〈第5話〉断罪イベント5日前ーとある男の後悔ー
剣が収められ、私はほっと胸を撫で下ろす。
しかし胸に渦巻く違和感はますます色濃くなっていく。
そもそもミカエルってこんなにリリアガチ勢じゃなかった気がするんだよな〜……。
だってこれあれじゃん、メアリーちゃん割って入る隙間0じゃん。ネズミ1匹入れない堅牢仕様じゃん。
あまりにゲームと違う展開に、本日何度目かわからない頭お抱えタイムが始まりそうだった。
……いや、ツッコミを入れるのは後にしよう。時間は限られてる。今は少しでも情報を収集しないと。
なんとか気持ちを切り替えて、ミカエルに向き合う。
「そ、それにしても私のことをよくご存知なんですね。よく話されるのですか?」
ここまで執着しているならゲームとは関係性が違うはず。ただの初恋幼馴染じゃないそれ以上の何かがあるとか!?
ミカ×リリ推しとしては、これが最重要確認事項だ……!
「話すのは2年ぶりだな」
待って今なんつった??
「に、2年ぶりですか?」
「あぁ。そもそも俺がいるのは騎士団、あんたがいんのは宗教省だろ。関わることなんてほぼねぇよ」
えっ、ゲームより全然関係性薄いじゃん。じゃあなんでそんなに自信満々で『お前リリアじゃないだろ』なんて言えるの??
え、怖。恐怖限界突破して手が震え始めてるんだけど。
「そ、そうなのですね。それなのに、よく一瞬で記憶喪失だってわかりましたね……?」
段々と語尾が細っていく。まるで胸の中で渦巻く不安に言葉を吸い込たれたような感覚だった。
「わかるに決まってるだろ。俺はリリアの幼馴染だぞ? 最近様子がおかしかったことも、殿下とうまくいってないことも、全部知ってる。ずっと見てたからな」
普通の幼馴染は2年も話してない相手の細かい恋愛事情なんて知りませんが??
そう言いたい気持ちをグッと堪えーーーふと、気がつく。
最近、様子がおかしかった?
思わず顔を上げると、顔を曇らせ視線を落とすミカエルが見えた。その先にある拳は、白くなるほど固く結ばれている。
「なのに……俺は、止められなかったんだ」
喉から搾り出すような、後悔に塗れたその声音。
リリアのこと、愛してたんだな。
痛いほどに伝わってくるその気持ちに、胸がきゅっと締め付けられた。
伏せられたミカエルの顔を、しゃがむようにして覗き込む。
「……私がなぜ飛び降りたのが知りたくてここにきたと言ったらーーーミカエル様は、私を助けてくださいますか?」
真っ直ぐにミカエルの瞳を捉える私の視線。それを受けて見開かれ、揺れる瞳。一度ぎゅっと閉じてからこちらをひたと見据えたそれはーーー覚悟の色を、宿していた。
「当然だろ。原因がわからなきゃまた同じことが起こるかもしれねぇ。お前を失わないためなら、俺はなんだってするさ」
プロポーズのような情熱的なセリフと、どこまでも真剣な表情。
こんなのゲームのスチルで見慣れているはずなのに、なんでこんなに頰が熱いんだろう。
新しく生まれた疑念を振り払うように、私は勢いよく立ち上がった。
「で、では! いろいろ教えてくださいね。私、何も覚えていないので!」
勢いよく放った声が上擦っていたのも……きっと、ただの気のせいだ。
「長くなるでしょうし、そこで話をしませんか?」
近くのベンチを指さして、私はそこにぽすりと腰掛けた。
ミカエルは一瞬躊躇ってから少し離れたところに腰を落とす。組まれた腕に、揺れる足。明らかに動揺しているのが見てとれた。
「……で、何から聞きたいんだ?」
ぶっきらぼうに放たれた声は、何故か少し震えている。
「私の様子がおかしかったとのことですが、ミカエル様からみて、どのような違和感があったのですか?」
それを聞いたミカエルは私の顔を一瞬見てから、すっと目を逸らす。
「……話すのは構わねぇけど、そのミカエル様っていうの、やめろよ。ミカでいい。あと、敬語も禁止だ」
いやこれ中身リリアじゃないとか言いながらめちゃめちゃに意識してるやつじゃない……!?
心中で拍手喝采しながら、表面上はぐっと堪えて取り繕う。
「わかったよ、ミカ」
ミカは一瞬だけ満足そうに笑って、すぐに真剣な表情に戻った。
「それでいい。……ちょうど、去年の4月あたりか。メアリーっていう女が王宮に来たんだ。100年に一度現れる聖女、なんて言われて。……リリアが明らかにおかしくなったのは、そこからだ」
ミカエルは、ぽつりぽつりと話しだす。
「リリアは面倒見が良くて優しいやつだ。メアリーも明るくて素直なやつだったし、すぐ打ち解けると思ってた。……だが、それからすぐリリアがメアリーを避けてるって噂が聞こえてきた。どうせリリアが人見知りしてるだけだと思ってたんだよ。ーーーある時まではな」
ミカの声のトーンが、ぐっと下がる。
「去年の10月ごろだ。リリアがメアリーをいじめているらしい。ーーーそんな噂が流れ出したんだ」
「メアリーちゃんは殿下と仲がいいんでしょ? 私が嫉妬して嫌がらせをしたとか?」
「それはないな」
私の疑問は即座に否定される。そこまでありえないことなのか……?
「5年前に婚約破棄したいっていったやつが、そんなことしねぇだろ。殿下が反対してるだけで、あいつは距離とったままだ。婚約は実質破綻状態。嫉妬していじめるほどの関係性があると思うか?」
……全く、いじめる理由が見当たらない。
むしろメアリーちゃんを理由に婚約破棄してもおかしくないはずだ。そもそも婚約破棄って5年も前なの? よく今も継続してるね?
「それに……最後に見かけたリリアは、酷い有様だった。やつれて、くまもできて、まるで生きた屍みてぇな……」
握られたミカの手は、白く変色していた。力を入れすぎて震えるその手を、私はただただ見ることしかできなくて。
沈黙が、その場を支配する。
ゲームとは違う、あまりにも重くのしかかるリアル。1人の人間の憔悴が、心をゴリゴリと音を立てて削っていく。
「そしてそのすぐ後に、リリアが出勤停止になった。……俺は、その地点でリリアに会いに行くべきだったんだ。殿下の婚約者だとか、何年も話してねぇとか、そんなことかなぐり捨てて。ただ、お前を心配する幼馴染として。ーーー1人の、男として」
低く響くその声に内包されるのは、どこまでも真っ直ぐな思いと、果てしない後悔。
放っておいたら壊れてしまいそうな危うさが垣間見えるその顔が、声が。私の心を震わせる。
推しに、こんな顔をさせていいのか?
私は推したちを全員まとめて幸せにするって、そう決めたんだ。
目の前のミカひとり救えないようじゃ、乙女ゲーマスターの名が廃る!
1人で重責を担おうとするその背中を、ドンと叩いて席を立つ。
急な衝撃に驚いたミカは、バッと顔をあげて私を見た。
「じゃあ、今度は間違えなきゃいい。全部はっきりさせようよ。そしたらきっと……私の記憶もーーー元のリリアも、帰ってくるよ」
くるりと振り返る。登ったばかりの朝日に照らされたエメラルド色の瞳が、きらりと輝いた。その色が何故か、酷く懐かしく感じられた。
「後悔するには、早すぎるんじゃない?」
ミカに向かって伸ばしたその手は、自分でも信じられないほど力強かった。
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