〈第20話〉断罪イベント3日前ー謎の人物ー
朝の礼拝が終わったあと、私は再びラファエルの執務室へ来ていた。
話があるから用事が終わるまでここで待っててって言われたけど、それセキュリティ的に大丈夫なのかな? いや、何かするつもりはないけどさ。
ミカは騎士団に帰ってしまったから話し相手もいない。暇を持て余すとどうも落ち着かなかった。
推しの私物のペン、愛用の茶器、執務に使うソファ。ここで推しが過ごしているんだと思えば思うほど、周りを見る目が止まらない。
いや、落ち着けルカ。これじゃデービットやミカの事を笑えない。私も晴れてストーカーの仲間入りしてしまう。
煩悩を振り払うように、細く息を吐く。
別のことを考えるんだ、別のことを。
そういえば、礼拝中のメアリーちゃん綺麗だったなぁ。朝日に照らされて青い瞳がキラキラと光っていて。まさに聖女の風格! 最推しは今日も尊みが止まらない。
だらしなく頬が緩むのが自分でもわかる。
でも、デービットめっちゃ私のこと睨んでたな。皆前にいるメアリーちゃんを見つめてるのに、1人だけこっちガン見してるんだもん。完全にロックオンしてたもん。
隠す様子も見受けられない圧のある視線。憎悪とも執着ともわからないそれに、礼拝のたびに見られていたとしたら。
……そりゃあ、リリアも病むよね。
思わずはぁ、とため息が出た。
私はツンデレメンヘラ拗らせた結果だって知ってるけど、リリアは違うもんなぁ。
でも、私はここで引くわけにはいかない。デービットを改心させて、メアリーちゃんと2人で幸せになってもらうんだ。
私はぐっと拳を握って目を開ける。
「考え事は終わったのかな?」
その先にいたのは、優雅にティーカップを傾けるラファエルだった。
「ら、ラファエル様!? いつの間に……!?」
「んー、5分ぐらい前かな? 声をかけても反応がないから、しばらくそっとしておこうかと思って」
ラファエルは涼しげな笑みのまま紅茶を一口飲む。
えっ、私ずっとラファエルの事無視してたってこと?
「ごめんなさい……!」
謝罪と同時に伏せた顔を、紅茶の湯気がふわりと撫でる。そこにラファエルの心遣いを感じて、一層顔を上げにくくなった。
「気にしないで。ころころ表情が変わって面白かったし」
ひらひらと手を振りながら、ラファエルは顔を上げるよう促す。
はぁー、優しい。好き。この余裕の態度が最高なんだよなぁ。
あれ、でも今表情が面白かったって……もしかして、全部見られてた?
火照る頬を隠しながら上を向く。その先に、目を細め僅かに唇を緩ませるラファエルの顔が見えた。
「何より君の可愛い顔をゆっくり眺められるなんて、幸せな時間だと思わない?」
「へぁ……」
思わず変な声が出る。それほどまでにその声は艶やかで、どこか熱がこもっていて。
その熱に、浮かされそうになってしまう。
「ふふ、可愛い反応だね。俺にもチャンスはあるかもしれないって、期待しても良いのかな?」
ラファエルはゆっくりと前髪をかきあげ、こちらをじっと見つめている。
え、これ揶揄われてるの? 本気なの?
あまりにも色っぽいその仕草に、無意識のうちに喉が鳴った。
ダメだ、読めない。顔が良いことしかわからない……!
混乱する私を見て、ラファエルは唇の端を一層吊り上げる。
「……冗談だよ。少し、意地悪しすぎたかな?」
じょう、だん……?
その言葉に、一瞬脳がフリーズする。
冗談でこんな色気が出せるんですか……?
いや、ラファエルはプレイボーイだ。恋愛経験0の私とは違う。
深呼吸をして、なんとか平静を取り戻そうとする。
そもそもラファエルは話があって私をここに残したはず。それを聞かなきゃいけない。
「ラファエル様、そういえばお話というのは……?」
混乱で声が揺れる。ラファエルはそれを聞いて満足げに笑った。
「あぁ、そうだったね。実はちょっと思い出したことがあって。……6年前、リリアちゃんの様子がおかしくなる直前のことなんだけど」
6年前……!
そうか、先ほど感じていた違和感はこれだ。いじめの黒幕はわかったが、何故こんなことになっているのかの根本原因は未だ不明。そこがわからなければ完全に断罪を回避したとはいえない。
「何があったんですか?」
上体を前に倒し、食い気味にそう尋ねる。
「リリアちゃん、その頃よく図書館に通ってたんだよね。そこでたまに誰かと話してたらしいんだ」
「誰かと?」
「具体的なことは俺も知らないんだけどね。同僚から聞いた話だし」
ラファエルは目を伏せて眉根を寄せる。
なるほど……人伝に聞いた話でも、今は貴重な情報源だ。調べてみる価値はある。
「……よく覚えていましたね、そんな昔に聞いた話」
ラファエルは記憶力もいい。けれど、そんな些末なことまで覚えてるものなの?
「リリアちゃんのことはどんな小さなことでも覚えちゃうんだ。なんでだろうね」
ラファエルは肩をすくめて紅茶を煽った。その間も、視線はずっとこちらに向けられていて。
え、それって……。
ゲームの一場面が、脳裏に蘇る。
『俺、好きな子のことは全部覚えてるタイプなんだよね』
あのシーンは確か、ラファエルと唇を重ねるスチルの直前だった。
つまり、ラファエルってーーー
コンコンコン
扉を叩く無機質な音が、私の思考を遮った。
「ラファエル様、経済省のケラー侯爵がお越しです」
私の火照った頬とは対照的な、淡々としたラファエルの秘書の声が聞こえてくる。
「あぁ、もうそんな時間? ……残念だけど、続きはまた今度にしようか」
ラファエルはカップを音もなく机に置く。その仕草すらも、どこか色っぽくて。
「で、では、私はこれで失礼しますね」
ガタガタと音を立てて立ち上がり、急いで扉から出ようとする。
「またね、リリアちゃん」
扉が閉まりかけた時に聞こえたその言葉。それに、無意識に視線が吸い込まれた。
「っ……!」
私はろくに返事もせずにそのまま扉を閉め、逃げるように廊下へ進む。
聞いたことのないほど甘い声、絡みつくような視線。
そしてどこまでも深い、執着を滲ませたあの微笑み。
あれは全て、私ではなくリリアに向けられたものだ。
そうわかっていてもーーー心臓は、早鐘を打つばかりだった。
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