〈第20話〉断罪イベント2日前ー交差する記憶ー
窓越しに頭上高くから降り注ぐ日差し。開きっぱなしのクローゼット、散乱した書類。
じんわりに額に滲んだ汗。
部屋の中を探し始めて、早2時間。
成果はーーーない。
なんで、何もないんだ……? 机の中も、本棚も、不自然なほど整頓されていて。クローゼットまで探したが、遺書らしい紙切れ一枚見つからない。
飛び降りたのに、何も残していない……?
衝動的なものだった? いや、段々と病んでいった人間が、そんな急に飛び降りるか?
可能性は0ではないが、それなら……なんでこんなに、部屋を探す度不安に駆られるんだ?
絶対に、ここには何かある。私の直感がそう言っている。
思考だけが巡る。限界を超えて酷使した頭がズキズキと痛んだ。
ーーーだめだ、詰まった時に考えても碌な答えが出ない。一回リセットしよう。
物がつまれたベッドの上に乱暴に身を放り出す。ぼふりと布に沈む音がした。
何も考えたくない。それなのに頭の中で言葉が蠢き続ける。
何か、思考を誤魔化すものを。
重い体を動かして左側を見ると、そこは分厚い歴史書が一冊鎮座していた。
歴史書、歴史書か。つまり、実質『ディスティニーチェインシリーズ』の聖典である。
ゆっくりと本に向かって手を伸ばす。
疲れたときは萌えと妄想に限るよね。歴代の推しカプのことを考えて回復しよう……。
枕に頭を置いて、本を開く。
1ページ目にある建国の歴史は、第1作のストーリーそのものだ。
このカプも凄く良かったなぁ。革命を起こす王子とそれを支える救国の魔術師。思い出すだけで胸が満たされ、心が回復する。
この時は魔法要素濃かったけど、製作陣が面倒になったのかこの後魔法要素ほぼ出なくなったんだよなぁ。今でも魔法の概念って存在するのかな。
記憶を探りながら、ページを捲る。
それから50年後の世界だよな、2作目。じゃあページとしてはこの辺りか。
ペラペラと紙を捲ると出てきた大きな見出しに視線を這わせーーー私は目を見開いた。
そこに書いてあったのは、王子が悪役令嬢と結婚したという事実だった。
正史ばっかりじゃないのか……?
やっぱり私の知ってる世界とは違うのかも。
強い女聖騎士と、お淑やかな悪役令嬢の対比がよかった。個人的には女騎士と王子以外も美味しかったし、幸せならOKだよね!
にやにや笑いながら、さらに読み進めてーーーとある記述が、目に留まった。
『王妃、流行病により死亡。献身的に支えた聖騎士と再婚し、子を儲ける』
えっ、死ぬの?
唐突な幸せの終わりに一瞬手が止まる。
そんなあっさり……?
なんだか嫌な予感がしてすぐに目を細めてページを捲り始める。
3作目から5作目は正史通り
6作目、悪役令嬢と結婚。令嬢は事故死。ヒロインと再婚。
わなわなと、本を持つ手が震えた。
……全てが、正史に収束してる。
もし仮にヒロインに悪役令嬢が勝ったとしてもーーー世界が、歴史がそれを許さない。まるで物語の結末が正しくあるように『矯正』されているかのように。
ずきりとこめかみが一際大きく脈打つ。
「いっ……!」
その瞬間に過った、とある景色。自室の机の引き出し。その下にある二重底。仕舞われたノート。
「っ……!」
ベッドから跳ねるように飛び起きて机へと駆け寄った。大きな音を立ててあけた引き出し。その底に爪をいれるとガタリと異質な音がした。
……二重底だ。
息を呑み、震える手でゆっくりと底を外す。そこに置かれた、一冊のノート。
浅くなった呼吸、早まる鼓動。ノートを持つ手が、全然いうことを聞かなくて。まるで自分の手ではないみたいだった。
震える手で、ゆっくりとノートを開く。そこに書かれていたのはーーー飛び降りる1ヶ月前からの、リリアの日記。
その瞬間、頭が割れるように痛んだ。
「うっ……!」
思わず床に倒れ伏す。絨毯に爪が食い込む、息が吸えない、目の前が、霞む。
体全てを飲み込むような激しい痛み。痛むたびに放たれる、圧倒的な記憶の波。頭の中全てが情報の海に浸されるような不快な浮遊感に、胃の中身がここから出せと暴れ出す。
あぁ、そうだ。そうだった。
全部、思い出した。
飛び降りた時、ミカとデービットの事が頭をよぎったことも。どう足掻いても不幸になるなら、いっそ自分の手で終止符を打ってやろうと考えたことも。どれほどの恐怖と悲しみを飲み込んだのかも。全部ーーー全部。
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