〈間話〉 リリアー歴史の矯正力ー
いつもと変わらず、私は机に向かって日記を書く。これから消える命、誰も見ることなく消えていく文章。わかっていても、書かなければ落ち着かなかった。
どうして、こんなことになったのだろうか。
ぽたりぽたりと落ちた雫が、ノートのシミになってこびりつく。
最初に気がついたのは、15歳の時だ。
当時通っていた図書館で、会うたびに話しかけてきた黒髪の青年。歴史書を読んでいた私に、彼が放ったある言葉。
その一言が、私の運命を変えた。
『貴女は第二王子の婚約者なのですね。この国の王族と結婚する女性は薄命の方が多いとか。……どうか、お気をつけください』
握られたペンが、ミシミシと音を立てる。
そう、その時私は気がついてしまった。
この国には、輝かしい運命を背負った乙女が稀に現れる。その乙女たちは困難を乗り越え、王族と結ばれるのだ。
まさに「運命の乙女」と呼ぶのがふさわしいほど、ドラマチックな方法で。
必ず現れるとは限らない。でももしこの時代に存在したら……私は今の地位をおわれ、運命の乙女が代わりにその椅子に座る。
私は、それが恐ろしくて仕方なかった。愛するデービット様を奪われ、命を脅かされるかもしれないことが。
何よりも、デービット様が私を失って傷つくかもしれない事が、怖かった。
運命の乙女がこの時代に存在するかはわからない。
けれど……可能性があるだけでも、幼い私を蝕むには十分過ぎた。
だから私はある日、デービット様に聞いてしまったんだ。聞いてはいけないと、わかっていたのに。
『もし、私が危険な目にあったら……殿下は、私を守ってくださいますか?』
もしデービット様が『当たり前だろう』と、そう一言言ってくれたならば……私はどんな運命にも抗って見せると、そう思っていた。
しかし、返ってきた答えは予想もしないものだった。
『お前が僕を好きなままだったら、考えてやってもいい』
そう、デービット様はおっしゃった。
目の前が真っ暗になった。デービット様は私を守りたいと思うほど、私を愛してくださっていないのだと。
それと同時に、私はほっとした。
あぁ、今デービット様から離れれば、この人を悲しませずに済むと。
だから私は1年間、時間をかけてゆっくりとデービット様から離れた。そうして距離を置いてから、婚約解消を何度か申し出た。何故か、デービット様は受け入れてくださらなかったけれど。
最初は一時の気の迷いだと、時間が経てば別の女性に目が向くと思っていた。
でも、デービット様は婚約者である私から離れることはなかった。嬉しく感じると同時に、とても虚しかった。あの日の言葉が脳内を巡る度、『お前が好きなわけじゃない、ただ役目を果たしているだけだ。勘違いするな』。そう、私の中の何かが囁き続けたから。
できるだけ人と関わらないように、迷惑をかけないように心がけて動いた。私のことを気にかけてくれるのは、幼馴染のミカとその兄であるラファエル様だけだった。
そして一年前ーーー私の目の前に、運命の乙女が、メアリーさんが現れた。
それからの状況の変化は目まぐるしいものだった。デービット様と懇意にするメアリーさん、身に覚えのないいじめの噂、王宮内で噂が広がるたびに向けられる、好奇の視線と冷ややかな声。
思い出すだけで、身震いする。
そう、最初から運命は決まっていたんだ。私は不幸になり、私を踏み台にして世界は回る。
私はこの世界の歯車にすぎず、『矯正力』ともいえるその力は、私の意思など容易く踏みにじる。
それが、酷く腹立たしかった。デービット様への思いも、私の覚悟も、何もかも嘲笑うようなその力が。
だから、私は決めた。
婚約者である私がいたら、デービット様とメアリーさんは幸せになれない。そして私自身も、矯正力により今後幸せになることはない。
それならばいっそーーー私の手で、終止符を打つのだと。
静かに、ペンを置く。机の引き出しをあけ、隠すように二重底の中にノートをしまった。
このノートは誰の目に留まることもない。誰にもいうことができなかった私の思いは、全てここで消えるんだ。
窓の方へ一歩、また一歩と足を踏み出す。
怖くないと言えば、嘘になる。でも、これは私の命だ。私の覚悟だ。
これ以上、踏み荒らされてたまるものか。
精一杯口元に笑みを浮かべーーー私は、窓に手をかけた。
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