〈第22話〉断罪イベント2日前ー来訪者は突然にー
まだ冷たさの残る空気が肌を撫でる。風が吹くたび、ミモザの甘い香りが鼻腔をくすぐった。
真相に近づいているはずなのに、どうにも落ち着かない。自分以外誰もいない広い部屋と静寂。それが少しずつ孤独を膨らませていくような、そんな気がして。
気がつけば部屋から出て、あてもなく自宅の庭をふらついていた。
……? なんか、人の声がする……?
顔を上げた先にある大きく荘厳な正門。いつの間にかこんなところまで来ていたらしい。
格子状の門の外には、ぼんやりと浮かぶ二つの人影が見てとれた。
こんな遅くに来訪者?
部屋を出た時点で時計は20時を差し示していた。いくらなんでも遅すぎる。
……なんだか、嫌な予感がする。
ワンピースの裾を揺らしながら急いでそちらへ駆け寄った。近づくにつれ、ぼんやりとしたシルエットが輪郭を持ち始める。
1人は見慣れた門番、それと話しているもう1人の人影はーーー
「デービット様!?」
なんでここにいるの……!?
呼びかけられたデービットはびくりと体を跳ねさせ、凄まじい勢いでこちらを振り向く。
「り、リリア……!?」
よほど衝撃的だったのか、眼球がこぼれんばかりに目を見開くデービット。
「どうしたんですか? こんな時間に……」
何をしにきたんだろう。もしかして私に会いにきた? あの自己中男が? 今更なんのために……?
訝しむような私の視線から目を逸らし、デービットは頬を赤らめながら話し出す。
「べ、別にお前に会いに来たわけじゃない。勘違いするなよ。ただ、手紙を持ってきただけだ」
そんなツンデレのテンプレみたいなセリフ言うんだ……。
「手紙なら使いに持たせればよかったのでは?」
何か理由がない限り自ら持ってくる必要はないはずだ。貴族社会に疎い私でもわかる。
「そ、それは……」
声を詰まらせ、明らかに狼狽するデービット。
……こんなわかりやすいのに、本当に人を貶められるんだろうか?
ラファエルから『リリアちゃんが関わらなければ優秀』って言われてたけど、私が関わった瞬間のIQの落ち方急すぎない? バンジージャンプ決めてない?
あまりのアホの子っぷりに急速に怒りが萎んでいく。私はこんなやつ相手に憤っていたのか。
デービットはしばらく瞳を揺らしてから、ハッとしたような顔でこちらを見る。
「お前が別の男を侍らせていたからその理由を聞きにきたんだ。僕という婚約者が居ながらあんな風に別の男に微笑みかけるなんて……」
デービットはそういうと、眉間に皺を寄せこちらを睨みつけた。
あー……結局そういう話なんだ。
相変わらず自分のことは神棚にあげてるし、久々に2人で話してる婚約者にまず聞くのがそれ?
「僕だけ見ていろ、と。そう言いたいんですか?」
「はぁっ!? おま、何言って……!?」
デービットは顔を真っ赤に染め上げてあわあわと口を動かしている。
顔だけはいいから普通に可愛いのが腹立たしい。
「お、お前がどうしても僕だけを見ていたいというなら、許可してやらないこともないぞ」
デービットは腕を組んで偉そうにふんぞりかえる。
いや腕プルップルしてるし顔真っ赤だから説得力0なんだけど。というかリリアを自殺未遂まで追い込んでおいてなんでそんなに偉そうに言えるんだ……?
「私がデービット様だけ見たとしても、貴方にはメアリーさんがいるでしょう」
下手に否定すると面倒そうだ、とりあえず事実だけ並べよう。
「メアリーは関係ないだろう!」
今までのご満悦の表情はどこへやら、デービットは焦った様子でそう叫ぶ。
いや関係しかないが???
ばりっばりに当事者なんだけど??
「私がメアリーさんのいじめをしたことを白日の下に晒すと言ってたじゃないですか。デービット様はメアリーさん側なんでしょう? 少なくとも、私が飛び降りても見舞いに来ない程度には」
なんだか段々と腹立たしくなってきて、言葉に棘が出てくる。
そもそも問題はそこだ。リリアが飛び降りた時点でデービットが見舞いに来ていればこんなことにはなっていないのだから。
デービットは言葉を詰まらせ、唇を噛む。
別に私はデービットを責めたいわけじゃない。ここで自分の過ちに気がついてくれるなら、断罪イベントを経験せずに済む。それに越したことはない。
「今ここで謝ってくださるのなら、私はーーー」
「うるさい! 謝ることなど何もない!」
デービットは私の言葉を遮って、凄まじい剣幕で怒鳴りつけた。
「そもそもお前が僕の元を離れなければこんなことにはなってない。謝るべきはお前の方だ、リリア」
くまのできた目元を引き締めて私を睨みつけるデービット。怒りで握りしめられた拳は、力を入れすぎて白く変色している。
……まあ、一筋縄じゃいかないよね
「私も、謝ることなど何もありません。貴方がそのままでいる限り」
今ここで謝れば表面上は解決するかもしれない。でも、それじゃ意味がない。
デービットはジャケットの内ポケットから手紙を取り出し、私に向かって突き出した。
「そんな風に強気でいられるのも今のうちだ。明後日、宗教省の大会議室へ来い」
私が押し付けられた手紙を手に取ると、デービットはくるりと踵を返す。
「正しいのは僕だ。それを証明してやる」
ぼそりとつぶやいたその声は震えていた。それが怒りによるものなのか、緊張によるものなのかはわからない。
でもなぜか去っていくデービットの背中が、私にはひどく寂しそうに見えた。
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