは多いし、調べないといけないことは山ほどある。不安は尽きない。
でも何故かここにくる前よりも体が軽いような、そんな気がした。
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