〈第31話〉断罪イベント当日ー選択ー
その言葉を聞いた瞬間、感じたことのない"何か"が心の奥底から這い上がってくる。
ーーー私が、手を差し伸べてあげないと。愛して、救ってあげないと
心の中で"誰か"が呟く。脳にまとわりつくような異様な質感のその声。私は一瞬で、声の主が誰か悟った。
これはリリアの声だ。私の中に眠る、リリアの気持ちだと。
ーーー可哀想なデービット様。こんな風になるならば、あの時離れなければよかった。私が彼を変えてしまった。全部、全部私のせいだ。
脳内に響く、己を責め続ける声。
自分のものではない感情が、思考が、頭蓋骨の中に注がれて。リリアの意思というスプーンが、それを混ぜようと動き出しかける。
違う……! まだ、間に合う!
脳内の手が私の意思を受けてぴたりと止まる。
最終的にデービットを壊したのはリリアかもしれない。でも今ここで甘やかしたところで、結論を先送りにするだけだ。
今の彼に必要なのはただ受容することじゃない。叱って、教えて、共に立つことだ。リリアに足りなかったのはーーー共に歩む覚悟だ。
思考がぐちゃぐちゃになった頭を、なんとか動かす。
デービットの方へ歩み寄り、視線を合わせるように膝をついた。
「リリア……」
デービットが濡れた声で名前を呼ぶ。それだけで、気持ちがぐらりと揺れた。
「私、デービット様をずっとお慕いしていました。貴方と婚約した10年前から、ずっと」
その言葉は私のものか、リリアのものかもわからない。
ただ一つ確かなのはーーー心が、酷く痛んだと言うことだけ。
「リリア……!」
デービットの声から滲む希望と喜び。
その声に、絆されてしまいそうだった。
唇を噛み、お腹に力を入れる。
流されるな、私。
「私も、ちゃんと伝えるべきだったんです。貴方を、愛していたと」
『愛していた』
その言葉を聞いた瞬間デービットの肩がぴくりと跳ね、その目のふちに溢れんばかりに涙が溜まっていく。
……そんな顔、しないでよ。
胸の中で膨らむ恋慕に無理矢理蓋をして、声を絞り出す。
「デービット様は許されないことをしました。私を貶めて、メアリーさんの気持ちを無碍にした。……悪いことをしたら、謝らないとダメですよね?」
「っ……!」
デービットの視線が揺れ、唇が震える。
しばらく思い巡らせてから、デービットは覚悟を決めたようにぎゅっと口を引き結んだ。
「……僕が、間違ってた。だから、リリア……もう一度、愛してほしい……」
縋るような視線に、言葉に、心が侵されていく。その度に背筋に走る甘い感覚が、私の体を支配する。
ーーー私が、愛を注いであげないと
ゆらりと手を伸ばす。そデービットの頬を撫でたその手にじわりと伝わる熱に、私はごくりと喉を鳴らす。
彼はぴくりと体を揺らしてから、恍惚とした表情でこちらを見上げる。熱を孕んだその瞳は、この世のものとは思えない程扇情的で。
潤んだ瞳が、喘ぐようなその息遣いが、期待したその表情が。
私の視線を、心を奪ってやまなくて。
心臓が、うるさくてたまらなかった。
デービット様、可愛い。私が……ちゃんとそばにいてあげないと。
意識も理性も、全て心の奥底へ飲み込まれていく。心地よい感情の濁流に、このまま流されてしまいたかった。
その流れを堰き止めたのは、張り詰めた低い声だった。
「リリア……それが、お前が出した答えなのか……?」
はっとして顔を上げる。視線の先に見えたのは、眉を顰め目を伏せるミカ。
「お前は今、どっちなんだ? リリアなのか、それとも……」
荒波に飲まれかけた意識が急速に浮上する。
そうだ。思い出せ。私はリリアじゃない。この気持ちは、私のものじゃない。
ーーー私は、ルカだ。
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