諦めた、はずだった ラファエル視点
「リリアちゃんと出掛ける場所の案が思い浮かばないから助言が欲しい……ってことかな?」
「そんなとこだ」
ふっと顔を逸らすミカ。歓談室の窓から差し込む夕日に照らされたその顔は心なしか赤い。
知ってはいたけれど、あの後2人は着実に距離を縮めているらしい。その事実にちくりと胸が痛んだ気がした。
その感覚を振り払うように俺はいつも通りの笑みを浮かべる。
「いつも会う時はどういう時が多いの? それによって変わってくるけど」
「いつもか……王宮の庭園で茶を飲んだり、図書館で話す事が多いな」
あごに手を当て考えるミカ。
大人同士だとは思えない健全すぎる関係に、俺は思わず苦笑した。
「相変わらず真面目だね。告白も受け入れてもらってるわけだし、もっと大胆に関係を進めても問題はないと思うけど」
「んなこと出来るわけねぇだろ。まだデービットとの婚約が正式に破棄されてねぇんだから」
「そんなの気にする必要ないと思うけどね」
表面上は皆清純そうに振る舞っているが、案外貴族同士の関係性はドロドロしているものだ。だから健全に過ごしているミカの姿が少しだけ眩しいのかもしれない。
「リリアちゃんに招待してもらって彼女の家でお茶会するとかどう? お互いの従者がいれば問題ないだろうし、久々にリリアちゃんのご両親に挨拶してきたら?」
婚約するならばまずは外堀を埋める必要がある。
……といっても、リリアちゃんのご両親はミカのことをよく知ってるから反対されることはないだろうけど。殿下と婚約する前は元々ミカとリリアちゃんを婚約させようか、なんて話も出てたし。
「リリアの両親に挨拶……。確かに早い方がいいな」
「でしょう? 中には彼女を狙ってる輩もいるらしいからね」
リリアちゃんは公爵家の跡継ぎだ。その立場を利用しようとする人間の話は嫌でも耳に入ってくる。
ミカはぴくりと肩を揺らしてからこちらをギロリと睨みつける。その瞳に宿る薄暗い執着心。それを見た瞬間、ぞくりと背筋に冷たいものが走った。
「……誰だ、それ」
地を這うような低い声が俺の鼓膜を揺らす。
「教えたら怪我人が出そうだからやめておくよ」
リリアちゃんが関わった時のミカは恐ろしい。ここで名前を言ったら、翌日人間が1人消えている可能性がある。そう思わせるほどの圧があった。
「……まあ、とりあえず早い方がいいと思うよ。何があるかわからないからね」
俺はその圧から逃げるように、さらりとそう言い放つ。
実際あれだけ大きな問題を起こしたのに2週間経った今も婚約は破棄されていない。あまりにも不自然だ。まだ何かある、そんな気がしてならなかった。
「それこそ、家に行った時に少し強気に踏み込んでもいいんじゃない?」
俺なら誰にも奪われないようにそうする。……なんて、流石に言えないけれど。
「あー……それは、まあ……」
返ってきた声は酷く曖昧なものだった。ミカの目が泳ぎ、俺からふっとそらされる。
想定外の反応に、手に取ったカップがぴたりと止まる。そこから漂う湯気がふわふわと顔を撫でた。温かいはずのその感触。なのに、心の中はひどく冷めていた。
……なるほど。案外心配する必要はないらしい。
「そうか、しっかり心の他も奪い終わった後ってことだね」
「なっ……!? なんだよその言い方!?」
「さあ? うまくいっているようでよかったよ」
我ながら大人気ない言い方であるとは思う。でも何故か、口をつく言葉を止めることができなかった。
……落ち着け。身を引く事を選んだのは、俺自身じゃないか。
カタカタとかすかに震える手で、俺はそっとカップを傾ける。口の中にジワリと広がる苦味は、まるで俺の胸の内を表しているかのようだった。
「とりあえず助かった。俺は今度こそ、リリアを手放したりしない。……誰にも、邪魔はさせねぇ」
自らの拳を見て力強く握るミカ。そこには過去を後悔し続けたあの姿はもう存在しなかった。
「……頼もしいね」
それが、俺にはひどく羨ましく感じられて。
俺もミカみたいに素直になれたなら……こんなに、苦しい思いをせずに済んだのだろうか。
そんなもしもの話だけが、胸の中を黒く染めていくんだ。
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