〈第19話〉断罪イベント3日前ー病的な執着ー
ノックをすることもなくズカズカと部屋へ入ってくる男。
美しいアイスシルバーの髪、不機嫌そうに細められたアメジストの瞳。ゲームのスチルよりも刺々しい雰囲気をしている。
これが、あのデービット・エーディン?
あまりにも記憶と違うそれから、目が離せない。
ふいにデービットと目があった。彼はくまができた目を僅かに見開いてから、唇がきつくかみしめる。
「リリア……お前は出勤停止だろう? 何でここにいるんだ」
強い、責めるような口調。柔らかく耳に心地よかったテノールボイスが、こんなに変わってしまうなんて。
いや、今は驚いている場合じゃない。
無理矢理口角をあげ、喉を開く。
「デービット様、ごきげんよう。忘れ物をとりにきたら思いのほか長居してしまって。すぐに帰ります」
名前を呼ばれたデービットは微かに肩を震わせた。その瞳は一瞬泳いでからすぐにこちらを睨み返す。
「飛び降りたと聞いたが随分と元気そうじゃないか。口だけは達者になったようだが、頭のできの方は変わりがないようで残念だ」
「あ”? どういう意味だ」
駄目だ、ミカの方からとても貴族だと思えない声が聞こえてきた。
デービットから見えない角度で、ミカの服の裾をひっぱる。
ここでミカがキレたら話がややこしくなる。
気持ちはわかるが、耐えてくれ……!
「デービット様、その言い方はよくないと思います」
正面のメアリーちゃんが厳しい口調でたしなめる。デービットはふん、と鼻を鳴らしてから、バツが悪そうに目をそらした。
「僕は事実を言ったまでだ。そもそも、なぜ部外者のミカエルがここにいるんだ。僕の婚約者の隣に、そんな距離で座るなんて……」
デービットの目がミカに向く。偉そうにふんぞり返ったデービットと、視線だけで射殺さんとするミカの目が合う。両者一歩も引かない、一瞬即発の雰囲気。
「私が忘れ物をしてしまいまして。ミカエルはそれを届けたにすぎません。そこに座っているのは"たまたま"空きがあったからですよ」
ラファエルが自然な流れでフォローを入れる。
それにもかかわらず、デービットの眉間の皺は深まるばかりだった。
「お前もリリアを庇うのか、ラファエル」
ラファエルは肯定も否定もせず、肩をすくめる。
それがデービットの逆鱗に触れたらしい。
「はっ。男を2人従えて、僕に逆らって満足か? とんだ尻軽だな」
「てめぇ……!!」
怒りを通り越して殺気立つミカの服を再度強くひっぱる。ミカは一瞬迷ってから、舌うちして苛立たしげに腕を組んだ。その瞳は怒りに燃えたままだ。
はー、危なかった。これ続いたら流石に制御できないぞ……?
ラファエルは口元にたたえた笑みをわずかにひきつらせ、絶対零度の視線でデービットを見つめている。
メアリーちゃんに至っては脳の処理を超えて絶句中。空いた口がふさがらないとはこのことかと言わんばかりに、口元をおさえて動かない。
よくこの状況でデービットは平然と立っていられるものだ。もはや一種の才能である。
周りが冷静でないと返って頭が冷えるものだ。煽るようにこちらを見下ろすデービットの目を見据え、淡々と言葉を紡ぐ。
「素敵でしょう? この2人は『愛し続けるなら守ってやる』なんてこと、口が裂けても言いませんもの」
デービットがピシリと凍りつく。
……うん、ごめん。冷静だとか嘘つきました。
口からこぼれた爆弾発言に、自分でも驚きを隠せない。
だって解釈違いが過ぎるんだよ……!
こんなしょうもない男の執着でリリアも私も振り回されたんでしょ!?
ここはもつ鍋パーティー会場ですかってくらい腸煮えくり返ってるんだがどうしてくれるの? マジで!
デービットは一瞬あっけにとられてから、怒りで顔を真っ赤に染めた。
「はっ。あれだけ僕に好きだ何だといっておいて、あっさり離れたくせに? そんな薄情な奴を守ってやる義理なんてない。僕の判断は正しかったんだ」
奥歯を噛み締めこちらを睨みつけるデービット。その言葉の節々に、リリアへの憎悪が滲んでいた。
「近々、お前の悪行を白日の下に晒してやる。せいぜい『守護者ごっこ』を楽しめばいいさ。」
怒りを抑えたかすれ声でそう言い残してから、くるりと踵を返す。
「いくぞ、メアリー」
「え……ま、待ってください殿下……!」
彼女はついていくべきかしばし迷い、困惑した顔でこちらを見た。
ここは、そのまま行ってもらったほうがいい。
私は目線を合わせて静かに頷いく。彼女はそれを確認してから、早足でデービットの背を追って行った。
2人がいなくなった部屋は、まるで音が消えたかのように静かだ。
「なんか……想像以上に拗らせてるね」
拗らせ方ならいいミカも良い勝負だと言ったけど、前言撤回。比べるまでもない。
でっかい猫って聞いてラグドールかメインクーンかなー、って思ったらホワイトタイガー紹介された気分。
「いつの間にこんな性格悪くなったんだよ、あいつ」
扉を軽く睨み、ため息をつくミカ。
「いや、普段はもう少しまともだよ。でもリリアちゃんが関わると……ね。人って愛で変わるものだから」
ソファに深く腰掛け、ラファエルは肩をすくめる。
愛で人は変わる、か。
その言葉が、ずしりと胸に沈み込む。
ゲームでは嫉妬に狂ったリリアを『僕が変えてしまった』とデービットが悔いていた。だがシナリオが変わると立場も変わる。なんとも皮肉な話である。
ゲーム本編でデービットは、変わってしまったリリアを断罪した。でも私は、あんな彼もーーー推しとして、幸せにしたい。
迷子のメアリーちゃんを助けた優しさが、リリアへの愛情が、まだ彼の中にあるならば……きっと、やり直せると思うから。
大きく息を吸い、拳を握る。
まずは、理由を探らなくてはいけない。リリアとデービットがそもそも何故すれ違い始めたのか、その理由を。
私は誰1人として見捨てるつもりはない。
全員まとめて、私が救ってみせる。
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