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双子の弟

毎日変わらない自室からの景色。それをぼーっと眺めながら、僕は過去に思いを馳せていた。


 もしも、もっと早く素直になれていたら。リリアに愛を伝えることができていたら。今もリリアは……僕の隣で笑っていてくれたんだろうか。


 『ちゃんと伝えるべきだったんです。貴方を、愛していると』


 その言葉が、今も耳から離れなくて。あの顔を思い出すたび、心臓が掴まれるような苦しさが何度も僕の体を襲う。


 それすら心地いいなんて……僕は本当に、愚かだな。


 今日何度目かわからぬため息をついて、ふっと視線を地に落とす。


 ……何を考えてるんだ、僕は。


 メアリーと約束したんだ。前に進もう、最初からやり直そうと。誰も救われない、この状況に終止符を打とうと。


 そう、約束したはずなのに。


 自分の弱さに嫌気がさして、また一つため息を重ねた。


 コンコンコンっ


 僕の考えを遮るように重厚な扉が鳴った。ここにくるとしたら……おそらく、あいつしかいないだろう。


「兄さん。少しお話ししませんか?」


 予想通りのその声に、僕は重い腰をあげる。


「……何のようだ、エミール」


 ガチャリと扉を開けた先。僕によく似た双子の弟は、相変わらず腹の底が見えない人好きのする笑みを浮かべていた。


「兄さん相変わらずくま酷いですねぇ。メアリーさんに心配されちゃいますよ?」

「お前には関係ないだろう」

「酷いですねぇ。僕は兄さんの事心配してるのに」


 嘘か本当かわからないセリフをさらりと吐くエミール。やつは僕の隣をするりと抜け、ソファにそっと腰掛けた。


「暇しているだろう兄さんに、面白い話をしにきたんですよ? 聞きたくないですか?」

「面白い話……? どうせ、ろくでもないことだろう」


 どれだけ面白かったとしても今は聞く気になれない。僕は静かに扉を閉めてから、はぁ、と小さく息を吐く。


「リリア義姉さんの婚約に関して、といっても、興味ありませんか?」

「リリアの……?」


 その言葉に僕はびくりと体を震わせる。


 ついに、婚約が正式に破棄されるんだな。リリアは……実質的にも、形式的にも、僕のものではなくなったのか。


 それを認識した瞬間、息が詰まり、世界が揺らいだ。その衝撃に耐えるように、僕はエミールの正面にあるソファに腰を下ろす。


「ふふ、興味を持ってくれたみたいで嬉しいです」


 エミールの口元が、さらに一段と深く弧を描く。

 今だけはエミールが、僕の罪状を告げる神官のように見えた。


「義姉さんとの婚約ですが――僕が、兄さんのかわりに引き継ぐことになりました」


「……は?」


 こいつは、何を言ってるんだ?


 簡単な言葉のはずだった。なのに、脳がその事実を拒絶する。

 そんな僕を置き去りにして、物語でも語るように芝居がかった仕草で言葉を紡ぎ続けるエミール。


「真相はともかく、兄さんは表面上メアリーさんを選んだことになってます。婚約を破棄されたリリア義姉さんは――言い方は悪いですが、社交界では『傷物』扱いになるわけです」


 『傷物』


 その言葉が、ざくりと心を深く抉る。違うんだ、そうしたかったわけじゃない。そう言いたかったのに、口が動かなかった。


「さて、こうなると問題が生じます」


 エミールは僕を見下ろすように、軽く顎を前に出す。


「王族の心変わりによって振り回され、『婚約を破棄された哀れな公爵令嬢』。そんな義姉さんがもし仮に再婚できなかったとしたら大問題です。公爵家との関係は悪化、王族としての評判にも関わる」


 さらさらと流れる言葉の一つ一つが、僕の思考の浅さを暴いていく。当然の罰だ。そうわかっているのに、指先が冷たくて仕方ない。


「幸いなことに、僕は丁度婚約者を探している最中です。だから……僕が兄さんの代わりに彼女を幸せにしてみせます」


 エミールはそういって、わざとらしく貼り付けたような笑みを浮かべる。


 僕の代わりに? エミールが、リリアを?


 リリアにはミカエルかラファエルがいる。リリアに信頼され、リリアへの愛を滲ませるあいつら。それが相手なら、まだ諦めがついたのに。

 

 なのになんでお前なんだ。関係性もなく、リリアのことを愛してもいないお前が、なぜリリアと婚約できる?


 僕の方が、リリアを、あいつを愛しているのに……!


 口に出すことすらできない執着心が、嫉妬が、胸の中でぐるぐると渦巻く。爪の食い込んだ手のひらが痛い。でもそれよりも、心が痛くてしかたなかった。

 

「兄さんにそっくりな僕ならば、きっと彼女の心を癒せます。……まあ、兄さんはどれだけ愛されていたかわかっていなかったようですが」


「エミール……お前……!」


 どこまでも悪意に満ちたそのセリフ。自分とそっくりなその醜悪な顔面を、物理的に歪ませてやりたくてたまらない。


「兄さん、そんな怖い顔をしていたらメアリーさんに怯えられますよ? 僕とリリア義姉さんが結婚すれば、彼女が他の誰かに取られた時よりもずっと近い存在になる。いいことだと思いませんか?」


「僕以外に笑いかけるリリアを、僕そっくりのお前に愛を囁くリリアを見続けろと……?」


 もはや呪詛にも近いその声。軽く頷いてそれを聞くエミール。その顔から――すっと、軽薄な笑みが消えた。


「全部、兄さんの行動が原因でしょう」


「っ……!」


「義姉さんは兄さんに一目惚れして婚約を申し込んだ。それなら、彼女が愛を注ぐのは僕でも良かったはずなんです」

 

 淡々と無表情で語り続けるエミール。その声には、聞いたことがないようなどす黒い憎悪が宿っていて。


「兄さんは僕と違ってちゃんと愛を手に入れることができた。それが、羨ましくて仕方なかった。……なのにそれを自分の手で壊しておいて、奪わないでほしいなんて。都合がいいと思いませんか?」

 

 心の奥底を吐き出すようなその言葉に、僕は何も言うことができなかった。


「とにかく、リリア義姉さんの件はこれで決定です。どうぞ兄さんはメアリーさんと幸せになってください」


 エミールはその暗さなど最初からなかったかのように、ぱっともとの笑顔に戻る。


 それが、不気味で仕方がない。


「謹慎期間もあとわずかです。体調には気をつけてくださいね」

 

 軽い足取りで扉の方へとむかうエミール。やつは僕の方を振り向き、こう言った。


「今度こそ、僕は愛を手に入れます。僕だけの愛を」


 その声はまるで、飢えた獣のようだった。

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