プラトニックに終止符を
柔らかな春の日差しに照らされた、ネモフィラが咲き誇る自宅の庭園。
そう、初めてのお家デートである。
『今度のお茶会はルカの家でもいいか? その、ご両親に挨拶もしたいしな』
頬を赤く染めてそう語るミカの顔が忘れられなくて。
「……ごめんね。お父様もお母様も、忙しくてしばらく予定が合わないらしくて」
だから、この現状が申し訳なくて仕方なかった。
「気にすんな。元々急な話だったからな。お前の家にこれただけで十分だ」
「ミカ……」
「挨拶ならまたきた時にすればいい。……これからいくらでも時間はあんだから」
ミカはそう言ってじっと私を見つめる。どこか照れた様子のその表情にどきりと心臓が跳ねた。
そっかぁ。これから何回でも……。ダメだ、未来のこと考えるだけでにやけちゃう。
だらしなく緩んだ口元を隠すようにカップを傾け――私はふと、とあることに気がついた。
「……そう言えば、今日はミカの従者はきてないの?」
「来てるんだが……どうやら久々にここに来たからか、お前んとこのメイド長と話してきたいって言われてな」
「あぁ、だからか。まあ久々にあったら積もる話もあるよねぇ」
きょろきょろと周りに視線をやる。……ってあれ待って、私の家の従者もいなくない?
「……そもそも、俺たち以外誰もいないな」
「だよねぇ……」
しばしの沈黙が私達の間に落ちる。公共の場で従者が遠くから見守ってて実質2人きり、ということはあった。あったけど……完全にプライベートな空間で、いないって流石にまずいのでは?
そう、世間体を考えたら大変まずい。一応私はまだ他の人と婚約してるわけだし。でも、それでも――
むしろ、これはチャンスなのでは……!?
なんて思ってしまう私がいた。中々2人きりになる機会ないし、これを逃したら次はいつになるかわからない。いちゃつくなら今しかない……!
「ね、ねぇ、ミカ」
私はすっと椅子を移動させ、ミカの隣へぴとりとくっつく。
「なっ……! お前、人がいないからって……!」
「いいじゃない。今だけ、ね? 私たち、恋人同士なんだし?」
そう、恋人同士のはずなんだ。なのに全然先に進む気配がない。もうすぐ付き合って1ヶ月が経とうとしているのに、唇を重ねたのも断罪直前の一回だけ。流石にプラトニックすぎる気がする。
「そりゃあ、そうだけど……」
頬を赤らめて言葉に詰まるミカ。
前は強気に迫ってきてたけど案外責められると弱いのかな。
その姿をもっと見たくて、私はさらに距離をつめる。
「ねえ、今だけ……もう一回だけ……キスしたら、ダメ?」
普段なら言わないそんな大胆なセリフ。でも、今言わないと次に言えるのは何ヶ月先になるかわからない。そんな気持ちが私の背中をぐいぐいと押す。
「そりゃあしたいに決まってんだろ。でも、一応婚約前だぞ」
「前はしてくれたのに?」
「あれはお前が欲しくて……いや、お前のことを手に入れるなら、今しかねぇと思って」
「邪魔されない場所で2人きりになる機会なんて中々ないでしょ? それなら、今も状況は一緒じゃない?」
ミカはその言葉にごくりと喉を上下させる。真っ赤な顔と震える唇に、私の視線が吸い込まれていく。
照れているミカ、可愛いなぁ。
私はミカの顔に手を添えて、そっと顔を近づける。
「お前……! 俺がどれだけ我慢してると思ってっ……!」
ミカはテーブルと椅子に手をつき、抵抗するようにわずかに上体をそらした。でも、私を押しのけたりはしない。
「我慢するのやめたら、どうなるの……?」
「っ……!」
手に伝わってくるミカの頬の熱さ。それが心地よくて、愛しくて。そのまま私は、再び顔を近づける。
「ルカっ……!」
私の名前を呼ぶ熱っぽい声。震えるまつ毛と、ぎゅっと閉じられたそのまぶた。ドキドキと早鐘を打つ心臓を抑えながら、ゆっくりと、ミカの唇にそっと自らの唇を重ねようとして――
ちりんっ! ごとっ……
「リリア様、お呼びでしょうか!」
「ふぁあああっっ!」
遠くから聞こえるうちの従者の声に、私はきゅうりを背後に置かれた猫よろしくぴょーんと大きくその場から飛び退く。
えっ、なに!? なんできた!?
肩で息をする私。その足元に、ごとりと何かがぶつかる。
「ん?」
視線をそちらにやる。そこにはテーブルの端にいたはずのベルがコロコロと転がっているのが見えて。
「……悪い」
ミカの言葉で、私は全てを察した。
あぁ、なるほど。ミカの手がテーブルの端のベルにふれて、その音がしたから従者が飛んできたわけかぁ。
……っていやタイミング悪すぎるでしょ!? なんでわざわざそんなとこにベル置いた!? てかそんなわずかな音でも飛んでくるの耳良すぎないうさぎさんかな!?
「なんでもないっ!! こなくて!! 大丈夫だから!!」
この状況を見られるわけにはいかない! 私が全力でそう叫ぶと、駆け寄る途中の従者はぴたりと動きを止める。
「……左様でございますか。失礼いたしました」
従者は何かを察したのか、その言葉だけ残してスタスタと去っていった。
「……今日は、ここまでにしようか」
今のやり取りだけで数ヶ月分のドキドキを味わった気がする。これ以上は、ちょっと心臓が持つ気がしなかった。
「……そう、だな」
背後から聞こえてきたミカの声は、何故かどことなく残念そうで。
いつか絶対、リベンジするんだから……!
私は1人、心に固くそう誓った。
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