〈第4話〉断罪イベント5日前ー光る剣先ー
まだ太陽すら起きてこない時間帯。暗闇の中、剣を振る音だけが響く。
リリアとミカエルが子供の頃によく遊んでいた朽ち果てた広場。
確かミカエルは、そこで毎朝1人で剣を振っていたはず……!
記憶を頼りに王宮の隅の方へと歩いていく。
しばらくすると剣が風を切る音が、遠くから鼓膜を揺らした。
じっと目を凝らすと、木々の切れ間でチラチラと何かが見え隠れしている。
よかった、ちゃんといるみたい。
さらに距離を積めると、段々と全貌があらわになってくる。動くたびにさらさらと揺れる茶色い髪。重い剣を振ってもぶれない体幹。その美しい姿に、思わず目を奪われた。
って、いやいや見惚れてる場合じゃないでしょ、しっかりするんだルカ!
……でもいつ話しかけようかな。邪魔しちゃ悪いし。
タイミングを伺うために、ちまちまと距離を詰めていく。
「……誰だ?」
残り10メートルほどのところで、振り向いたミカエルの双眸が正確に私を射抜いた。
いやなんでこの距離でわかるの? 近衛騎士団の有望株とはいえ凄すぎない??
だが、向こうから声をかけてくれたのはありがたかった。私はゆっくりと歩み出し、口元をきゅっと引き上げる。
「おはようございます。早くから精が出ますね」
ミカエルは私の姿を見て、目を見開いた。
「リリア……?」
ミカエルの口元が、わずかに綻ぶ。
よかった。昨日の朝とは違うみたい。
安堵しかけたその時ーーー
空気を切り裂く音と共に、鋭い何かが喉元に突きつけられる。
「っ……!?」
鼻腔に広がる金属の香りと、視界に広がるどこまでも冷たい剣先。喉に触れていないはずなのにそれだけで皮膚がピリピリと痛んだ。
剣の奥に見えるミカエルは先ほどまでの微笑みが嘘だったかのような強張った顔をしていて。
反射的に踏み出しかけた足を後ろへ退かせ、距離をとる。
「あんた、誰だ?」
「……へ?」
凍りつくような低い声と、剣先よりも鋭く光るミカエルの細められた瞳。
想定外の反応に、私はただただ剣先を見つめることしか出来なかった。
まさか、ここも違うのか? 朝の様子がおかしかったのは、そもそもミカエルとリリアが幼馴染ではないから?
だとしたら、ゲームの根幹が揺らいでくる。
額に、冷や汗が流れた。
もしそうならーーー私の知識は、今この瞬間から一切の意味を持たない。
最悪の可能性が頭をよぎった瞬間、恐怖で身体中が支配される。全身が強張り、逃げることすらままならない。……あとには、引けない。
「邪魔をしてしまったらごめんなさい。私はリリア・キャンベルですわ」
軽く両手を挙げながら、引き攣る喉から声を絞り出す。
ミカエルは感情的なところもあるが決して好戦的なキャラではない。ここで敵意がないことを示れば、剣を下ろしてくれるはず……!
しかし私の考えとは裏腹に、その剣が下ろされる事はなかった。ミカエルの目が、すっと細められる。
「そんなことはわかってんだよ。昨日挨拶してきたのもあんただろ? なんで、『リリアじゃないやつが、リリアと同じ見た目してんのか』って聞いてんだ」
その指摘に、私はピシリと固まった。
確かに、中身はリリアではなく転生者であるルカだ。ミカエルの指摘は正しい。
正しいが、体はリリアそのものだ。淑女らしい穏やかな笑顔、ゆったりとした動作、品のある声。鏡の前で何時間も練習した。
なのに、なんでバレるの……!?
しばしの沈黙。喉が鳴った音だけが、包帯に包まれた頭蓋骨の中でうるさいぐらいに響いていた。
「な、なんのことでしょーー」
「とぼけんな」
剣先が、わずかに近づけられる。
重ねられたその声は、突き刺さるように鋭かった。
「いいか、あいつは朝が苦手だ。こんな時間からそんな意識がはっきりしてるはずがない。それに、俺と一対一で会おうとすることなんてリリアが婚約してから一度もなかった。あいつなら、日中に他の人間を引き連れて俺に会いに来る。あと、あいつはもっと歩幅が小さい。今のあんたは5センチも大きい」
淡々と並べられる言葉。リリアに対する解像度がキャラガチ勢オタク並みに高い。てか歩幅5センチは誤差では????
なんか思ってたのと違うな〜〜?
リリアへの未練を乗り越えて、メアリーちゃんと結ばれるのがゲームのミカエルルートのはずだ。こんな初恋拗らせストーカーどうやって攻略するんだ無理ゲーか!?
顔に出さないように努めるが、あまりにもゲームとかけ離れた言動に頬が引きつる。
ま、まあ? リリアとの関係性がきちんと存在することはわかった。その点では安心していい。
今は1番大切な部分だけわかればいい。他の違和感は後回しだ。
そもそも、ミカエルの主張はどれもこれも『今は違う』と言われて仕舞えばそれまでの内容。
ーーーこれなら、誤魔化せる。
覚悟を決めて、言葉を紡いだ。
「申し訳ありません。怪我をしてから記憶が混濁していて。あまり昔のことは覚えていないんです」
眉をひそめながら発したその声は、微かに震えていた。
いくら覚悟を決めても、突きつけられた冷たく輝く金属への恐怖は変わらない。当然だろう。こんな目に遭う学生なんて、現代日本のどこ探せば見つけられるんだってお話だもの。
ミカエルから剣先へ視線をちらりと移す。
それを見たミカエルは不機嫌そうにため息を吐いてから、剣を静かに鞘へ収めた。
「知ってる。あんた、自室の窓から飛び降りたんだってな。……怖がらせて悪かった」
一瞬だけ伏せられた瞳は、なぜか悲しげに揺れている気がした。
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